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【2】無能

舞台は日本のような日本では無い、ファンタジー世界です。


梅雨時期である6月に金玲王国の貴族の令嬢の中で12歳になった者を集め、姫巫女としての素質と魔力値を測る儀式が蒼天宮邸(そうてんのみやてい)にて行われた。


そのときには、藍姫(あいひめ)の義妹で正妻の子であり、生まれた日が1日違いの花琳(かりん)も参加していた。


その日集まった令嬢は5人で、それぞれ目の前の机に紫陽花の花びらがひとつ置かれている。


姫巫女としての素質と魔力を測る為、この花びらに魔力を込めて紫陽花を咲かせるというのが儀式のひとつだった。


花琳が1番初めに小さな可愛らしい紫陽花を咲かせた。


手毬のような形の桃色に染まった花びらの紫陽花は、愛らしく咲き誇っていた。


周りの貴族たちから微かなどよめきが起こった。



「あれは何と素晴らしい紫陽花だ。今までの姫巫女候補たちは半分咲けば良い方だったのに、花琳様は完全な手毬花を咲かせておられるではないか!」


その言葉通り、他の3人の令嬢は半分ほどしか紫陽花を咲かせることが出来なかった。


「このままでは花琳様が姫巫女様として選ばれそうだな」


「いや待て、まだ藍姫様が残っておるぞ。何と言っても藍姫様は神の力を持っていると噂されるほどなのだから、花琳様よりきっと美しい紫陽花を咲かせるに決まっておる」



皆の注目が集まる中、藍姫は緊張した面持ちで花びらに手を翳し魔力を込める。


ふわっと薄紫色の光が花びらを包むと、突然パチンと花びらが粉々に砕け散った。


そして次の瞬間、部屋の奥に祀られていた玻璃製の大鏡に大きな亀裂が走ったのだ。



「何事だ!?」


「大鏡が…割れた、だと…」


八仙花神社(はっせんかじんじゃ)ゆかりの大切な大鏡が…」


「どういうことだ?紫陽花も咲かないし、藍姫様には魔力が無いのか…?」



周りがザワザワと騒がしくなる中、瑛龍(えいりゅう)殿下の大声が響き渡った。


「貴様っ!王家の宝である大鏡を割ったのか?!」


怒りに染った視線は藍姫に向けられている。


「いえ…そんな、私は何も…」


「貴様が魔力を込めた途端に花びらは砕け、大鏡が割れたのだ!貴様は姫巫女としての魔力が無いどころか、穢れた力で大鏡を割ったのだ。こんなこと今まで一度たりとも無かったことだぞ!」


藍姫は青ざめた顔で震えている。


瑛龍殿下は尚も怒鳴りながら藍姫を指さす。


「貴様は国の宝である大鏡を破壊した。この行為は死罪に値する。この件は国王陛下に報告させてもらうからな!」



すると突然、花琳が立ち上がり、目を涙で潤ませながら瑛龍殿下の元へ駆け寄った。


「お待ち下さい、殿下!どうかお姉様を死罪にだなんてなさらないで下さい!お姉様は故意に大鏡を壊した訳ではありませんわ。きっと魔力が足りなくて力が暴走してしまっただけ。お願いです、私の大切なお姉様をどうか殺さないで下さい…」



はらはらと涙を流しながら訴える姿に、貴族たちはもちろん瑛龍殿下も動きを止め、同情的な視線を送った。


「花琳、お前はなんて心優しい娘なんだ。至らぬ義姉を庇ったりして…。分かった、愛しいお前の頼みとあらば、陛下には私から何とか説得しよう」


瑛龍殿下は愛おしそうに花琳を抱き寄せると頭を撫でた。



「見ろ、瑛龍殿下と花琳様のお美しいお姿を。まるで絵になるお2人ではないか」


「瑛龍殿下は以前より、婚約者の藍姫様より花琳様を大層慈しんでおられましたな」


「この儀式で藍姫様には魔力が無く、花琳様には姫巫女としての素質があることが証明された。これは婚約取り替えも有り得る話では」


貴族たちがヒソヒソと話すのを藍姫はじっと耐えて聞いていた。



瑛龍殿下がずっと花琳の方を愛しているのを藍姫は幼い頃から知っていた。


藍姫と婚約が決まったときの瑛龍殿下の引き攣った顔は今も忘れられない。


今日この儀式で花琳の方が魔力が高く、姫巫女としての素質があることが明らかになった。


きっと瑛龍殿下は今日このことを事細かに国王陛下にご報告するだろう。


花琳の説得のおかげで死罪は免れるかもしれないが、きっと婚約は藍姫とではなく花琳とに変わるはずだ。



姫巫女になれないことが判明した藍姫と王家が利益の無い婚約を結ぶとは考えられない。


藍姫は恐ろしくなった。


父である宗弦(そうけん)は何と言うだろうか。


今まで宗弦は藍姫に対して「お前は神の子なのだ、姫巫女としての素質がある」と何度も言い、藍姫も父からの期待を一身に背負ってきた。


しかし、この儀式の詳細を知ったら宗弦は落胆するどころか、藍姫は勘当されるかもしれなかった。



そんな不安を抱えていると、花琳がこちらに向かって歩いてきた。


藍姫は先ほどの礼を伝える為、花琳に駆け寄った。


「花琳、その、さっきはありがとう。殿下に説得してくれて…」


すると花琳は汚いものでも見るような目で藍姫を睨んだ。


「何を勘違いなさっているのお姉様。私はお姉様の為に庇った訳じゃないわ、自惚れないでちょうだい。お姉様が死罪になんてなったら篠宮家に傷がつくでしょう?そうなったら私、恥ずかしくて外を出歩けないわ。それに、お姉様が死んだら"良い暇つぶし"が無くなるじゃない。そんなのつまらないわ」


高慢な笑みを浮かべて言い放つ花琳に藍姫は何も言えなくなった。


花琳は今までもら藍姫に対して「娼婦の娘の分際で」や「存在が邪魔」、「生まれて来なければ良かったのに」など、キツい言葉で当たってきた。


自分は妾の子で正妻の子である花琳を差し置いて先に姫巫女候補に選ばれ、王太子殿下との婚約も決まった。


そのせいで藍姫は花琳からも義母からも毎日罵られながら生きてきた。


早くに母を亡くした藍姫には味方になってくれる者がおらず、父も藍姫の姫巫女としての価値しか見てくれなかった。



「お可哀想なお姉様。これでお姉様は無価値ってことが明るみに出ましたわね。いい気味だわ。卑しい娼婦の娘の分際でずっと出しゃばってて目障りでしたもの。瑛龍殿下も大層お怒りでしたし、これでやっと瑛龍殿下は私をお選びになられるわ」


俯く藍姫に追い打ちをかけるように花琳の罵倒は続く。


「家に帰ったら大変ねぇ、お姉様。お父様はきっとお姉様に失望してらっしゃるわ。今まで姫巫女として選ばれる為だけに生かされていたのに、何の価値も無いことが分かってお姉様は捨てられるかもしれないわね」


花琳の嘲笑に藍姫は唇を噛み締めじっと耐える。


聞き慣れた罵倒にもはや涙も出なかった。


読んで頂きありがとうございます。


和風な舞台ではあるんですが、和服の人もいたり洋装の人もいたりと様々です。

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