【16】真実 (3)
舞台は、日本のような日本では無いファンタジー世界です。
「宗弦殿、あなたは藍姫様が姫巫女としての魔力値を測る儀式で失敗したことをきっかけに、毎日のように暴力を振るっていたそうですね。殴る蹴るは当たり前で、骨が折れるほど殴ったこともあるとか。それ以前に、生まれたばかりの藍姫様を母親から無理やり引き離し、姫巫女にと囃し立てた癖に、碌に魔力の扱い方も教えず放置していた」
違いますか?と問う烏鬼に宗弦は何も言えず、ダラダラと冷や汗を流し続けるだけだ。
杏花は青白い顔で震えながら爪を噛んでいる。
「狭い物置小屋に押し込め、食事や水すら満足に与えず、日に日に衰弱していく藍姫様にそれでも殴る蹴るの暴力を振るい続けた。そうして藍姫様を殺害し、遺体を無惨にも山に捨てたんです」
珀黎は静かに、目には怒りを滲ませて宗弦たちを見つめ、藍姫の肩を優しく抱き寄せた。
周りの貴族たちも宗弦たちのあまりの惨い仕打ちに絶句していた。
「藍姫様は八仙花神社に御座します神が蘇らせられました。そして、姫巫女様として類稀なる能力を発揮なされたのです」
烏鬼は眼鏡の奥の瞳をさらに鋭くさせる。
「篠宮家の藍姫様に対する所業は、立派な暴行罪、傷害罪、殺人罪、遺体遺棄など選り取りみどりです。こちらは藍姫様に日常的に虐待を行っていたことも、殺害したことも、遺体を山に捨てたことも全て、篠宮家の使用人たちから証言や証拠を得ています。そして、これらは全て王家へとご報告させて頂いております。現在、国王陛下は病に臥せておられ、お話が可能な状態では無い為、王太子に改めて立太子されます珀黎殿下に処遇を決めて頂くことになりますね」
すると杏花がガバッと顔を上げた。
「私は藍姫に暴力は振るっていないわ!ちょっと悪く言ったことはあるけど、それもこれも藍姫が鈍臭いから注意しただけのことよ。私は藍姫が死んだことだって知らなかったわ!」
杏花は冷や汗をかきながら必死に弁明しているが、無駄な足掻きであることは烏鬼たちにはお見通しである。
「何が"注意しただけ"だ。藍姫様を散々侮辱してきやがった癖にどの口が…」
気色ばむ蛇鬼の肩に狐鬼が手を置いて宥める。
「あなたはあなたで直接的では無いにしろ、人を死に追いやった罪があります。――小夜子様のことです」
その名前を聞いて杏花の顔から一切の血の気が失せた。
藍姫もその人の名前を知っていた。
その人の境遇も、悲惨な最期を迎えたことも。
「し、知らない…そんな、人…」
杏花は助けを求めるように宗弦のことを見たが、宗弦は目を泳がせるばかりで、今にも死にそうな顔だった。
「小夜子様は藍姫様のご生母であらせられます。篠宮家に妾として迎えられたあと、藍姫様をご出産されましたが、生まれたばかりの藍姫様とすぐに引き離され、あとは碌に産後の手当もされずに衰弱死しております。産後の肥立ちが良くなかった小夜子様を放置するよう仕向けたのは杏花殿、あなたです。当時、小夜子様のご出産に立ち会っていた使用人の方にお話を伺って来ました」
藍姫の母、小夜子は宗弦の妾として篠宮家に迎えられたが、正妻である杏花に疎まれ、日々嫌がらせを受けていた。
おまけに杏花より先に身篭ったことも杏花には許し難く、癇癪を起こしては使用人たちを困らせていた。
小夜子は藍姫を出産後、何日も続く高熱に魘され、杏花によって意図的に使用人や医者を遠ざけられ、孤独に衰弱死していった。
助産師として小夜子の出産に立ち会った高齢の女性は、小夜子の容態の悪さを必死に訴えたが聞き入れてはもらえず、杏花によって解雇され屋敷を追い出されていた。
女性は無理やりでも小夜子のもとへ残らなかったことを今も悔いているという。
「杏花殿は殺人の不作為犯として遺棄罪になりますかね。愚かなことです」
烏鬼は吐き捨てるように冷たく言い放つ。
藍姫は母の悲しい境遇を聞いたとき、声を出すことが出来ず、ただただ呆然としていた。
赤子だった藍姫が小夜子と過ごした時間は僅かなものだったが、小夜子が藍姫を愛していたのは確かだった。
"藍姫"という名前は小夜子がつけてくれた名前だからだ。
小夜子は子供が生まれる前から、女の子だったら"藍姫"と名付けることに決めて、愛おしそうにお腹を撫でていたという。
出産に立ち会った助産師の女性からその話を聞いたとき、藍姫は堪えきれずに嗚咽した。
「その者たちを牢へ連れて行け。処遇は追って通達する」
珀黎は冷え切った声で衛兵たちに伝える。
「な、何で私まで!?私こそ何もしていないじゃない!離しなさいよ、この無礼者!」
宗弦と杏花が連れて行かれ、残された花琳が喚き出す。
「あなたも杏花殿と同様に藍姫様を見殺しにした罪です。助けられる状態にも関わらず、あなたは瀕死の藍姫様を見捨てたんです。本来の姫巫女様を見殺しにするということは、神を殺すも同義です」
四葩たちの妖しく光る冷酷な視線が花琳を突き刺した。
何も言えなくなった花琳は大人しく衛兵に連れて行かれた。
藍姫は宗弦たちへの複雑な感情の中、静かにその後ろ姿を見つめていた。
読んで頂きありがとうございます!
断罪劇はこれでひとまず終わりです。
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