【14】真実
舞台は、日本のような日本では無いファンタジー世界です。
断罪はまだまだ続きます。
「私が10歳のときに起きた、私を襲った事件の真相についてお話したいと思います」
珀黎の側仕えたちは机を用意し、髏鬼は例の毛髪と遺骨、そして隣にもうひとつ、透明な袋に入った白髪混じりの毛髪を置いた。
周りにいる貴族たちが何が始まるのかと話し出す中、髏鬼は例の毛髪と遺骨に魔力を込める。
すると、空中に八仙花神社で見たときと同じように、色を纏った記号のようなものが浮かび上がった。
ひとつ違うのは、記号の横に男性の顔が映し出されていることだった。
その映し出された男の顔を見た香綺が短い悲鳴を上げた。
「母上…?」
瑛龍が戸惑いながら香綺の方を見ると、香綺は扇子で顔を隠し震えている。
髏鬼が一歩前に出て礼をする。
「申し遅れました、私は八仙花神社より遣わされました藤黄と申します。私には、髪の毛などに残る魔力を分析し、個人を特定する能力がございます。今、皆様に見て頂いているのは、今から11年前に珀黎様を襲った犯人の男の、魔力の分析結果と男の相貌でございます」
"髏鬼"という名前は神としての名前である為、人間に変化しているときは当然偽名を使う。
もちろん、他の3人もだ。
そして、髏鬼の言った"珀黎を襲った犯人"という言葉に貴族たちが息を飲んだ。
「あの男は確か、珀黎様の護衛のひとりでは無かったか?名前は知らないが…」
「珀黎様が襲われる1週間前に突然辞めたと聞いたことがあるぞ」
「珀黎様の元護衛ということか?犯人は外部からの賊という話では無かったのか?」
髏鬼は貴族たちが静まるのを待ってから口を開く。
「珀黎様は藍姫様の癒しの力で目のお怪我が治られてから、我々に自分を襲った犯人について調べるのを協力して欲しいと仰せになられました。そして、調べた結果、この男に辿り着いたのでございます。この男は以前、珀黎様の護衛の内のひとりでした。珀黎様が襲われる1週間前、病気の家族の看病などを理由に突然護衛を辞めています」
髏鬼は机の上の毛髪を指さす。
「この毛髪は珀黎様が襲われた際に咄嗟に犯人の髪の毛を掴み、そのときに抜けたもので、ずっと保管されておりました。そしてこの遺骨は、ここから西の方角にあります"とある辺境の村"付近で土に埋められていたのを私が発見しました。この2つの証拠品を照らし合わせ、残っていた魔力を分析した結果、同一人物であるということが判明しました。そして、この男は"ある人物"から珀黎様を殺すよう指示されていたことも分かりました」
髏鬼が側仕えに目配せすると、透明な袋に入った便箋の一部と見られる3枚の紙片を掲げた。
一目見て上質な紙なのだろうということが分かるが、所々が煤けていた。
「この紙片は男の自宅の暖炉から発見されました。紙片を合わせると、珀黎様の顔に小瓶に入った劇薬をかけること、確実に殺すようになどの文言が書かれており、差出人は不明ですが、宛名には"苓彰"と書かれております。それが珀黎様を襲った犯人の名前です。そして、紙片に残る指紋から僅かに魔力が検出されました。ひとつは苓彰のもの、もうひとつは――王妃陛下のものでした」
「違うわ!」
香綺が勢い良く立ち上がり、その弾みで手に持っていた扇子が床に落ちた。
藍姫は事前に教えられていたが、何かを触ったときの指紋にも僅かだが魔力が残るのだという。
おまけに"呪いの力"が混じった魔力は残りやすい。
香綺は甲高い声で喚いている。
「私はそんな男なんて知らない!手紙で指示なんてしていないし、珀黎を殺せなんて言ってない!第一、どうして私の魔力だと分かるのです。赤の他人のものかもしれないじゃない。出鱈目を言うのもいい加減になさい、無礼者!」
怒鳴られても髏鬼は平然としている。
白けた目で香綺を見ると、堂々とため息をついてみせる。
「しかしながら王妃陛下、この紙片の筆跡は紛うことなき王妃陛下のものであると国王陛下がご確認をされております。魔力に関しては、失礼ながら使用人の方にお願いをして秘密裏に王妃陛下の抜けた毛髪を採取して頂きました。もし、まだお疑いであれば、今ここで王妃陛下の魔力を分析することが出来ますが、如何でしょうか?」
「こ、国王陛下が、確認…?毛髪……は?」
香綺は明らかに混乱していた。
珀黎の側仕えたちが蒼天宮邸を調べる際、香綺の使用人に香綺の髪を梳かした櫛から毛髪を数本採取するようお願いしたのだ。
日頃から香綺の高慢な態度に辟易していた使用人の女性は、事情を理解すると快諾してくれた。
紙片の筆跡については、珀黎が病に臥せる国王に紙片を見せつけ、白状するよう説得したのだ。
辛うじて話せる状態だった国王は、目の怪我が治った珀黎と紙片を見て観念したらしい。
「香綺の書く字なら、いくらでも見たことがある。その字の癖は、間違いなく香綺のものだ」
当時、香綺が第二王子だった自分の息子である瑛龍を王太子にする為、珀黎の殺害を企てていることに国王は気付いていた。
気付いていたにも関わらず、止めることなく見て見ぬふりをした。
国王は親が決めた政略結婚で無理やり珀黎の母親と結婚させられた。
その前から香綺を娶るつもりだと先代王である父に説得したが、聞き入れてはもらえず、最終的に珀黎の母親を正室とし、必ず男児をもうけるのであれば香綺を側室として迎えても良い、という条件で受け入れた。
その為、愛の無い夫婦から生まれた珀黎には愛情など欠片も無く、香綺との間に出来た瑛龍だけを可愛がっていた。
愛する香綺が瑛龍を王太子にと望むなら、珀黎の命など惜しくはない。
そうして、香綺が珀黎の護衛だった苓彰に声をかけ、第一王子暗殺を実行したのだ。
「今ここで王妃陛下の毛髪を頂ければ、すぐにでも分析して本当かどうかをお調べ出来ますよ」
髏鬼は畳み掛けるように催促する。
しかし、香綺は青褪めた顔で震えるだけで何も言わない。
黙り込む香綺を見かねた瑛龍がたまらず大声を上げる。
「母上!私は母上が暗殺を指示したなどという妄言は信じておりません!筆跡も魔力も出鱈目に決まっております!」
瑛龍は髏鬼と珀黎を睨み付ける。
「貴様ら戯言をほざくのもいい加減にしろ!王妃陛下を殺人犯に仕立て上げるなど不敬も甚だしい。今すぐに首を斬り落としてくれる!」
瑛龍が腰に差した剣を抜こうとするが、それを止めたのは香綺だった。
「おやめなさい、瑛龍!その剣を仕舞うのです!」
香綺は相変わらず青褪めた顔で、しかししっかり前を見据えて立っていた。
「分かりました。私の毛髪でよろしければ、分析でも何でもするが良いわ」
どういう風の吹き回しか、香綺は珀黎たちの元へ行き、金に近い茶色の髪の毛を1本抜くと机の上に置いた。
髏鬼が紙片と香綺の毛髪に魔力を込めると、空中に朱色を纏った記号のようなものが映し出された。
紙片と香綺の毛髪から検出された魔力は、どちらも同じ色に同じ形だった。
「これは、決定的な証拠ではないか…」
貴族のひとりが呟くのと同時にザワザワと話し声が広がる。
「まさか魔力を分析することが出来るものがいるとは…」
「本当に王妃陛下は珀黎様を暗殺しようとしていたのか。これは死罪は免れないのでは?」
「しかし、そうなると瑛龍殿下はどうなる?」
香綺は血の気の失せた白い顔で映し出された魔力を見つめると、珀黎に向き直り頭を深く下げた。
「私は確かにあなたを殺害するよう指示しました。もはや弁明のしようもございません。死罪でも何でもお受けします。ですが、どうか瑛龍だけは、お助け下さい。あの子は何も知らないのです。どうか、このまま王太子でいることをお許し頂けないでしょうか。あの子は私と国王陛下の大切な…」
「それは出来ません」
目に涙を浮かべながら懇願する香綺に、珀黎は無慈悲とも言えるようにピシャリと言い放った。
読んで頂き、ありがとうございます!
修羅場はまだまだ続きます。
次回も楽しみ頂けると幸いです。