【13】お披露目の式典
舞台は、日本のような日本ではないファンタジー世界です。
いよいよ蒼天宮邸にて、姫巫女お披露目の式典の日がやってきた。
藍姫は朝からずっと緊張の面持ちでそわそわと窓の外をしきりに見ていた。
烏蘭と狐珀が藍姫の髪を丁寧に梳かし、肌に白粉をはたき、今まで着てきた中でも特別上等な着物を着せてくれた。
金緑石の玉飾りが付いた簪と、楔石があしらわれた帯飾り、灰簾石が紫陽花の花びらの形をしている耳飾りを身に付ける。
これらは全て、珀黎から藍姫へ贈られたものだ。
そして、藍姫からは菫青石があしらわれた耳飾りと帯飾りを珀黎へ贈った。
藍姫は珀黎からの装飾品の他に、白く輝く勾玉の首飾りを首から下げた。
これは、八仙花神社から離れていても"神の宿る紫陽花"から力を受け取ることが出来る神具で、姫巫女しか着用が許されない。
時間になり、人間の姿に変化した烏鬼と狐鬼が迎えに来た。
外には同じく人間の姿に変化した髏鬼と蛇鬼が待機し、藍姫に礼の形をとる。
今回、四葩である彼らは藍姫と共に蒼天宮邸に向かうので、烏蘭と狐珀は八仙花神社でお留守番である。
下に用意された馬車に乗り込むとき、藍姫は初めて外はもう冬に近付いているのだと気付いた。
蒼天宮邸の大広間には既に多くの貴族たちが集まり、今代の姫巫女の到着を今か今かと待ちわびていた。
そのとき大広間の扉が開き、篠宮家の令嬢、花琳が赤を基調とした豪奢な着物に身を包み、金剛石の揺れる簪を付けて颯爽と現れた。
病に臥している国王に代わって王太子である瑛龍が決めた姫巫女の登場に貴族たちはざわめいた。
花琳は顎を少し上げ、高慢な笑みを浮かべながら一同を見回した。
少し離れた場所で花琳の父である宗弦と母の杏花が満足そうに娘の姿を眺めている。
そして、少し遅れてから瑛龍が従者と共に大広間に登場した。
王妃の香綺も多くの従者を引き連れ、会場奥に置かれた玉座に座った。
瑛龍は花琳を見つけると満面の笑みで足速に歩み寄った。
「花琳!今日のお前は何と美しいのだろう。まるで大輪の薔薇の精のようだ。まさしく姫巫女に相応しい」
花琳は瑛龍の腕に絡みつくと甘えた表情で微笑む。
「有り難きお言葉ですわ、殿下。やっと、この日が来ましたわね。私が八仙花神社から正式に姫巫女と認められれば、これで晴れて殿下と結婚出来ますもの!一時は汚らわしいお姉様のせいで、殿下とは離れ離れになってしまうのかと嘆いておりましたが、これでようやくですわ」
「その汚らわしい藍姫はもう死んだ。これで私たちを邪魔する者はもういなくなったんだ。国王陛下が身罷られたら私は新たな国王に、花琳は王妃になるんだよ」
花琳は"王妃"という言葉にうっとりとした。
まさに幸福の絶頂に達していた花琳の耳に、周りにいた貴族たちのどよめきが聞こえてきた。
花琳は何事かと後ろを振り返り、全身が凍り付いた。
――ありえるはずがない。
花琳の視線の先にいたのは、一目見ただけで上等なものだと分かる白い紫陽花が刺繍された白藍色の着物を纏い、高級な宝石があしらわれた装飾品を身に付けている藍姫だった。
肌は血色の良いきめ細やかな白い肌、唇には薄く紅が引かれ、爪は丁寧に磨かれていた。
良く梳かれた艶やかな藍色の絹髪を揺らし、周りに浮世離れした美貌の男性を4人も侍らせた藍姫は、ゆっくりと大広間に入ってきた。
花琳の隣にいた瑛龍も信じられない様子で喘ぎながら指をさした。
「…あ、ありえない…。藍姫は死んだ…はずじゃなかった…のか…」
その呟きに藍姫の後ろにいた眼鏡をかけた黒髪の男がチラリと瑛龍を見る。
ゾッとするほど冷たい瞳だった。
「あれは、藍姫様か?久しく表舞台に出ておられないと思っていたら、あんなにお美しくなって…」
「藍姫様の後ろにいる者たちは誰だ?随分と見目麗しい者たちばかりだが」
「藍姫様の身に付けておられる金緑石や楔石はまさか珀黎公の…?」
周りの貴族たちがザワザワと話す中、藍姫は大広間の中央にいる瑛龍と花琳にゆっくりと近付いた。
「ご挨拶申し上げます、瑛龍殿下。ご健勝そうで何よりでございます」
藍姫は軽く膝を曲げ、礼の姿勢を取って挨拶する。
「あ、あぁ。藍姫こそ、元気そう…だな」
瑛龍は盛大に顔を引き攣らせながら答えた。
隣にいる花琳にも藍姫はにこやかに挨拶をする。
「花琳もお久しぶりですね。寒い日が続いているそうですが、体調などは崩して…」
「何故ここにいるのお姉様」
藍姫の言葉を遮った花琳の一言に、大広間が水を打ったように静かになる。
花琳は理解が出来ないといった、怒りや焦りの入り交じる歪んだ表情で藍姫を見た。
「今日は私が姫巫女としてお披露目される式典なのよ。お姉様は呼ばれていないでしょう?なのに何故ここに来たの。というか、何故生きて…」
「藍姫様が今代の姫巫女様に選ばれたからでございます」
それまで藍姫の後ろに控えていた黒髪の眼鏡姿の男性、烏鬼が前に進み出て藍姫の横に立った。
「……は?」
花琳は口をぽかんと開けて烏鬼を見る。
「藍姫様は八仙花神社にて"神の宿る紫陽花"から力を受け取り、見事"七変化"の儀式を成功され、正式に姫巫女様に選ばれました。藍姫様は八仙花神社の正統なる姫巫女様であらせられます」
「う、嘘よっ!お姉様は姫巫女としての魔力なんか無いじゃない!碌に力の使い方も知らないから、国の宝である大鏡まで割ったくせに!?」
花琳は瑛龍の方を振り返った。
「殿下も覚えていらっしゃいますわよね?あのときの儀式でお姉様は姫巫女としての魔力が無いことが分かって、おまけに大鏡まで壊したんですわよね!?」
「あ、あぁ…。確かに、そうだ。藍姫は大鏡を壊したんだ。しかし、姫巫女に選ばれたって…。それに、お前たちは誰なんだ?何故、藍姫と共にいる…?」
烏鬼がチラリと後ろに目をやると、烏鬼の後ろから狐鬼が進み出て瑛龍に対して礼の姿勢を取る。
「お初にお目にかかります、殿下。我々は八仙花神社より遣わされました、藍姫様の護衛になります。藍姫様は"とある事情"によりしばらくの間、八仙花神社にてお過ごし頂いておりました。そのときに藍姫様は類稀なる膨大で強力な魔力を発現され、姫巫女様としての才を発揮されました」
"とある事情"という言葉に花琳と、離れた場所にいる宗弦と杏花が顔色を青くした。
「姫巫女としての才って何よ!お姉様は魔力も無い無能のくせに何も出来るはずが無いじゃない!私が国から姫巫女として選ばれたのよ!?お姉様より私の方が姫巫女に相応しいはずだわ!」
花琳の金切り声が大広間に響く中、狐鬼は髏鬼に何やら耳打ちをする。
髏鬼は小さく頷くと後ろに下がって行った。
「藍姫様は八仙花神社にて神から力を受け取り、花びらから見事に美しい紫陽花を"いくつも"咲かせておられました。神の力を直接受け取れるほどの膨大な魔力の持ち主、というのが藍姫様が姫巫女様に選ばれた理由のひとつです。そして、"とある方"の怪我も藍姫様は癒しておられるのです」
「"とある方"って…」
瑛龍はまさか、という顔になる。
その瞬間、大広間の扉が開き、そこから現れた人物に瑛龍も貴族たちも、そして玉座に座っていた香綺も驚愕の表情で凍りついた。
「皆様、大変お久しぶりでございます。長らく皆様にはご心配をおかけしてしまい、申し訳ございません」
澄んだ灰色がかった緑の目に、山藍摺の着物姿の珀黎がしっかりとした足取りで大広間に現れ、藍姫の隣に並んだ。
貴族たちがまたザワザワと話し始める。
「珀黎様の目が、目が治っておられるではないか!大火傷を負って両目が失明されていたはずなのに」
「見ろ。珀黎様も藍姫様の魔力の色の宝石を身に付けていらっしゃるぞ。どういうことだ、まさかおふたりは…」
瑛龍と香綺は青ざめた顔で珀黎を凝視している。
「珀黎…、貴様、目はどうした…。何故、治っているんだ…」
瑛龍はやっとの思いで言葉を吐き出した。
「藍姫様が姫巫女様の癒しの力で瞬く間に治して下さったんだ。素晴らしい奇跡の力だった。これで私も自由に歩くことが出来るようになったんだよ、瑛龍」
その一言に瑛龍は珀黎を睨み付けた。
「貴様、まさかこれで目が治ったからと今さら王位継承権を寄越せなど抜かすんじゃないだろうな?私は国王陛下より正式に王太子として認めて頂き、陛下が身罷られたら私が国王になるんだ」
貴様なんかには渡さないと宣う瑛龍を、珀黎は悲しそうな表情で見つめた。
「…瑛龍、今日は君と王妃陛下にお話があって私はここに来たんだ」
珀黎はそう話すと、髏鬼と側仕えを呼び寄せる。
そして、静かな声で語り始めた。
読んで頂きありがとうございます!
フリガナ多くて読みづらかったらすみません。
珀黎から藍姫への愛が重ためなら良いなぁって感じで書いてます。
次回もお楽しみ頂けたら幸いです!
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