【10】神の力
舞台は、日本のような日本では無いファンタジー世界です。
藍姫が紫陽花の雫に魔力を込めると、薄紫色の光に包まれ輝きだす。
さらに"珀黎様の目が良くなりますように"と強く願いを込める。
そうすると、"七変化"の儀式のときのように、頭が優しく痺れるような不思議な感覚になった。
神の力と共鳴した、あのときのように。
そしてそれを軽く上を向いた珀黎の目に巻かれた包帯越しに数滴垂らす。
すると、落ちた雫がふわりと膜のように珀黎自身を包み込んだのだ。
烏鬼の"蘇生の術"と同じ現象だった。
烏鬼と狐鬼が呆気にとられていると、雫の膜が光の粒子となり、シャラシャラと音を立てながら消えていく。
珀黎は呆然としたまま微動だにしなかった。
「珀黎公、どうしました…」
烏鬼が心配そうに珀黎の肩を軽く揺らすと、珀黎はおもむろに包帯を取り始める。
その場にいた全員が息を飲んだ。
珀黎の顔の傷痕が跡形もなく消えていたのだ。
それどころか両目も綺麗に治り、珀黎はキョロキョロと周りを見渡す。
「あ、ありえない…、そんなことが…?目が、目が見えます。こんな…ことに、そんな…」
珀黎は目に涙を溜めて震えていた。
烏鬼は藍姫の持つ小瓶を見て、藍姫の特異な能力によるものだと確信した。
「おそらく、藍姫様は姫巫女としての能力だけじゃなく、並外れた"治癒能力"もあるのだと思います。珀黎公のにかけられた"呪い"を浄化し、怪我を治癒した。これは神の力を受け取れる姫巫女様にしか、いや、藍姫様にしか出来ないことです」
珀黎は藍姫の手を取ると深く頭を下げた。
「ありがとうございます。あなたは私の命の恩人です。何とお礼をしたら良いか、感謝の言葉もございません」
藍姫は吃驚して手を握り返してしまった。
第一王子に頭を下げられるなど恐れ多い。
おまけに自分に治癒能力まであったということに理解が追いついていない状態だ。
しかし、珀黎の目の怪我が治ったことに藍姫は心から安堵した。
珀黎の白皙に陽の光が当たり、僅かに煌めいて見える。
澄んだ、灰色がかった綺麗な緑の瞳が藍姫を見つめていた。
森の清涼な空気のような瞳を見つめていると、後ろからコホンと咳払いが聞こえる。
藍姫が振り返るといつの間にか来ていた髏鬼と蛇鬼が何やら不敵な笑みを浮かべて見ていた。
2人の視線は珀黎と藍姫の繋がれた手に向けられており、ハッと気付いた藍姫は顔を真っ赤にして俯いた。
珀黎は優しく微笑んで手を離すと、烏鬼たちに向き直る。
「まさかこんな奇跡が起こるとは思いもしなかったので、烏鬼たちの姿を見てしまいましたね。申し訳ありません、外の者たちには決して口外致しませんので、どうかご容赦を」
烏鬼たちは特に焦る様子も無く、狐鬼などは朗らかに笑っていた。
「珀黎公になら見られても大丈夫だと信頼していたから八仙花神社に呼んだんだよ。だからそんなに畏まらないで。そうじゃなきゃ、いくら治療の為とはいえ、結界内に招き入れることは無いからね」
珀黎は安心したように頷いた。
「珀黎公、これからどうするんだ?このまま蒼天宮邸に帰ったって大騒ぎになるだけじゃないのか?」
蛇鬼が聞くと珀黎は手にした包帯を見つめ、しばし逡巡してた。
「そうですね。状況が整理出来るまで目が不自由な振りをしていた方が都合が良さそうです。幸い、私は離宮に住んでいるので、側仕えたちにだけ事情を話して、瑛龍たちには悟られないよう手を打ちます。…さて、私は帰らないと。下で馬車を待たせておりますので」
「あぁ、ちょっと待って」
髏鬼が帰り支度を始める珀黎を止めた。
何事かと訝しむ珀黎に髏鬼は袖から袋を取り出して見せた。
「この前、烏鬼たちには辺境の村がひとつ、魔物の被害で壊滅状態になったって話したんだ。珀黎公は知ってるよね?」
「えぇ。大きい魔物が村を襲ったと聞いています。」
髏鬼が取り出した透明な袋には何やら白い欠片が入っていた。
「これは、骨ですか?」
烏鬼が覗き込んで袋を受け取る。
「国王が村に何も支援とかしないもんだから、俺と蛇鬼で村の片付けの手伝いに行ったんだ。これは、そのときに見つかった"身元不明遺体"の骨だよ」
「珀黎公、"例のアレ"持ってきてくれたか?」
蛇鬼が聞くと珀黎はすっかり忘れていたというように慌てて袖から同じように透明な袋を取り出す。
その中には数本の髪の毛が入っていた。
「先ほど珀黎様が仰っていた、珀黎様を襲った犯人の…?」
藍姫は髪の毛と骨から何か禍々しい気配を感じていた。
「村の領主に話を聞くと、この骨の人物はどうやら村の人間じゃないらしいんだよ。魔物に襲われたとき、村人は全員逃げて無事だったから。この骨は、村の近くの森の入口付近に適当に掘ったような穴に埋められていたのを俺が見つけたんだ。死後数年は経っている感じだったね。領主に聞いたら村の人間ならちゃんと共同墓地があるから、こんな森のところになんか埋めないって。それに過去行方不明になった村人も別にいない。それじゃあ、コイツは誰なんだって話になってね」
髏鬼は珀黎から受け取った髪の毛と骨を机に並べる。
藍姫にはこれから髏鬼が何をしようとしているのか分からなかった。
「藍姫様、珀黎公、髏鬼には魔力を解析する能力があるんです。おそらく、これから髪の毛と骨の魔力を解析して、何やら特定を行うのでしょう」
髏鬼は「その通り」と笑うと、髪の毛と骨に魔力を込める。
すると、髪の毛と骨からそれぞれ空中に色を纏った不思議な形の記号のようなものが浮かび上がった。
2つとも同じ色に同じ形である。
髏鬼は「やっぱり」と呟いた。
「髏鬼さん、これは何ですか?」
藍姫が恐る恐る聞くと、髏鬼は記号を指さして答える。
「これは所謂"遺伝子情報"みたいなものだよ。人にはそれぞれ生まれたときから指紋と同じように魔力の色と形が決まっているんだ。この骨と髪の毛に残っていた魔力から同じ色と形の魔力が検出されたということは、珀黎公を襲った人物と身元不明遺体は同じ人物ということだ」
藍姫は驚愕していた。
珀黎も信じられないという表情だ。
辺境の村から発見された遺体の骨と珀黎を襲った犯人は同一人物。
「王家側が頑なに村への支援やらを行わなかったのは、これを発見されるのを恐れたとか有り得そうだ」
珀黎は髏鬼たちに向き直ると頭を下げ、自分を襲った犯人の特定と王妃香綺の疑惑を調べることに協力して欲しいと願い出た。
「私や側仕えたちだけでは調べるのに限界があります。どうか皆様にもご協力頂きたいのです」
烏鬼たちは顔を見合わせる。
「もちろん、珀黎公の頼みとあらば断る訳にはいきません。しかし、我々は今、姫巫女様の守護神です。藍姫様のご許可無しに動く訳には…」
烏鬼がチラと藍姫を見やると、藍姫は背筋を伸ばして力強く頷いた。
「はい。私たちに出来ることがあれば、ぜひ協力させて下さい!」
珀黎は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。藍姫様のお陰で世界が明るく感じます。このご恩は必ずお返しします」
珀黎はそう言うと杖を持ち、下で待つ従者の元へ帰って行った。
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