Moon
雨がさんさんと降る夜。バイト帰りにアパートの近くで白猫を拾った。家に帰って拭いてあげると、白くてフワフワな子猫と分かった。「にゃーにゃー」と小さな声で鳴きすり寄ってくる。小さく可愛いものを見て、
「君が人間で俺の彼女だったらなぁ」
大学一年生のとき。サークルで知り合った女の子に告白され付き合うことに。彼女はサークルでも人気があり、かなりモテる。何で俺みたいな地味な男と?と周りも自分も思った。理由はすぐに分かった。
彼女とのデートは金がかかる。あれこれ買わされる。服からカバンまで何でも買わされる。可愛い彼女にねだられたら、イヤとは言えないのが、悲しい男の性。彼女に振られないためにも何でも買った。バイトを増やして、買ってあげた。そんなある日彼女から理不尽にも「好きな人出来たから、バイバイ」と言われた。あまりにも理不尽だから理由を聞きに彼女のもとへ。彼女はサークルの部室で新しい彼氏とイチャついていた。その日のうちにサークルを辞めた。彼女にプレゼントしようと思っていたものを全て捨てた。その日は友達とやけ酒をした。俺は周りの友達から「大金星」や「地味男の星」などと言われていたが、結局はキープ君ということだった。その日はあまり飲めない酒を飲みまくった。
それ以来女性恐怖症になった。女性と絡みがあっても、怖くてしょうがなかった。自然と女性を避けるようになった。可愛い女性は特に彼女のことが思い出されて怖かった。
子猫を拾った日は満月だった。その満月が綺麗だったので、ムーンと名付けた。膝の中で眠る猫が温かく、心地よかった。
この大学にはカップルが多い。講堂に行くまでに五組のカップルとすれ違った。違う大学の友達にはこの大学に入れば、彼女が出来るとさえ言われる。残念ながら俺にはいない。今はいなくていい、というより出来ない。とりあえず今は一人がいい。講義中前の前の席に元カノのカップルがイチャついていた。イチャつくなら帰れ!!そもそも彼女のことを元カノと言っていいのだろうか?ただのキープ君なのに…。溜め息がこぼれた。その日の講義は頭に入らなかった。
直接バイトに行った。本屋のバイトで、楽な仕事の割には時給がいい。俺がバイトに入る時は全然客が来ない。大丈夫か?この店…。俺がバイトじゃない時は繁盛しているか、もしかしたらお宝が眠っているのかもしれない。個人経営の店だから独特な雰囲気が流れる。暇なので、店にある本を読むことが多い。店長が太宰治好きなので、太宰作品は全て揃っている。その為太宰作品を読むことが多い。一番好きなのは「人間失格」で、冒頭の「恥の多い生涯を送ってきました」というのが、何だか自分に言われている気がした。
今日は夏目漱石の「こころ」を読むことに。最初の方は何となくダルくて読むスピードが上がらなかった。けど後半の先生の手紙のところでは読むスピードが上がった。先生とKの友情。お嬢さんへの淡い恋心。凄くリアルで、でもどこか非現実。友達と同じ人を好きになってしまった。大切な友達、でもコイツにだけは負けたくない。友情?それとも愛情?心が葛藤する。リアルだけどまるで別世界。醜い愛憎劇なのにどこか美しい。流石は夏目漱石。俺もこんな恋をするのだろうか…。誰にも渡したくない…この人だけは…。そんな恋を・・・俺はするのだろうか?結局客は全然来ないままバイトは終わった。
バイトから帰ると、俺の部屋の前に白いワンピースを着た長い黒髪の女の子が座っていた。誰?姿はまるで少女マンガのヒロインのようだ。
「あの…何かうちに用ですか?」
コクッと頷くだけだった。とりあえず冬なのにノースリーブのワンピースで、寒そうなので家に入れることに。知らない人を家に入れるのは危険。でも…何故だか分からないけど、彼女は大丈夫な気がする。少し不安はあるが。
「ムーン。ただいま」
部屋を見回すと、ムーンがいない。窓を少し開けておいたので、出て行ったのかもしれない。
ワンピースの女の子はホットミルクが好きなようだ。たくさん飲んだ。そういえば…ムーンもミルク好きだったな…。白いワンピースで、全体的に透明感のある感じ。雰囲気がどことなくムーンに似ている気がした。ムーンが人間になったら、こんな感じかな?
「君名前は?」
「月華」
初めて言葉を発した。名前に月が入っている。本当にムーンみたい。
「俺に何の用?」
何も言わなかった。俺に用があるんじゃないの?
「行くとこないの?」
コクッと頷く。どうしよう…。警察に言うべき?
「俺の家に泊まる?」
コクッと頷く。初めてかもしれない。女の子を家に泊めるのは…。
お風呂から上がると月華ちゃんは俺のちゃんちゃんこを勝手に着て、ベランダの窓を開けて月を眺めていた。
「寒いでしょ」
と言って窓を閉めたら、クルッとした目で見てきた。小さい顔なのに大きな目。俺がテレビの前に座ると、月華ちゃんは膝に頭を乗せてきて寝てしまった。スースーと寝息をたてて寝てしまった。自分の顔が赤くなっていることに気づく。初めての経験で、妙に恥ずかしくなった。小さく丸まって寝てしまった。月華ちゃんをベッドに寝かせて俺は床で寝ることに。床は冷たくて寝づらいが、妙に心は満たされていた。
大学に行く準備をしていると、月華ちゃんが起きた。
「おはよう。俺大学行くから。帰るなら俺の携帯に連絡して。鍵閉めに帰ってくるから。これ番号。んじゃあ行ってきます」
「メガネ…」
「ん?」
「メガネ外す・・・」
それだけ言うと月華ちゃんは眠ってしまった。眼鏡を外すべきということかな?彼女の言う通り眼鏡メガネを外すことに。
別に目が悪い訳ではない。何となく大学では雰囲気を変えようと思い、眼鏡を掛けた。元々あまり自分の顔に自信がなく、眼鏡を掛けたのはそんな自分の顔を隠すため。というより自分に自信がないからかもしれない。久しぶりに裸眼で外に出た。いつもより風が冷たく感じた。目が覚めるようだ。
「あれ?眼鏡外した?雰囲気明るくなったね」
大学に入っての第一声。眼鏡一つでそんなに変わるものだろうか?少し嬉しくなった。眼鏡越しで見ていた世界より世界が明るく見えた。
「あれ?眼鏡は?雰囲気変わるね」
バイト先の店長にも言われた。やはり眼鏡というのは重要なアイテムのようだ。周りの人が自分の変化に気付いてくれるのは嬉しい。いつも自分に自信がなかった。自分の存在が空気のように思える時があった。そんな時空を見る。空は青く、大きい。空からしたら、人間なんてちっぽけなんだろう。そう思うと気が楽になった。いつも空を見る。見る度に心が落ち着く。そして少し溜め息が出る。遥か遠くの存在に。
バイトまで少し時間があるな…。デパートに寄った。あの子…月華ちゃんはまだ家にいるのだろうか?なぜだろう…俺は彼女とどこかで会った気がする…。誰かに似ているのかな?とりあえず月華ちゃんは俺の家に来た時何も持っていなかったから、何か着替えと代えの下着ぐらい買ってあげようかな。携帯に連絡がこなかったということはまだ家にいるということだと思うし…。女物の下着を買うのは何とも恥ずかしい。昔お袋や姉貴に買いに行かされたこともあるが、何度買いに行っても恥ずかしい。周りの人に変な目で見られているんじゃないかと思うと、気が気でなくなる。というより何で俺はあの子の為にここまでしなきゃいけないんだ!まぁ今日が安売りじゃなかったら買わなかっただろう…。
バイトは7時に終わった。もうすっかり夜になっていた。息が白い。暗い夜だとその白さが際立つ。空を見ると星が綺麗に輝いている。小学校の時の理科の時間に冬の方が空気が綺麗なので、星がよく見えると習った。その事が頭に残り、今でも覚えている。
コンビニに寄った。あまりコンビニが好きではないが、光に吸い込まれるように入った。久しぶりにコンビニに入った。何を買おうか。店内をウロウロしていると、牛乳が目に止まった。気がついたら牛乳を手に取っていた。別に牛乳が好きという訳でもないのに…。おでんと肉まんを買った。コンビニに寄った時はいつも肉まんは買ってしまう。大して好きな訳でもない…。
肉まんを食べながら、アパートに向かった。
「熱ッ」
予想より熱かった。冷ましながら、食べ進む。肉まんを食べていると学生の頃を思い出す。よくクラブ帰りに友達とコンビニに寄って買い食いをした。その時は凄く楽しかった。将来のことなど考えず、今を楽しむことが出来た。懐かしい。何をしても楽しかった。こんなに楽しい日が毎日続いて欲しいと思った。けどいつかはこの仲間たちと離れることになる。そんな日が来ると分かっていたから今を楽しんだ。精一杯楽しんだ。そうしなければ勿体無い気がしたから。時々脳裏によぎる。別れの日が。溜め息をついては、笑った。笑うこと自体が楽しかった。
そんな昔を思い出しては、今のつまらない自分と比べる。今を楽しめているのか?俺・・・。漫然とした毎日の繰り返し。同じことを同じように繰り返す。体に自分の生活サイクルが染み付いた。壊したいと思ったこともあった。でも壊せない。壊したら何かを失う気がしたから。何も失うものはないのに…。何を怖れている?きっと何も変わらないことを怖れている。きっと何かを壊しても少しも変わらない。何かを止めても大して変わらない。ありきたりな俺の人生。少しの溜め息と少しの胸の痛み。
「ただいま」
月華ちゃんはまたベランダの窓を開けて、空を眺めている。また俺のちゃんちゃんこを着て。どうやら気にいったようだ。
「寒いでしょ」
窓を閉めると、また見てきた。あまり表情がない子。
「おでん食べようか」
コクッと頷く。シャイな子供みたいだ。しかし…おでんとホットミルク…食べ合わせ悪くないか?ホットミルクを作ってあげた俺が言うのもあれだが…。猫舌?おでんが冷めるまで食べなかった。ずっとホットミルクを飲んでいる。ホットミルクの後おでん…。少し気持ち悪くなる。まぁ…彼女が満足そうだから、いいだろう。
お風呂からあがった時あることに気づいた。
「お風呂入ってないよね?」
目をそらす。
「お風呂入りな」
「いや」
今までで一番早く返事した。お風呂が嫌いな子供みたいだ。
「お風呂入らないと、ホットミルクあげないよ」
と言うと一目散にお風呂場に向かった。まるで好きなものを奪われるのがイヤな子供のようだ。
お風呂場に俺のパジャマと今日買った下着を置きに行った。シャワーの音が聞こえる。女の子が自分の家のお風呂を使うのは初めて。少しドキッとした。
ワンピース以外の服を着ている彼女を初めてみた。随分雰囲気が変わる。雰囲気が現代風に。頭をべチャべチャに濡らしたままで出てきた。頭を乾かしてあげた。髪をといてあげた。妹や娘が出来たらこんな感じだろうか?少し愛おしくなった。
また月を見ていた。
「月好きなの?」
「名前。同じ」
彼女の発する言葉は単語を並べるだけ。まるで言葉を覚えたばかりの子供のようだ。幼い娘を持った父親の気分になった。可愛い娘を持った父親。恋人より妹。妹より娘。俺たち二人の間には甘ったるい関係は無かった。
朝起きて、顔を洗った。鏡に写る自分の顔を見た。何てパッとしない顔。少し溜め息が出た。月華ちゃんはまだ寝ていた。ホットミルクを作って机に置くと、匂いがしたのか起きた。
「起きた?」
まだ目が覚めきってないようだ。
「んじゃあ、俺行ってくるから」
「髪…」
「ん?」
「髪。切る」
と言ってまた寝てしまった。そういえば…髪伸びたな。久々に髪を切りに行こう。
バイトまで時間があったので髪を切りに行くことに。いつもの床屋に行こうとしたが、何となく違う店に行ってみようと思った。子供の頃から通っていた店だが、たまには気分転換も。
街を歩いていたら、数多くの美容室があった。どの店がいいのか分からなかった。歩いて探していると「moon」と言う店が目に留まった。そういえば…ムーンどこにいるんだろう?もしかしたらこの店にいるかもしれないと思い入ることに。店に入ると猫ではなく、犬がいた。その犬の名前はムーン。おしい!!
シャンプーはいつも気持ちよくて寝てしまう。そこからずっと寝てしまう。他人と喋るのが苦手だからかもしれない。美容師からしたら俺のカットは楽だろう。カットに集中出来るから。
あっという間にカットは終了。雰囲気が今風になった気がした。
「4200円になります」
高っ!!いつも行っている床屋はお得意さんということで1000円。これは安すぎだが、高すぎでは?渋々払った。
頭が軽くなった。風を切った。深呼吸をした。いつもより空気が美味しい気がした。
「あれ?髪切った?似合うねぇ~」
店長は随分俺のことを気にかけてくれているみたいだ。髪を切って誰にも気づかれないのは悲しい。こうして気づいて貰えるのは嬉しい。少し笑みがこぼれた。今日は芥川龍之介の「羅生門」を読むことに。描写がリアルで、倒れている人たちのシーンは気持ち悪くなった。時代も違い出来事は今では有り得ないが、感情は共感出来るものがあった。何となく色々考えさせられる作品。読後感が何とも言えない感じがした。生きるための必要悪がテーマなんだろう。必要悪…俺にはよく分からない。それは俺が平和な時代に生きているからだろう。生命の危機にさらされたことなど一度も無い俺には、悪いことをしてまで生きようと思う気持ちが分からない。俺の想像力がないから分からないのかもしれない。
そういえば…ムーンは生きているのだろうか。ちゃんとご飯を食べているのだろうか?あんな小さな体で大丈夫なのだろうか?もしかしたらムーンは生きるために人のご飯を盗み食いしたりしているのかもしれない。それはある意味必要悪なのかもしれない。明日は…何を読もうか?
そういえば一人で月華ちゃんは何をしているのだろう?きっと昼間はずっと眠っていて、夜になると俺のちゃんちゃんこを着て月を見ているのだろう。まるで夜行性の猫のように。猫…ムーンどこに行ったんだろう?いつでも帰りを待っているよ。今日は三日月だった。
昔から動物には好かれた。家では動物を飼って貰えなかったので、野良猫とよく遊んだ。その時にも白猫がいた。そう…まるでムーンのような…。その猫どうなったっけ?…思い出せない。大切な、大切な思い出なのに…。月日が流れるのが急に残酷に思えた。大切な思い出が、月日が経つにつれて、忘れられていく…。今こうしていることが…後何年もすれば忘れてしまう…。忘れたくない思い出を…忘れてしまう…。てことは…今こうして月華ちゃんと過ごす日々もいつかは忘れてしまう…。急に寂しくなった。叶うなら、時など止まってしまえ…。そう月を見て思った。
今日は鍋にした。月華ちゃんは冷めきるまで待っていた。かなり猫舌。でもホットミルクは飲める。よっぽど牛乳が好きなのだろう。
「思い出は…いつかは消える…」
ポツリと言った。あれ?俺何でこんなこと言たんだろう?
「消えない思い出もあるよ」
と月華ちゃんは言って微笑んだ。初めてかもしれない。月華ちゃんが笑うとこを見たの。何だかドキッとした。凄く可愛い笑顔。消えない思い出が月華ちゃんと過ごした日々だったらいいのに…。そう思うと少し笑みがこぼれた。
今日は珍しく大学に行かない日。今日は何をして過ごそうか。ベッドで俺のちゃんちゃんこを着たまま寝ている月華ちゃん。白いワンピースの。俺が買ってあげた着替えはTシャツとジャージだけ。流石に女の子の服がワンピースとジャージとTシャツだけじゃ可哀想か…。
「ねぇ。今日服買いに行こうか?」
月華ちゃんはコクッと頷いた。
久々のデートと言ったところだろうか?とりあえず白いワンピースは目立つので、俺の服を着させた。服で人は雰囲気が変わる。ボーイッシュな女子大生に。
俺が高い店に入ろうとすると、
「ここ。高い」
と言って古着屋に入ることに。古着屋に入るなんて思ってもみなかった。前の彼女の時では考えられなかった。前の彼女の時は服からカバンから全て買わされて、何万円も払わされた時がある。古着屋とブランド店では桁が一つも二つも違う。お陰でカバン一つの値段で何着も服が買えた。彼女に服を選んで貰った。スーツぽい服を選んで貰った。
「これ似合う」
と言われた。そうなのか?
外に出たのが嬉しいのか機嫌が良さそう。そんな彼女を見て俺も機嫌が良い。全身で太陽を浴びている感じ。そんな彼女の姿は何かのCMみたい。そこらへんのアイドルより可愛い気がした。少し親バカな父親みたいだ。少し笑みがこぼれた。今日は凄く楽しかった。
お風呂あがりに今日買ったパジャマを着ていた。水玉の可愛いパジャマ。あっ!!しまった!!ちゃんちゃんこを買ってあげれば良かった!!今日も俺のちゃんちゃんこを着ていた。もう彼女にあげようかな?
今日も月を見ている。月を見ている時の彼女は神秘的な雰囲気で、大人びた顔をしている。太陽の下にいる時は幼い子供の顔をしている。2つの顔を持つ彼女はとても魅力的に思えた。
彼女がいるのが当たり前に思えるくらい月日は流れた。いつかは彼女がいなくなる。最近よくそう思う。その現実を目の当たりにしたら、俺はどうするのだろうか?きっと虚無感に襲われるだろう。最近一番怖いことは彼女を失うこと。一緒にいるのがこんなに楽しい相手は初めて。考えてみると俺は彼女のことを何も知らない。彼女の上の名前。年齢。恋人がいるのか…知りたいことは山ほどあるのに、俺たちはそういう会話を一切しない。何も知らなくても一緒にいれる相手。一生のうちにそんな人に出会えるとは思っていなかった。そんな人に会えた今はとても幸せなんだ。笑みがこぼれたと同時に、少し胸も痛くなった。
最近女の子に話しかけられても大丈夫になった。きっと彼女のお陰だろう。まぁ彼女はそこらへんの女子大生とは別物だが。最近よく話しかけられるようになった。元カノにも話しかけられる。元カノに話しかけられるのは少ししゃくだが…。雰囲気が変わったせいだとしたら尚更彼女のお陰だ。彼女がいなければ、こんな格好しなかっただろう。女の子に話しかけられるのは、悪い気はしない。
「ヤッホー!!やっぱ超!格好良くなったね!!」
いきなり元カノが来た。なんだ?コイツ・・・。
「あ、ありがとう」
いきなり何なんだ?元カノは何を考えているか分からない。
「ねぇ!より・・・戻さない?」
「えっ?」
「実は…結構引きずっていたんだ」
少しドキッとした。やはり可愛い子に告白されると嬉しい。
「悪いけど…好きな人いるんだ」
「そうなんだ…んじゃあまたね!」
ん?好きな人?誰だそれ?俺に好きな人なんて…あっ…月華ちゃんだ…。そうか…俺月華ちゃんのこと好きなんだ…。好きだから月華ちゃんを失うのが怖いんだ…。初めて自分の気持ちに気がづいた。顔が赤くなっていることに気づいた。月華ちゃん…俺君のことが好きみたい…。
気持ちの整理をするために街をウロウロしてから帰ることに。顔がまだ赤い。幸せな気持ちになった。元カノ以来ろくに恋なんしなかった。むしろしたくなかった。どうせ傷つくのは自分だから…。でも今は幸せな気持ちでいっぱい。きっと相手が月華ちゃんだからこんなに幸せなんだと思う。どんな顔して会えばいいだろうか?
「お兄さん!!お兄さん!!指輪買ってかない?彼女へのプレゼントにどう?」
指輪…。彼女…。少し照れた。
「今なら指輪の裏側に名前彫れるよ」
「名前は月華です」
「上の名前は?」
「知らないです…」
「…それだったら、言葉とかもありよ。結構好きな言葉を彫っていく人もいるよ。名前が月華だから…moonとかはどう?」
「んじゃあそれで」
ムーン…。そういえばムーンがいなくなってから月華ちゃんが来たなぁ…。心の中に違和感が生まれた。
彼女はどこか人間離れしていた。極端に猫舌。極端に風呂嫌い。ホットミルクばかり飲む。睡眠時間はとても長い。そう…まるで猫のように…。たったそれだけ…たったそれだけなのに…どうしてこんなに違和感があるのだろうか?ただ少し猫っぽいだけ…。そういえば…ムーンも月見ていたなぁ…。絶対に有り得ないこと…絶対に…有り得ないこと…。有り得ないことと頭では分かっていても、何となくそう思えてならないのは君が人間離れした魅力を持っているから?今日逢ったら確認しよう。こんなこと聞いたら変に思われる。思われてもいい。このモヤモヤが晴れるなら…。
「ただいま」
「おかえり」
また月を見ていた。それだけなのに俺の心違和感が大きくなる。
「手だして」
今日買った指輪をはめてあげた。嬉しそうな顔をした。
「ありがとう」
そんな顔を見たら嘘であって欲しいと思った。頼むから…嘘であってくれ…。
「月華ちゃんが来る前にムーンという白猫飼ってたんだけど、知らない?」
黙ってしまった。何で黙っちゃうの?何か言ってよ…嘘でもいいから何か言ってよ…。
「こんなこと聞いたら、変に思っちゃうかもしれないけど…月華ちゃんはムーン?」
黙ってしまった。何でそこで黙っちゃうの?たとえ嘘でも否定してくれたら信じたのに…。
「何で黙っちゃうの?」
気持ちが焦ってきた。
「嘘でもいいから、何か言ってよ!!」
それでも彼女は黙っていた。
「ムーン?ムーンなの!?」
目にいっぱい涙を溜めていた。
「何でこんなことが起こるの?何でこんなことしたの!?あっ…」
ムーンを拾った日にムーンが彼女だったらいいなぁ…と言った気がする…。
「…ごめんねムーン…。俺があんなこと言ったから…」
「違う!違うよ…ムーンはご主人様と喋りたかったから…」
涙がこぼれた。ムーンの頬にも。俺の頬にも。
「ご主人様に拾われて良かった…」
ギュッと抱きしめた。ギュッと抱きしめたらムーンの姿が消えた。残ったのは、白いワンピースとちゃんちゃんこだけ…。今日は満月だった…。
次の日昨日の出来事が全て夢であって欲しいと思って、ゆっくり目を開けた。床にはムーンのワンピースとちゃんちゃんこがあった。でもムーンは・・・。ちゃんちゃんことワンピースをぎゅっと抱きしめて、声をあげて泣いた。わんわん泣いた。あぁ・・・俺こんなに好きだったんだ・・・。ムーンにちゃんと伝えたかった。ムーンの細い体を抱きしめ、「好きだよ」と・・・。ちゃんと・・・伝えたかった・・・。
彼女と出会った。人間離れした美しさを持った女の子。大袈裟な表現と思われるかもしれない。それでも俺にとっては最高の人。目が大きく、白いワンピースがとっても似合う女の子。ホットミルクが大好き。でも猫舌。ちゃんちゃんこを着て見るのが好き。一日中寝てばかり。そんな・・・そんな子・・・。
きっともう二度と出会えない。あんな素敵な子と。過ごした日々は時間的には俺の人生のほんの一部にしか過ぎない。でも俺にとって何よりもかけがえの無い時間。何よりも大切な時間。きっと俺はこの大切な思い出を胸に秘めて・・・生きていくのだろう・・・。
あれから何年が過ぎただろう。きっとムーンとの日々は神様のプレゼントだったんだろう。何であんなプレゼントをしてくれたのかは分からないけど…。でも本当は何となく分かる気もする。何となくだけど…。
ねぇムーン
君は今どこにいるの?
いつでも帰っておいで
ずっと待っているから…
まだタンスにはちゃんちゃんこと白いワンピースが入っているよ
意味もなく牛乳買っちゃうんだ
ムーンにホットミルクを作ってあげようと思って
お陰で冷蔵庫には牛乳だらけだよ
俺があげた指輪大切にしてくれている?
大切にしてくれていたら嬉しいな
俺にとって消えない思い出はムーンと過ごした日々だよ…