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無能呼ばわりされた聖女が出奔した結果

作者: 藍田ひびき

「夕べ治療所の前を通ったが、閉める時間を過ぎても列が付いていたぞ。何かあったのか?」

「昨日の担当はアデラ様でしたから……」

「あの無能聖女か。全く、あいつさえいなければ」

「まあ殿下、そのような事を仰ってはいけませんわ」


 廊下から聞こえてきた私の名前に足を止める。

 あの声はアレックス王太子殿下と新米聖女のキャロライン様だ。

 二人とも、壁の後ろに私がいることには気付いていないらしい。アレックス殿下によく思われていないことは知っていたけれど、まさか陰で無能呼ばわりされていたなんて……。

 私は拳をぎゅっと握りしめ、こっそりとその場から立ち去った。


 

 このエルシア国では、稀にだが光属性を持って産まれる子供がいる。それも決まって女の子だ。何で男が産まれないかは、よく分からないらしい。とにもかくにも貴重な存在なのですぐにその名前は王家へ登録され、ある程度の年齢になると神殿仕えになって勤めを果たすのだ。

 一応、希望すれば神殿入りを断ることも出来るんだけど。聖女の素質を持って産まれたなら、その力を人々の為に生かすのは当然だ。私はそう思ったから進んで神殿に入った。


 一言で勤めと言っても、その仕事は様々だ。人々の怪我や病気の治療、治癒ポーションの作成、日照りが訪れれば雨乞いや豊穣の祈り、難事が続けば厄払い。そして結界の維持。

 結界の中では魔物の力が弱まるため、その維持は欠かせない。国中の様々な個所に張り巡らせた結界を保守するため、聖女は現地へ赴いて結界石へ魔力を注ぐ必要がある。

 これが結構大変なんだ。一人で国中を回るのは流石に無理なので、いつも複数の聖女で手分けして行ってる。


 私は十二才の頃に神殿へ連れて来られて、それからずっとここで働いている。

 最初の頃は先輩聖女にいびられたりもしたけれどね。「平民のくせに偉そう」なんて言われたっけ。

 だけど元々根性だけはあったから、耐えられた。雑草魂ってやつ?何より私の魔力は飛び抜けて高かったから、実力で先輩を黙らせた。

 

 それから十年近く、がむしゃらに働いてきた。今は筆頭聖女になれたからいびってくるような奴はいないし、後輩の若い聖女たちも慕ってくれている。


 その分、仕事はすっごくキツいけどね。「聖女様、ありがとう」と言ってくれる皆の顔を見れば、疲れなんて吹っ飛んじゃう。



 だけど最近、雲行きが怪しくなってきた。聖女キャロライン・グランヴィル侯爵令嬢が現れてから。


 光属性があることは幼い頃に判明していたらしいが、何せ侯爵家のご令嬢だから神殿入りはしなかった。だけど自分の力を民の為に役立てたいと考えて、聖女になったそうだ。

 そこまではいい。貴族令嬢にしちゃご立派な考えだ。


 困ったのはキャロライン様が私を目の敵にしていること。とにかく事あるごとに私の仕事へ文句を付けたり、嫌味をぶつけてきたりする。貴族のご令嬢である自分より、私の方が聖女として能力も立場も上であることが気に喰わないんだろうね。


 神殿長へ訴えても無駄。今や神殿長も神官たちもキャロライン様のいいなりだ。さらにはアレックス王太子殿下まで籠絡したらしく、殿下は鼻の下をのばして彼女のもとを訪れる。


 あ、私がアレックス殿下へ懸想してるなんてことはないよ?私からすれば雲の上のお人だもの。関わりのない人としか思ってなかった。

 それなのに、最近はアレックス殿下まで私のやり方にケチをつけるようになってきたんだ。


「他の用途に使うから、薬草畑を明け渡せ」

「治療に時間をかけすぎだ」


 薬草は治癒ポーションに必要なんだよ。聖女の作るポーションを、待ってる人がたくさんいるってのに。

 治療だって、一人一人から話を聞いて、時には手を握って励ますこともあるから時間がかかるのは仕方ない。「待ってるんだから早くしろよ!」なんて怒鳴る患者もいるけどさ、涙を流して喜ぶ人だっているんだもの。

 

 頭にきて無視していたら、仕事を追加された。

 魔石に魔力を込めるだけの作業。そんなの私じゃなくてもできるじゃん。嫌がらせだよね。

 王太子殿下も平民聖女なんかに構わず、キャロライン様とよろしくやってればいいのに。


 それでも私は耐えた。私を慕って頼ってくれる、皆のために。

 何より自分が一番の聖女だっていう矜持もあったから。


 だけど無能とまで言われたら……さすがの私もブチ切れるよね。

 要らないってんなら、こっちからお前たちなんて捨ててやる。


 私はその日のうちに、「辞めます」と書き置きを残して神殿から立ち去った。


 聖女の治療を待っている人々のことは心残りだけど……。

 ああでも、「美人のキャロライン様に治療して欲しい」なんていう野郎共もいたっけ。思い出したら腹が立ってきた。

 そりゃあキャロライン様は美人だけどさ。肌は陶器のように真っ白で、いっつも良い匂いがする。侯爵令嬢なんだもの、さぞ高い化粧水使ってお手入れしてるんでしょ。こちとら平民育ちだし、毎日薬草畑に出てるから日焼けしちゃってるもの。比べもんにならないのは自分でも分かってる。

 

 今でも私の治療を望んでくれてる人々には申し訳ないけれど、彼らのことは後輩たちに任せよう。私がしっかり指導した子たちだもの、きっと大丈夫。


 

 使うアテもなく貯め込んでいた給料を使って、私は西の果てにあるイリノア国へと辿り着いた。

 この国には聖女がいない。遠い昔に王族が神様を怒らせたという伝承が残っていて、そのせいで聖女が産まれないと言われている。ここなら私を必要としてもらえるかもしれない。


「こんにちはー!聖女はご入り用じゃないですかー」

「わぁっ、何だお前は!」


 イリノア国の王都へたどり着いた私は、とりあえず治療院へ行ってみた。最初は不審者扱いされたけど、患者を治してあげたら「聖女様だ!」と大騒ぎに。


「アデラ殿。聖女として王族に次ぐ待遇を与えるゆえ、我が国へ留まって貰えないか」

「喜んで!」


 国王陛下からお墨付きをもらって私はイリノア国の聖女となり、活動拠点として小さな神殿も与えられた。


 西に魔物が出れば結界を張り、東に疫病が流行れば治療に出向く。

 助けてあげた人々には「ありがとうございます!」「さすが聖女様」と感謝された。


「ポーションの出荷量を増やせないか?」

「薬草を育てるのはかなり手間がかかるんです。私一人では……そうだ!孤児に畑の手伝いをさせたらどうでしょう。賃金を与えれば孤児院の稼ぎにもなりますし、薬草を育てられる人材が増えれば、ポーションの生産量も増やせます」

「なるほど!さすがは聖女アデラだ」


 そうして集められた子供たちと一緒に畑仕事に精を出す。子供に教えるのは手間がかかったけれど、今では大事な働き手だ。いずれは薬草を株分して彼らに渡すつもり。


 そういえば、エルシア国で私が作ってた薬草はどうなったかなあ。今頃は枯れちゃってるかも。

 薬草はほんっとうにデリケートな植物だから、手間と愛情をかけなきゃ質の良いものは育たないんだ。

 アレックス殿下に何度説明しても分かってくれなくて、無駄な手間だって言われたっけ。

 

 筆頭聖女がいなくなって神殿内は混乱しただろうな。ざまぁみろっての。

 神殿長も王太子殿下もキャロライン様も、今頃さぞ後悔してるだろう。だけど帰るつもりなんてこれっぽっちも無い。

 

 エルシアに比べてここは天国だ。皆良い人たちばかりだもの。それに頑張った分だけ、ちゃんと感謝が返ってくるから。


 まあその分、目が回るくらい忙しいけどね。睡眠時間が一日数時間なんてのも度々ある。

 でもイリノア国の人々の為なら、私はいくらでも働ける。困っている人々を助けるのが、聖女の役目だもの。



 ◇ ◇ ◇



「神殿長、薬草自動栽培システムの開発進捗は?」

「遅れはありません。予定していた年明けの実用化は問題ないかと」

「よし。キャロライン、魔石の運用は問題ないか」

「はい。一日三時間の祈りで、十分な魔力を蓄積しています。これでわざわざ遠地まで行かなくて良くなると、聖女たちは大層喜んでおりますわ」


 本日は月に一度の視察のため、神殿を訪れている。報告は神殿長と筆頭聖女が行う慣習だ。ちなみに前筆頭聖女であるアデラが突如出奔したため、今はキャロラインが筆頭聖女となっている。

 

「想定より順調に進んでいるな。これも全て、あの無能聖女がいなくなってくれたおかげだ」

「アレックス殿下、またそのような……アデラ様は聖女として高い能力をお持ちでしたわ」

「環境の変化を受け入れず、頑なに自分の意見を変えない者は無能といって差し支えないだろう」


 神殿は世俗から隔離された環境だ。故に昔ながらのやり方を愚直に踏襲している。

 そのためか「神殿はブラックな職場」「聖女はキツい職業」という、非常に不名誉なイメージが付いてしまった。結果として、聖女になりたいという娘が激減してしまったのだ。

 王命を使って連れてくることも出来なくはないが、それでは国民からの支持が下がるだろう。実際、無理矢理神殿へ連れていかれるのではと危惧し、子供が光属性を持つことを隠してしまう親もいると聞く。

 

 王家としても神殿としても、聖女の労働環境の改革は急務だった。


 それを知ったキャロラインは、聖女の負担を軽減する仕組みを提案。そして陛下やグランヴィル侯爵を説得し、自らが神殿へ入りこのプロジェクトを推進しようとしてくれたのだ。

 偶さか光属性を持っていたとはいえ、侯爵令嬢ならば幾らでも良い相手へ嫁ぐことが出来ただろう。しかし彼女はこの国の先行きを憂い、自らを犠牲にして聖女となったのだ。その気高い精神には頭が下がる。


 しかし、そこに立ちはだかったのが筆頭聖女アデラだった。

 平民でありながら高い魔力を持ち、10年近く民のため、この国のために尽くしてきた事には敬意を表する。だが彼女は昔ながらのやり方が一番という考え方で、変革を受け入れようとしなかった。

 何度キャロラインが理解を得ようとしても埒が明かない。「聖女とは無私の奉公をするもの。人々の感謝の言葉さえあればいいのです」と、まるで楽をすることが悪のように言い張る。


 どうやらそこには、キャロラインへのライバル意識もあったようだ。聖女のトップという立場が脅かされると危惧していたのかもしれない。

 

 キャロラインから相談を受けた俺がアデラの説得を試みたが、「他の聖女たちも同じ意見です。恐れながら、聖女の勤めについては私たちが一番良く分かっておりますから」と部外者は口出しするなとばかりの言い様だった。

 部下に命じて他の聖女たちへ聞き込みを行っても「アデラ様の言う通りです」としか返ってこない。


 何のことはない。年嵩の聖女は新しいことを受け入れたくないから、アデラを盾にしているだけ。また新人の頃からアデラに指導されてきた若い聖女は、彼女に頭が上がらないため追従していたに過ぎない。


「アデラ様は、努力すればその分成果が出ると信じて疑わない方でしたから……。しかし彼女が有言実行だったのも事実です。本当に、夜も昼もなく身を粉にして勤めを果たしておられました」

「それが困るのだ。そのせいで、神殿に入れば休みなく働かされるという印象を持たれてしまったのだから」

 

 治療所でも時間をかけすぎるため、もっと手早くして欲しいという苦情が度々上がっていた。しかしアデラは『閉める時間をずらせばいい。伸びた分は私が頑張りますから!』と言うだけだった。

 年輩の患者は話を聞いて貰えて喜んでいたが、仕事を休んで治療に来ている若い患者はかなり苛立っていたようだ。



「そういえば、アデラが薬草の育成方法を勝手に貧しい村へ広めたこともありましたな。流石に叱ったのですが『薬草を作ることが出来れば、彼らの生活が潤うでしょう?』と。全く悪いと思ってないようで、閉口しましたよ」

「薬草がどこでも作れるようになったら、ポーションの値が下がってしまいますものね」


 神官や聖女の給料に神殿の運営費用。とても王家や貴族からの寄付だけでは賄えるものではない。ポーションも重要な財源なのだ。

 それはどこの国の神殿も同じこと。だからポーションの価格を安易に下げないよう、各国の間には暗黙の了解がある。我が国だけ安価にしてしまえば、周辺国と軋轢を生むだろう。

 いくら平民育ちとはいえ、そのくらいは理解できそうなものだが……。


 そういえばあの女は『薬草は、手ずから愛情をかけて育てなければ効果が出ません』などと言って、自動栽培の耕地増進も真っ向から否定していたな。どちらの栽培方法でも薬効は変わらないという研究結果を提示したが、彼女は信じようとしなかった。

 

 アデラが占領していた広大な畑が使えるようになったおかげで、栽培実験は著しい成果を上げたようだ。

 結界についても、聖女たちが魔力を溜めた魔石を結界の礎として運用するように変えつつある。遠出の機会が減り、聖女は勿論だが彼女たちを護衛する騎士の労働改善にも繋がった。王家としても、騎士の時間外手当を支払わずに済むのは有難い。


 いかに聖女の力が絶大と言っても、ひとりで出来ることなどたかが知れている。また例え本当にひとりで賄えたとしても、その者がいなくなったらどうするのか。

 だからこそ、能力如何に関わらず聖女たちが勤めを果たせるように負担を軽くする仕組みが必要なのだ。



「ああ、そういえば。最近イリノア国で聖女が活躍しているという話を聞いた」

「イリノア国は聖女が産まれないはず。ということは、アデラ様はそこに?」

「おそらくな。一国にただ一人の聖女だ、さぞやこき使われているに違いない。だがあの女にとっては、最高の職場だろうさ」


無闇に頑張り過ぎるのも良くないよね、という話。


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