九、お茶会
「皆さん。今日は、よくいらしてくださいました。女性同士気兼ねなく、楽しい時間を過ごして行ってくださいませ」
主催の夫人の挨拶で、集まった人々がそれぞれに動き出す。
さてと。
今日、宣伝したいのは、ダンスを踊る必要のない庭園でのお茶会で、土や芝に突き刺さらない踵の靴!
それは以前、母であるアロンドラから、庭園でのお茶会に参加している時、靴の踵が芝に突き刺さって抜けなくなり、難儀したことがあると聞いて思いついたもの。
『表情は微笑み、態度は優雅。しかしてその実態は、抜けない靴の踵と格闘。脱いでしゃがんで靴を引き抜くわけにもいかないし、いつまでもそこに立ち尽くしているみたいで不自然だし、もう、本当に大変だったんだから』
後になれば笑い話だけれど、と言った母の言葉を受け、作ってみた靴は、母にも高評価を貰えた。
『これなら、土にも芝にも刺さり難そうだわ。それなのに、見た目も合格よ!』
そうよ、見た目にも拘ったのよ!
それに、夜会用の靴にも取り入れている、柔らかい皮を使っているし、適度に柔軟性のある中敷きも完備。
・・・・・ただ、ちょっと踵の幅が広いから、嫌悪される可能性もあるのよね。
踵は高く、その先は尖っている方が美しいという風潮のある今、このような靴は不細工だと言われそうだと、フィロメナは思う。
でも絶対履きやすいと思うのよね。
それに、踵の大きさ以外は、他の靴と変わらないし。
踵の幅が広いだけで、装飾を施していない訳ではない。
茶会は、夜会よりも煌びやかさは求められないので、充分対応できると、フィロメナは、よしと気合を入れて歩き出した。
まずは、知ってもらわないとよね。
・・・・・ん?
あの方、私の方をずっと見ている気が。
もしかして、話しかけたいけど爵位が、ってことかしら。
社交界では、上位の人間が話しかけないうちに、下位の者から話しかけてはいけないという暗黙の了解がある。
こういった茶会では、然程うるさく言われないことの方が多いが、フィロメナは侯爵家という立場なので、話しかけづらいのだろうと慮り、自分から彼女の傍へ寄った。
「こんにちは。わたくし、ロブレス侯爵家のフィロメナと申します」
「わたくしは、オラーノ伯爵家のアラセリスと申します。すみません、不躾に見つめてしまって」
恥ずかしそうに、そして心底申し訳なさそうに言われ、フィロメナは頬笑みを浮かべる。
「大丈夫ですわ。年齢も近しいように思いますし、どうぞお気軽に話しかけてくださいませ」
「ありがとうございます。実はわたくし、ロブレス侯爵令嬢のお作りになる靴が大好きで。今日はまた、初めて見る形のものを履いていらっしゃったので、新しいお品なのかなと思っておりました」
「まあ、ありがとうございます!そうなのです。こちら、新しく開発した品なのです」
私の作る靴を好きだと言ってくれるなんて!
天使かしら?
「・・・なるほど。踵がそのような形なのは、そういった趣旨なのですね。確かに、土の上や芝の上を歩いても、問題なさそうです」
「絶対、では、ありませんけれどね」
説明を終えたフィロメナが茶目っ気たっぷりに言えば、アラセリスも釣られたように笑った。
「ロブレス侯爵令嬢って、気さくな方なんですね・・あ、ごめんなさい」
「構いませんわ。わたくしのことは、どうぞフィロメナとお呼びくださいな」
「まあ、よろしいのですか?」
「もちろんです」
「では、わたくしのことも、アラセリスとお呼びください」
そう言い合って、フィロメナとアラセリスは、顔を見合わせて笑った。
「・・・フィロメナ様。フィロメナ様のご婚約者様は、カルビノ公爵子息ですわよね?」
すっかりと意気投合し、テーブルに着いて色々な話をしていくうち、アラセリスが何故か周りを気にするよう、声を潜めてそう問うた。
「ええ。そうですわ」
それに対し、ここに居る皆が知っていることなのにと、少し不思議な思いでフィロメナは小さく頷きを返す。
「そして、この度、近衛騎士団へご移動になられた」
「ええ。その通りです」
もしかして、アラセリス。
マリルー王女殿下とベルトラン様のことを、知っているとか?
「では、ここで、フィロメナ様の任務をお教えしますわね」
「任務」
任務ということは、やはり知っているのね。
それで、マリルー王女殿下の邪魔をしないようにとか、そういう注意を。
「フィロメナ様の任務。それは、ずばり。フィロメナ様が、カルビノ公爵子息に差し入れをお持ちになることです」
「え?」
「ああ。差し入れが任務だなんて、驚いてしまわれたかしら?ごめんなさい、妙な言い回しをして」
「い、いえ!こちらこそ、ごめんなさい」
アラセリス、本当にごめんなさい!
マリルー王女殿下に言われて、釘を刺しに来たのかと思っちゃったわ!
「フィロメナ様が謝ることは、ありませんわ」
「いいえ。でも、ぴんとこなかっただけで。そういう言い回し、好きです」
「本当ですか?」
「ええ」
それは真実だと、フィロメナはアラセリスを見た。
「実は、わたくしの婚約者も近衛騎士なのですが。新しい騎士が入って来ると、近衛騎士団では、必ず賭けをするそうなのです」
「賭け、ですか?」
その賭けと自分が差し入れすることと、何の関係があるのだろうと、フィロメナは首を捻る。
「そう、賭けです。新人の所に、恋人か婚約者が差し入れを持って来るか、来ないか」
アラセリスの言葉に、フィロメナは益々不可思議と頭を傾けた。
「差し入れを持って来るか、来ないか・・でも、それなら本人が、その恋人や婚約者に言えばいいのではありませんか?自分が賭ける方に、持って来てほしいなり、持って来ないでほしいなり」
『簡単なことでは?』と言うフィロメナに、アラセリスが深刻ぶった顔をする。
「それは出来ない決まりとなっております・・つまり、本人は否応なく来るに賭けなくてはならないの。そして、その話を恋人や婚約者にしてはいけない」
「え?今、わたくし、聞いてしまいましたけれど」
既にして規則違反ではないかと焦るフィロメナに、アラセリスが悪戯っぽく笑った。
「それが、面白いことに、同じ経験をした女性が、友人に語るのは問題無しとされているのです。だから、大丈夫ですわ」
「ありがとうございます。わたくし、婚約したばかりなので、色々疎くて。これからも、ご教授よろしくお願いします」
本当によろしくと、フィロメナは心からそう言った。
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