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六、それは、お断りします。







「売上は順調ね。職人さん達には、随分忙しい思いをさせてしまっているから、臨時の賃金を支払うようね」




『なっ。靴を作りたい!?』


 最初、フィロメナが、実はと靴を作りたい旨申し出た際、父であるロブレス侯爵は、泡を吹かぬばかりに驚いた。


 しかし、フィロメナがやりたいのは、主に靴のデザインだと知れると一転、すぐさまそのデザイン画を見せるように言われた。


『なるほど。やってみるといい』


 そして、フィロメナの絵を形にしてくれる職人と工房を、即座に用意してくれた。




 実力はあるのに、商売が下手で経営が困難な工房か。


 流石、お父様。


 私には、思いも付かなかったわ。




 しかし、社会に出たこともないフィロメナと、商売下手な工房では経営が成り立たないと『かくれんぼ』は、実質ロブレス侯爵家の事業として登録されている。




 なんというか。


 自立とは、って問いたくなる気もするけど、私がデザインした靴を履いて、笑顔になってくれるのは嬉しいから、甘えることにしたのよね。


 私に経営、出来る気がしないし。




 少しずつ浸透し始めた『かくれんぼ』の、貴族女性用の靴の新しいデザイン画を仕上げたフィロメナは、新たに騎士の靴の図案を広げる。


「これは、デザインっていうより、設計図案のようよね・・・ん、おいし」


 お気に入りのカップでお気に入りのお茶を一口飲み、フィロメナは書き出した項目を、今一度見返した。


「まず、丈夫で耐久性があること。それから、瓦礫の上を歩いても平気なくらい頑丈で、耐水性のあること。それともちろん、足に負担のかからないこと・・・色々、試してみる必要があるわね」


 様々な利点を持つ素材を見比べると同時に、手に入れ易い素材なのかどうかも忘れずに確認していく。


「ふう・・こんなものかな」


 やがて、ひと息吐いたフィロメナは、手にしたカップの模様を見つめ、微かに揺れるお茶の水面を見つめる。


「ベルトラン様、今頃何をしているのかしら。同じお茶を飲んだり・・は、していないでしょうね」


 カップを贈ってくれたのも、茶葉を贈ってくれたのもベルトラン様だからか、つい思い出してしまうと、フィロメナは苦笑する。


「夜会のエスコートはしてくれなくても、婚約者としてのお茶会には、きちんと来てくれる・・まあ、無口だけど。それから、茶葉も無くなる前に贈ってくれるし、何なら新しい茶葉も好きそうだからって贈ってくれる・・こっちも、自筆とはいえ短い文面のカードだけで、婚約者からというより、まるで業者のようだけど」


 夜会には、相変わらず家族と出席しているフィロメナは、マリルー王女と共に居るベルトランを遠くの方に見つけてしまい、辛く思ったこともある。


「でも、結構大事にしてくれていると思うのよね。人の目に、触れないところでだけど」


 好みの茶葉を厳選して贈るなど、まめさが表れていると思うフィロメナだが、折角隠れ蓑婚約をしたのに、これではあまり意味が無いのではないかとも思ってしまう。


「こういう、地味でまめな感じ、誠実さを感じられて私は好きだけど。隠れ蓑にするなら、もっとこう、派手にひと目に付くところで・・って。それだと、嫌なのかしらね。後には、マリルー王女殿下と婚約し直したいわけだし・・・あれ?でもそれなら、私と婚約しなくても、よかったんじゃない?今の状態って、ベルトラン様に婚約の申し込みをさせないくらいの役にしか・・・あ、それがあったわね」


 ベルトランとマリルー王女の事は、既に社交界で結構な噂になっている。


 だとすれば、別にフィロメナの存在など必要なく、ふたりで認めてもらう努力をするだけなのではと、フィロメナはふと不思議に思い、そうか婚約の申し込み避けだったと思い出し、ぽんと手を打つ。


「ということは、このカップも茶葉も、その報酬ってことかしらね」


 そうかそうかと思いつつ、それにしては心が籠っていると、不思議に思うフィロメナだった。








「俺とマリルー王女のことが噂になっているようだが、気にすることはない」


「はあ」


 いつもの、婚約者の交流を図るための茶会の席で、開口一番にベルトランから告げられたフィロメナは、挨拶の姿勢も解かないまま、何とも気の抜けた返事をした。




 気にしなくていい、ってどういう意味?


 ベルトラン様とマリルー王女殿下のことは事実だから、適当に受け流して、隠れ蓑婚約者は首を突っ込むなとか、そういうこと?




「ご心配ですか?」


「ああ。だが、今は未だ何も出来ない状態だからな。すまない」


「いえ。お気遣い、ありがとうございます」


 何とも切なそうに眉を寄せたベルトランに、フィロメナは心からそう言った。




 そっか。


 今は未だ、マリルー王女殿下をお迎えする、婚約者として名乗りをあげる準備が出来ていないのに、こういう状況になってしまったから、苦慮されているのね。





「それから。俺が共に参加できない夜会には、出席しないでほしい」


「は?」


 先ほどの『はあ』が、気の抜けた『はあ』なら、今度の『は?』は、不満の『は?』であると、フィロメナは姿勢を正し、戦闘態勢を整える。


「だから、俺がフィロメナのエスコートを出来ない夜会には、欠席してほしいと言っている」


「お断りします」


 即答すれば、ベルトランの眉がぴくりと跳ねた。


「何故だ」


「そちらこそ、何を言い出すのですか。そもそも、夜会の会場でご挨拶をしたこともありませんよね?」


 それはもう、一度たりともと、フィロメナはその目に力を込めた。


「接触しないよう、尽力しているからに決まっているだろう」


「では、これからもそうしてくださいませ。第一、わたくしが出席しようと欠席しようと、関係ないではありませんか。別参加、別行動、それがすべて・・・ああ、カルビノ公爵夫人には、きちんとご挨拶しておりますので、ご安心くださいませ」


 


 そうよ。


 いつだって、家族がいない隙に嫌味を言われて、場を悪くしないよう頑張っている時に助けてくれるのは、カルビノ公爵夫人であって、ベルトラン様ではないわ。




「それは、母から聞いている。あの厳しいひとが、いつもフィロメナの事を誉めているんだ」


「それは、嬉しいです」


 どこか嬉しそうに言うベルトランに、フィロメナも弾む気持ちで答えた。




 やっぱり、隠れ蓑婚約者でも、家族には評判がいい方がいいものね。


 ああ、ベルトラン様からすれば、隠れ蓑婚約者だからこそ、か。




 評判の悪い婚約者など、足を引っ張るだけで不要・・いや、それもひとつの策で、評判が悪い婚約者なので破棄をして、という流れもありだったような気が、と、フィロメナは考えないでもないが、その案は、ベルトランとしては無しだったのだろう。


「母上が居れば、問題は起きないと思うが、だがやはり、俺が一緒に参加できない時は、欠席してくれ」


「お断りします。そんなことをしていたら、全然夜会に出られません。わたくしの貴重な若さが、音を立てて逃げて行ってしまうではないですか!」


「っ・・・すまない」




 そうよ。


 折角、好調なのに、ここで夜会に出なくなったら、宣伝も出来ないじゃないの。


 そんなの、無しよ、無し!




 若さとは建前で、その実、靴の宣伝のためであるのだが。


 常になく強気に言い切ったフィロメナに、ベルトランもそれ以上強いることはしなかった。








「・・・はあ。それで、こういう手紙が来るわけですか」




《ベルトランが、ごめんなさいね。夜会で貴女と遭遇してしまったら、あたくしの気持ちが落ち着かないだろうって配慮なのよ。もちろん、許してくれるわよね?》 




 それは、何とも圧の強い手紙だった。


 自分が絶対の優位に立っている者が、下に対して鷹揚な態度を取っているようにみえるものの、その実、自分の言い分が絶対に正しいと念押ししている。


 そんな印象。




 はあ。


 あの時みたいに、勝ち誇っている姿が目に浮かぶんだけど。


 そもそも、隠れ蓑婚約者の私に、勝ち誇る理由なんて無いじゃないね。


 


 言わば、これは出来レースなのである。


 将来的に、ベルトランの準備が整ったらマリルー王女と婚約をするためのもの。


 ならば、マリルー王女は、ただ静かに待っているだけでいいと思うのに、何かとフィロメナに圧をかけて来るように思えてならない。




「ま、いっか。私は私で自由にすれば」


 頑丈な騎士靴の試作品が上手くいったこともあり、フィロメナは、その靴を実際に騎士団に試してもらえないかと、考えを巡らせ始めた。



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