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四、騎士靴







「ふふ、これもよく似合うわ・・・さあフィロメナ、今度はこちらをあててみて。ちょっと色が濃いのだけれど・・・あら、意外と似合うわね。では次はこちら。まあ、これも素敵」


「うんうん。フィロメナは、アロンドラ。君に似て、肌に透明感があってとてもきれいだから、何色でも似合うね」


「まあ、バシリオったら」


 娘のドレスのための布を選びながら、夫婦仲が良い両親がじゃれるのを、フィロメナはやや気が遠くなる思いで見つめる。




 デビュタントも終わったから、ドレスを選んで買ってくれる。


 しかも、布から選んでなんて、愛されているし、大事にされていると嬉しかったけど・・・長すぎる。




 朝からずっとこの調子で、もう昼過ぎだと、フィロメナは、また新しい布を広げる母を見やった。




 そろそろ休憩に、お昼にしましょう、って声をかけてもいいわよね。




「あの」


「父上、母上。こちらの光沢がある生地も、フィロメナに似合いそうです」


 フィロメナが、思い切って声を掛けようとしたところで、今度は兄のクレトまでもが、嬉々として参戦して来た。


「まあ、ほんと!光沢があるものも、素敵ね」




 お兄様。


 今まで、じっと黙って鑑賞しているだけかと思いきや。


 色々、選んでいらしたのですね。


 嬉しいです。


 家族に愛されていて、フィロメナは嬉しいです・・が・・・限界です。




「・・・・・あのう。お父様、お母様。お兄様も。お茶会や夜会のためとはいえ、そんなにドレスが必要とは思わないのですが。これだけあれば充分かと思いますので、そろそろ昼食にしませんか?」


 次から次へと布をあてられ続けるフィロメナが、もう限界だと訴えれば、母であるアロンドラが、目をくわっと見開いた。


「何を言っているのフィロメナ。貴女は、デビュタントを終えたのよ?これから、たくさんのお茶会や夜会に参加して、見聞を広めていくというのに。ドレスは、幾着あっても困りません。もう少し、辛抱なさい」


「アロンドラの言う通りだよ、フィロメナ。父様は、色々なドレス姿を、フィロメナに見せてほしいと思っている。これは、そのための布選びなのだよ。いわば、ドレス選びの第一歩だ」


「フィロメナ。婚約者のベルトラン殿からも贈られるだろうが。兄様からも、贈らせてくれな」


 兄クレトの言葉に、父であるロブレス侯爵が苦虫を噛み潰したような表情になる。


「ぐっ。ベルトラン殿か。忌々しいが、仕方ない。公爵家として、フィロメナを伴って参加される夜会などもあるだろう。その場に応じたドレスが必要になるだろうから、早めに聞いておきなさい。場に合わせたドレスを、間違いなく父が用意するので、ご心配なくと伝えるんだぞ」


 言外に、ドレスの用意は不要だと言えと言っている父にくすりと笑い、フィロメナは楽しい気持ちで広げられた布を見つめた。




 ベルトラン様から贈られるドレス、か。


 ふふ。


 なんだか、くすぐったい。


 たとえ隠れ蓑でも、婚約期間中は、ドレスを贈ってくれるわよ、ね?




 ベルトランが贈ってくれたドレスを身にまとって、ベルトランと並んで夜会へ出向く。


 それはどれほど楽しいだろうと、フィロメナはうっとりと考えた。








「フィロメナ。すまないが、マリルー王女が出席する夜会に、君と行くことは出来ない」


「・・・・・」


 苦しくも楽しく、ドレスの布選びをしてから数日。


 ロブレス邸を訪ねて来たベルトランに開口一番にそう言われ、フィロメナは固まった。


「それから、今後しばらく、マリルー王女の護衛を最優先とするため、約束を反故にしてしまうことも考えられる。事前に、了承しておいてほしい」


 


 それはつまり、どこかへ出かけようと約束していても、直前でマリルー王女殿下にお声を掛けられれば、そちらを優先するということ?


 ・・・・・はあ。


 どんな扱いを受けても、って思ったけど。


 本当にひどいわ。


 ・・・でも、仕方ないか。


 ベルトラン様は、マリルー王女殿下をお好きなのですものね。




 堂々と『他の女性を優先するから了承しろ』と言われ、フィロメナは心のなかでため息を吐くも、何とか気持ちを切り替える。




 私は、隠れ蓑婚約者。


 ベルトラン様がお好きなのは、マリルー王女殿下であって私ではない。


 そして私は、そんなベルトラン様を、全力で応援すると決めたじゃないの。




「畏まりました」


 ベルトランを応援すると決めた。


 ならば、答えはその一択だと、フィロメナは微かに微笑みさえ浮かべて了承の言葉を口にした。


「ありがとう」


 それに対し、ベルトランは、心底ほっとしたように感謝の言葉を口にする。




 それじゃあ、出席したいと思っている夜会のエスコートは、お父様かお兄様に頼んで。


 あと、約束を反故にされた場合は何をするか、予め考えておけばいいわね。


 そうすればきっと、突然時間が空いてしまった、とか言って嘆いたり、怒ったりすることもないもの。


 そうね・・・その時の優先順位もあるけど。


 大抵は、靴のことで、突然でも出来ることを書き出しておけば、問題なさそう。


 ・・・・・それにしても、本当にベルトラン様って無口よね。




『マリルー王女と過ごすから君とはいられない』という本題の後、口を開く様子もなくカップに口を付けるベルトランをさり気なく見て、フィロメナは小さく息を吐いた。




 なんかちょっと、優しい顔をしているような気がするわ。


 マリルー王女殿下の事を考えているからなのね。


 ・・・ええと。


 こういう時は、靴のデザインを考えて、と。


 ・・・うーん。


 ベルトラン様、騎士だからか、いつもかっちりした靴を履いているけど、疲れないのかしら。


 特に最近は、近衛の靴だからか、耐久性や機能性よりも、見た目を重視している感じがするわ。




 以前、第二騎士団に居た時の騎士服とはまた違う衣装に身を包んだベルトランも素敵だと思いながら、フィロメナはその靴の機能性を考える。




 近衛は王城勤務が主だから、機能性や安全性など余り必要ないのかも知れないけど。


 第二騎士団も、靴には頓着していない風だったわよね。


 でも、近衛はともかく、第二騎士団だったら、もっと安全性を考えてもいいかも。


 


 幸いこの国は平和だが、以前、瓦礫の撤去作業をしていて、靴底に硝子が刺さった、危うく貫通するところだったと、思い返し話してくれたベルトランを思い出し、フィロメナは、安全性の高い靴に思いを馳せた。






「では、また」


「はい。ありがとうございました。お気をつけて」


 静かな茶会を終え、馬上のひととなったベルトランに、フィロメナは心からの笑みと言葉を贈る。


 それくらいしか出来ることが無いのなら、それくらいはきっちりしようと、フィロメナは心に決めた。




 


「あ。公爵家として一緒に出席する夜会について聞いておくように、言われたのだったわ」


 既に遠くなったベルトランの背を見つめ、フィロメナは、そう言えばと父の言葉を思い出す。


「まあ、でも。あの感じだと一緒に行くことなど無さそうだから、必要ないか。それよりも、安全性の高い靴は、と」


 淑女らしからぬ大きな伸びをすると、フィロメナは、ああでもない、こうでもないと、靴のことで頭をいっぱいにしながら、部屋へと戻って行った。



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