三、<真実>を知る。
「ようこそ王女宮へ。さほど年齢が離れているわけではないけれど、こうして近しくお話をするのは初めてね。ロブレス侯爵令嬢」
「本日は、お招きいただきまして感謝申し上げます。第三王女殿下」
わあ。
すっごく可愛い!
第三王女殿下は、妖精のような可憐さね。
確かお名前は、マリルー様。
ご年齢は私より上だった筈だけれど、可憐で可愛いという言葉がぴったりだわ。
「どうぞ、座って。まあ、年齢が近いと言っても、あたくしたちの年齢での二つ差はとても大きくて。年下の方は、どうしても子供じみて見えてしまうの。ベルトランとも、よくそう話すのよ。一緒にいても、幼子の面倒を見ているようね、って」
ん?
私は、そのベルトラン様と婚約しているのですが。
なに?
もしかしてこれって、私に嫌味を言っている?
『失礼します』と、所作に気を付けて座りながらも、フィロメナは、第三王女マリルーの言いまわしが気になった。
ベルトランとマリルー王女は、同じ年で今年十八歳、対するフィロメナは、ふたりより二歳年下の十六歳。
つまり、ベルトラン様からみたら、私と居るのは子守と一緒ってこと?
「ふふ。今日はね、どうしてもロブレス侯爵令嬢にお礼が言いたくて、お呼びしたのよ」
「お礼、でございますか?」
第三王女マリルーの言葉に疑念を抱きながらも、フィロメナは叩き込まれた淑女の態度を崩さずに問うた。
「ええ、そう。ベルトランとあたくしは幼馴染で、子供の頃から想い合って来たのだけれど、ベルトランは公爵家の子息とはいえ、爵位を継がない三男だからと、あたくしのことを諦めようとしてきたの。でも最近になって、やっぱり諦め切れないからと、第二騎士団から近衛への転属を希望したのよ。その試験がね、今日なの」
「ベルトラン様と第三王女殿下は、親しくていらっしゃるのですね」
近衛に転属?
ベルトラン様、そんなお話をされていたかしら?
確かに、第二騎士団に所属しているとは仰っていたけれど。
「そう。親しいのよ、誰よりも。でも、あたくしが王女という高貴な立場だから、ベルトランは、なかなか一歩を踏み込めないみたいなの。公爵家とはいえ三男というのが、本当に気になるらしくて。まあ、あたくしも、幾ら年が近くても貴族の最高位くらいでないと、お茶をする気にもなれないから、逆の立場でみれば遠慮してしまうのかしらと、分からなくもないのだけれど。まあ、そういう感覚って違う方とは共有できませんわよね。遠慮を知らない方など、特に」
つまり?
それは、遠慮もせずに来た私とは分かり合えないと?
第三王女殿下だけでなく、ベルトラン様も?
「そういえばね。ベルトランって口数が少ないでしょう?あれって、他の方と居る時もあたくしの事を考えているからなのよ。もう、恥ずかしいからやめてほしいのだけれど」
くすくすと笑うマリルーは可愛い。
可愛いが、テーブルの向こうからフィロメナに向けて来る目は、勝ち誇っていて少しも可愛くない。
「でも、ベルトランってば、とても令嬢から人気があるでしょう?第二騎士団に居る今だって凄いのに、近衛に移動ともなればもう抑えられないんじゃないか、って危惧していて。それでも、未だあたくしと婚約するだけの地位は得られないから、それなら、それまでの期間、って考えたのよね。だけど、婚期終了間近のご令嬢では、すぐに婚姻となりそうでまずい、ってなって。だったら、デビュタントを終えたばかりくらいの令嬢が適任かなって」
ふふ、と微笑んでマリルーがカップに口を付ける。
その所作は、酷くぎこちなくて優雅さに欠けており、フィロメナは表面に出さないものの、心のなかで盛大に驚きを叫んでしまった。
王女殿下なのに、その所作でいいの!?
私なんて、何日も、朝から晩までカップの扱いの特訓を受けたのに!
『お茶を飲む。その所作だけで、本質を見抜かれてしまうものよ。さあ、もう一度』
フィロメナは、幼い頃から躾には厳しかった母を思い出し、叩き込まれた通りの所作でお茶を楽しむ。
いい香り。
話し相手は最悪だけど、お茶は最高だわ。
ええと、何だったかしら。
ベルトラン様は、私のことを子供だと思っていて本気にはしていない。
ベルトラン様からしてみれば、婚期終了間近でない、デビュタントを終えたばかりの令嬢だから、仮初の婚約者に適任だった。
ベルトラン様が無口なのは、私と居ても第三王女殿下の事を考えているから。
・・・・うん。
要約すると、こんな感じかしら。
「分かってくれたかしら?ベルトランはね、あたくしに相応しい立場を得ようと必死なのよ。でも時間がかかってしまうから。だからその間、隠れ蓑としての婚約者、よろしくね。ロブレス侯爵令嬢」
にっこり笑ってそう言ったマリルーに、フィロメナも負けない笑顔で応えた。
そして、王城からの帰りの馬車のなかで、フィロメナは今日のことを反芻する。
そういえば。
第三王女殿下ってば、我が家の事も貶めていたわよね。
なあにが『貴族も最高位くらいでないと、お茶もする気になれない』よ。
不敬と言われようと、私だって金輪際ごめんだわ。
・・・・でも、ベルトラン様のことは、確認してみないとだわね。
マリルーの言葉だけで、それがすべて真実だと信じるわけにはいかないと、フィロメナは薬指に嵌めた指輪にそっと触れた。
「フィロメナ。昨日、近衛の転属試験に合格した」
フィロメナがベルトランからそう聞かされたのは、マリルーとのお茶会の翌日のことだった。
どうやって会う約束をしよう、どうやって話を聞こう、と思っていたフィロメナは、昨夜遅くに訪問の許可を求める手紙をベルトランから受け取り、未だ朝と言ってもいい時間の今、ベルトランと共に自邸の庭を歩いている。
うん。
私が何もしなくとも、ベルトラン様本人が、自ら教えてくれたけれども。
まずひとつ、第三王女殿下の仰ったことは本当だったということよね。
「おめでとうございます」
笑顔で、そして心からそう言いながらも、フィロメナは『第三王女殿下の仰ったことは本当だった』という事実が、気になって仕方がない。
「ああ。ありがとう」
けれど、そんなフィロメナの、内心のもやっとした感情、葛藤を知らないベルトランは、ただ純粋にフィロメナに向かい、淡く笑みさえ浮かべているように見える。
ベルトラン様。
本当に嬉しそう。
「カルビノ公爵子息がそれほど嬉しそうなのは、何か目標があるからなのですか?」
「フィロメナ。俺のことは、ベルトランと呼んでくれ」
「はい。ベルトラン様」
「・・・いいな・・・ああ、いや。俺の目標、だったか?そうだな。目標がある。近衛はその足掛かりだ」
そう、なのね。
ではやはり、近衛で出世して、王女殿下に相応しい地位を得るのが目標ということ?
「それは、その。相応しい地位が欲しい、とか、そういうことですか?」
「っ。これは、なかなかに恥ずかしいが。その通りだ」
ふふ。
ベルトラン様、耳が少し赤くなった。
それにしても、ちゃんと答えてくれるなんて実直なのね。
もっと、はぐらかされるかと思ったのに。
真っすぐに私と向き合ってくれるの、嬉しい。
「ベルトラン様は、その。他の誰かと居ても、違う誰かの事を考えてしまったりなんてこと、ありますか?」
「っ・・・まいったな。フィロメナには、何もかもお見通しなのか。だが、その通りだ。不快か?」
「いいえ」
決めました。
私、ベルトラン様を応援します!
仕方ありません。
これが、惚れてしまった弱みというものだと思い、諦めて全力を尽くすことを、ここに誓います。
・・・・・ん?
諦めて全力を尽くすって、何か、おかしいような・・・。
でも、いいか。
私の恋は諦めるけど、ベルトラン様のことは、全力で応援するってことなんだから。
ベルトランからすれば、フィロメナは、自分と婚約破棄した後も良縁を見つけられそうな丁度いい年齢で、子供相手なので本気になることもなく、後腐れも無いうえに、侯爵家という釣り合いの取れた家の娘。
確かに、これ以上条件の揃った存在はいないだろうと、フィロメナは自分の事ながらぴたりと嵌ったことにおかしみを覚える。
でも、困るのは、婚約を破棄された後のことよね。
ベルトラン様と第三王女殿下が考えるように、ベルトラン様に婚約を破棄されたからと、はいそうですかって、次にはいけないわね、私。
となると、生きていく方法を考える必要があるんだけど。
・・・・・うん。
やってみようかな。
フィロメナは、幼少の頃から、靴というものにいたく興味を引かれていた。
綺麗な靴は大好きだけれど、足が痛くなるのは嫌。
けれど、デビュタントで初めて参加した夜会では、その綺麗だけれど痛くなる靴で長時間過ごす必要があり、見栄えよく履き心地の良い靴があればと心底願った。
しかし現状、そのような靴は無い。
無いなら作ればいいってことで。
まずは、デザインを考えて。
それから材質を選んで。
ベルトランとの婚約中は、例えどんな扱いを受けても婚約者として努力し、その立場を楽しむ。
そして、婚約破棄となったら、ごねることなく受け入れて靴屋として生きて行く。
フィロメナがそんなことを考えているうちにも足は進み、ふたりは、ベルトランの馬が待つ場所まで辿り着いていた。
会話はほぼ無かったが、こんな時間も悪くないとフィロメナは思う。
「では、また」
「はい。本日は、ありがとうございました」
馬車ではなく、馬で訪れるベルトランは、今日も共も付けずにひとり颯爽と現れ、颯爽と帰って行く。
「お気をつけて」
心からそう願い見送って、フィロメナは小さく決意の息を吐く。
「お店の名前は・・・そうね。『かくれんぼ』なんて、どうかしら。私、隠れ蓑婚約者なわけだし。うん。いいような気がする」
それではこちらも始動だと、フィロメナは力強く前を向いた。
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