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二十八、名ばかりの監禁  〜ベルトラン視点〜







「・・・《報告によれば、今日のロブレス侯爵令嬢は、自ら靴の販売を行いながら、店員の接客も確認していた。笑顔が素敵だった、とある。よかったな、ベルトラン》・・・はあ。フィロメナが無事だと分かるのはいいが、これは」


 どんなに焦がれても、己は見ることが叶わないフィロメナの笑顔を、今日も近衛の誰かは見たのだと思うと複雑な思いがすると、ベルトランは王太子からの報告書を魔法で燃やした。


 毎日、王太子の使役している鳥が運んで来る報告書には、近衛が変装して密かに守っているフィロメナの、その日の簡単な動向が記されており、今日も無事だったという文言の他にも、必ずフィロメナのちょっとした仕草や表情までも記載がある。


 それ自体は『今日も、フィロメナは可愛かったのだな』『靴を真剣に見つめたのだな』と、微笑ましくフィロメナを想像する糧ともなるのだが、これを記載した者が、どのような心づもりでその様子を見つめたのか、よもや護衛対象以上の気持ちを持ったのではと邪推もしてしまうベルトランは、心穏やかばかりではいられない。


「はあ。今すぐ、ここを出てしまいたい」


 ベルトランをこの塔の部屋に監禁した男は、王太子セリオによれば『己こそが首位で士官学校を卒業して近衛に入隊し、最年少で団長となる』と、士官学校在学中、誰憚ることなく豪語していたそうなのだが、言葉と実態が少しも伴わず、近衛に入ることさえ叶わなかった伯爵家の三男なのだという。


 ただ『両親や陛下たちも、近衛に入れると言っていた』というのも事実で、そもそも彼の実家が数少ない国王よりの伯爵家なのだと、ベルトランは王太子セリオからの報告で知った。


 もしかすると、伯爵夫妻である彼の両親は、国王と親しいがゆえに、国王の口ききで近衛に入隊出来るという算段でもあったのかもしれないが、近衛とはそれほど甘い所ではない。


「沈みゆく泥船にしがみ付くしかない家、か」


 呟いて、ベルトランは今もって国王に付いている貴族を思い浮かべる。


 そのなかには、既に公、侯爵家は含まれておらず、伯爵家も数件を残すばかりで、後はすべて子爵家か男爵家。


 それも、領地経営に問題がある家や、借金がかさんでいる家など、問題のある家ばかり。


 そんな、国にとって害にしかならない者達を、国王、王妃、そしてマリルー王女ごと、まとめて全部廃除したい王太子の気持ちは、ベルトランにも分かる。


 そして、表面上は穏便に、国王の意思により譲位が行われたとするのが、国として必須であるということも理解できる。


「だがそこに、フィロメナを巻き込むなど、言語道断」


 騎士として国に仕える以上、自分が巻き込まれることは仕方ないとしてもと、ベルトランは、怒りを抑えるよう、例の近衛になれなかった男が運んで来た膳・・その皿に盛られた料理を一瞬で消し去った。


「はあ・・巻き込んでいるのは、俺か」


 そもそも、フィロメナが王家の件の巻き添えとなっているのは、自分がフィロメナに惹かれた故だと、ベルトランは窓の外を見る。


 そこは既に夜の闇が支配していて、ベルトランは更に落ち込みそうになるも、首を横に振って意識を保った。


「すまない、フィロメナ。俺に惚れられたのが運の尽きと思って、諦めてくれ。俺は、君を諦められないから」


 その代わりと言っては何だが、ここを出たらなんでもフィロメナの我儘を聞こうと、ベルトランは決める。


「フィロメナの我儘か。楽しみだ」


 落ち込みかけた気分も一転、フィロメナの笑顔を想像して心安くなったベルトランは、己の魔法によって(から)になった皿を見て首を捻った。


「それにしても。料理がすべて残っていないからと、俺が実食していることにはならぬと思うのだが」


《近衛になれなかった男が運ぶ料理には、怪しい薬が使われている》


 そのような警告がなくとも、この状況で敵から与えられる食事など食べるつもりの無かったベルトランだが『食べたように見せること』で、相手を油断、安心させることが出来ると踏んで、毎食、魔法で消し去る作業を行っているのだが、それを目撃されたことはない。


 というか、そもそも食事を運んだ段階で、近衛になれなかった男は去って行ってしまう。


「薬を盛りたいのなら、実際に完食したかどうかまで見届けるべきだと思うのだが・・・まあ、俺が心配することではないか」


 食事の様子を観察された時には、幻影の魔法を使おうと対策していたベルトランだが、そんな必要も無く、その気になれば一瞬で出られるだろう部屋に監禁されるという、何ともおかしな状況に置かれていた。


「魔法封じも無し、扉に鍵があるとは言え、身体強化すれば、ひと蹴りで開けられそうな強度。手抜きか?それとも、わざと脱出させたい・・は、なさそうか」


 ここへ来るたび、嬉しそうにベルトランと因縁の相手であるらしい近衛騎士団長の愚かさを声高に話し、対する自分の有能さを熱心に語って行く彼に、深い思考などありそうもないと、ベルトランは、早々にその考えを捨てた。


「だが、着眼点はいい」


 ベルトランが特別訓練から戻る前にフィロメナを攫っておき、ベルトランに要求をのませるための人質とする。


 その思考だけは正しく、実現すれば、彼らはひとまずの目標を達成できただろう。


 ベルトランは、フィロメナが痛めつけられる場面など見せられれば、後先考えずに諾と言ってしまっていただろうことは、疑いようもないのだから。


 そう考えれば、先に向こうの動きを封じてくれた王太子には感謝しかない、のだが。


「そろそろ決着しろ」


 長年にわたる国庫横領の罪により、既に<穏便なる譲位>が確定している国王だが、本人は、その証拠を握られている事実を知らず、周囲も悟らせないままに、譲位確定の、その日が近づいていた折、とんでもないことが判明した。


 即位式で使われる、王家伝統の宝冠に嵌め込まれた宝石のなかでも、特に重要とされる国の宝玉を、こともあろうに国王が、担保として借金しており、返金できなかったため、既に流れてしまっていたのである。


 この事実は、国王を見限って久しい重鎮たちをも驚愕させ『ここまで愚かだったとは、と再び言うことになるとは』と言わしめた。


 しかし、宝玉の無い王冠で即位式は有り得ないと、密かに且つ必死の捜索の結果、宝玉は無事発見されたのだが、一度は借金のかたにされたという事実が広まれば王家の威信にかかわると、その証拠隠滅にも力を注いでいるらしい。


《すまないが、そんな訳もあって、ベルトランの方へ奴らの注意を引き付けて置きたい》


 ベルトランの監禁に成功したと浮足だたせることが出来れば、既にベルトランは手中にしたと、マリルー王女は更に口を軽くし、国王と王妃は、ベルトランを人質にカルビノ公爵家を味方に引き入れられると考える。 


 要は餌になれと言われたも同然のベルトランだが、大して危険も感じない今、案ずるのはフィロメナのことばかり。


「俺をカルビノ公爵家への人質として、その俺への人質にフィロメナを使おうなど、舐めた真似を」


 国王たちにしてみれば、未だフィロメナを攫えないことが計画を中断させているという考えなのだろうが、監禁に成功していると思っているベルトランも、その実すぐにも脱出が可能な状況。


 ただ、穏便なる譲位、即位式のための時間稼ぎとは思ってもいないだろう。


「だが、油断せず、最後まで慢心せず」


 何があっても即座に対応できるよう、気を抜くことはしないと、ベルトランは小さく息を吐いた。





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