二十六、願い
「このラペルピン、すっごく素敵。ベルトラン様に、似合いそう」
その日。
『特別訓練を終えるベルトラン様のお祝いに、何か、贈れるような物があったら』と、ひとり買い物に来ていたフィロメナは、とある商品に釘付けになった。
それは、緑と紫の石が使われたラペルピンで、優美な鎖との調和も素晴らしいとフィロメナには見える。
緑と紫。
私も欲しい。
緑は、自身の瞳の色、そして紫は、ベルトランの瞳の色。
そう思えば面映ゆくもあるが、王太子セリオや第一王女ロレンサ、第二王女メラニアは、ベルトランが地位を欲する理由の相手をマリルー王女と誰かを入れ替えて考えてみるといい、ベルトランから、フィロメナのことを頼まれていたという話を聞いた今では、婚約者でもあるのだし、揃いの物を身に着けてもいいのではと、遅まきながら考えるようになった。
女性がしても、男性がしても平気そうだし、お祝いだけど、お揃いで買ってしまおうかしら。
あ、でも、ベルトラン様の趣味じゃない、とか、ある?
ベルトラン様って、マリルー王女殿下の護衛をしているのが通常だったから、夜会の時も騎士服で、装飾品を着けているのを見たことがないのよね。
うーん。
でも、ラペルピンなら、普通にするわよ、ね?
色やデザインの好みは判断しようがないけど、それはこれから、ちゃんと見て、聞くようにして。
思えば、これからのベルトランとの会話も想像できるようで楽しく、フィロメナは幸せな気持ちで店員を呼び、買い物を済ませた。
「フィロメナ!」
「アラセリス」
店を出てすぐ、アラセリスに駆けよられたフィロメナは、その傍に居る男性にも、小さく礼をする。
「ふふ。騎士団では、ちらりと会ったことがあるそうだけど、きちんと紹介するわね。彼が、私の婚約者で、フィデル」
「フィデルです。はじめまして」
「初めまして、フィロメナです」
騎士団へ差し入れに行ったことは数度あれど、きちんとは誰にも紹介されていないフィロメナは、新鮮な気持ちでフィデルを見た。
「フィロメナ嬢。いつも、おいしい差し入れをありがとうございます。いやしかし。こうして挨拶をするのは初めてだというのに、ベルトランから、それはもういつも、耳にたこが出来るくらい、自慢されて自慢されているので、初めて話す気がしません」
「え。こちらこそ、アラセリスから良く聞いていますわ」
フィデルの言葉に答えつつも、フィロメナは恥ずかしくも、その内容に興味を持つ。
ベルトラン様、私の話をしてくれていたって。
いったい、どんな話を?
「特別訓練中も、あの靴の件で、フィロメナ嬢は俺らの天使だと言ったら、俺の天使だと臆面もなく言い切って。ああ、いや。靴、本当にありがとうございました。お蔭様で自分も、特別訓練、無事に修了出来ました」
突然改まり、きちっと礼をして言うフィデルの言葉に、そういえばアラセリスが婚約者も特別訓練に参加していると聞いていたと、それが、フィデルだと漸くに結びついたフィロメナは、新たな疑問を持った。
「特別訓練、その・・期間は、完了しているのですね?」
「はい・・え?ベルトラン、行っていませんか?三日ほど前に完了して、合格者も内々には発表になりました。公には、これからですが。ベルトランの奴、真っすぐフィロメナ嬢に会いに行くと言っていたので、風呂ぐらい入れって止めたんですが・・・っ、もしかして」
フィロメナの問いに、あれほどフィロメナに会うのを心待ちにしていたベルトランがと首を捻ったフィデルが、何かに思いあたったように顔色を変えた。
「何か、あったのですか?」
「俺の口からは、滅多なことは言えません。相手が相手ですし、事が事ですから。ですが、フィロメナ嬢のお父上なら、あるいは」
「分かりました。情報、感謝します」
逸る気持ちを抑え一礼をすると、フィロメナは、侍女や護衛と共に、待たせている馬車へと駆け出した。
「お父様。フィロメナです」
邸に戻ってすぐ、執事から父が書斎に来るよう言付かっていると聞いたフィロメナは、益々緊張を高めながらその足で向かい、扉の前で声をかける。
「来たか。実は、王太子殿下より我が家へ内密に書状がくだされた。急ぎ、カルビノ公爵夫妻と共に登城するように、しかして国王と王妃、第三王女には知られてはならぬと」
「っ。今日、街で、既に特別訓練が終了しているというお話を伺いました。もしやベルトラン様の身に何か」
「ああ、恐らくはそうだろう。急ぐぞ、フィロメナ」
「はいっ」
すぐさま、登城できる服装に着替えたフィロメナは、紋章の無い、小ぶりな馬車で両親と共に王城を目指す。
ベルトラン様、何があったのですか?
ご無事で、いらっしゃいますか?
ベルトランから、フィロメナの話をよく聞いていると言っていたフィデル。
そのフィデルが、自分の口からは言えないと告げる相手、事柄。
そして、先に対面した際に、王太子たちに言われた様々な言葉。
それらが、ぐるぐるとフィロメナの脳裏を巡る。
これから、これからって思っているのに。
「フィロメナ」
しっかりと手を握ってくれる母のあたたかさを感じながら、これからだと信じるようになったベルトランとの会話が、理不尽に奪われることのないように。
フィロメナは、強く願った。
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