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二十二、齟齬





 


「はああ。気疲れしちゃったわ・・・ふう」


「何ですか、フィロメナ。はしたない声を出して。それに、その姿勢はなんです。しゃんとなさい」


 豊穣の夜会を終えた、王城からの帰りの馬車のなか。


 背もたれに思い切り寄り掛かってため息を吐いたフィロメナは、完全に脱力しており、そんなフィロメナを嗜める母、アロンドラの声にも疲労が滲み、いつもと違って切れが悪い。


「ああ・・・我がロブレス侯爵家が、王家の秘匿事項を知るなんて」


 そんなアロンドラの隣では、フィロメナの父であり、アロンドラの夫であり、ロブレス侯爵家当主であるクレトが、これまた大きなため息を吐いた。


「よかったではありませんか、父上。我が家も侯爵家なのですから、もっと中枢に打ち出してもいいと思います」


 それに対し、嫡男であるバシリオは、いい機会だと瞳を輝かせる。


「何を言うバシリオ。面倒事が増えるだけではないか。ほどほどが一番なのに」


「父上。私とて、我がロブレス侯爵家が、ずっとそのような立ち位置だったことは理解しています。ですが、今は中立などと言っている時ではないかと」


 凛として、此度は王太子殿下に付くべきと言い切るバシリオに、クレトも渋面ながら頷いた。


「確かに。国王に肩入れする謂れは、無いな。共に沈む義理も無い」


 となれば、バシリオの言う通り、王太子側に付くのが一番なのだろうと、クレトも漸くに腹を括る。


「お父様、お兄様。ロレンサ第一王女殿下や王太子殿下がおっしゃっていたことは、現実となるのでしょうか」


 そんな父の変化を見、現ロブレス侯爵家当主である父と、次期ロブレス侯爵家当主である兄ふたりの会話を聞いたフィロメナは、先ほど王女ふたりと王太子が明かした、俄かには信じがたい話を思い出す。






『お姉様。やはり、親玉が出て来ましたわよ。しかも、二人そろって『マリルーがそう言うなら、例え王城で、許可無く魔法攻撃を仕掛けようとも、全面的にマリルーが正しい』なんて、恥ずかしい台詞を真顔で言っていましたが、一刀両断。宰相と大臣たちの同意も得て、三人まとめて謹慎を言い渡して来ました・・・セリオが』


 フィロメナの治療を終えたロラが退室した後、そう謳うように入って来たメラニア第二王女は、弟である王太子セリオと、ロブレス侯爵家の嫡男、バシリオを従えていた。


『そう。予想通りね。公務はしないのに、余計な事には口を出すなんて。まあ、お蔭で退位させる準備が整ったのだけれど』


 そして、ため息を吐く姉、ロレンサ第一王女に、メラニア第二王女は朗らかに笑いかける。


『お姉様。違いますでしょ。公務は、しないのではなく、出来ないのですから。国王と王妃とは名ばかり。嘆かわしいことです・・・あ、それからもちろん、豊穣の夜会の方も、順調に進んでいますからご安心ください。後は、締めの挨拶をするだけです・・・セリオが』


 ぽんぽんと軽妙に交わされたここまでの会話で、既に貴族全体に広まっている、王家の仕事をこなしているのは、ふたりの王女と王太子という噂が真実であると知らされて、ロブレス侯爵は顔色を悪くしていた。


 噂でしか知らないでいるのと、本人たちから真相を聞かされるのとでは、天と地ほども違いがある。


 しかも、豊穣の夜会は粛々と進んでおり、その締めを務めるのは、国王ではなく王太子だと言う。


 侯爵家でありながら、権力とは付かず離れず、ほどほどに生きて来たクレトとて、その意味が分からないほど愚かではない。




 国王が、交代する。




 その事実、現実を前に、クレトは、これまでの凪いだ人生が遠ざかるのを感じていた。




 お父様。


 顔色が悪いわ。




 そして、そんな父を見るフィロメナもまた、自分が大海原に投げ出されたかのような感覚に陥っていた。


 ロブレス侯爵家の家訓は『ほどほどに、細く長く』であり、頭抜けて評価されることも無い代わり、悪評を受けることもなく、平和に過ごすことを何よりとする一族。


 それが、ここへ来て、覆されそうとしている。


 自身、平和なぬるま湯で生きて来たであろう父ロブレス侯爵クレトが、今、否応なくその家族を守るための決断を強いられる立場と相成ったことを、フィロメナは切実に理解した。




 ごめんなさい、お父様。




 そんな父を見つめ、フィロメナは心の内で謝罪の言葉を口にする。


 何と言っても、そういった状況を生み出してしまったのが、自分であることは間違いない。


 ベルトランと縁を結んだことにより、マリルー王女に恨まれ、そしてここへと至るのだから。


『ここに居る皆様には、伝えておきます。わたくしとメラニアが、今日まで独り身で来たのは、王族としての仕事をこなすため。そして、一日も早く、セリオに王位を継がせるためです』


 そいて出た、決定的な言葉に、フィロメナは息が止まるかと思った。


 現在の国王と王妃に対し、否定的な意見が多いことは、フィロメナも知っている。


 しかし、同じ王族である王女ふたりや王太子が、積極的に動いているとは知る由もなかった。


『この先は、皆の期待に応えられる王家を目指すと、誓う』


 静かに言った王太子の瞳には、静かな決意が宿っていて、フィロメナは信頼に値すると感じる。


 そしてその時、カルビノ公爵夫妻に動揺の色が無かったことで、カルビノ公爵家は既にその話を知っていたのだとも、理解した。


 それこそが、中枢にかかわる者と、そうでない者の差であるのだと。


『ロブレス侯爵。フィロメナ嬢への謝罪、侯爵家への謝罪、そして慰謝料など、簡単にだけれどまとめて来たので、確認してもらえるかしら』


『はい。拝見いたします』


 そして、目を回しながらもメラニア第二王女殿下から書類を受け取ったフィロメナの父、ロブレス侯爵はじめその一家は、自分達の『ほどほど』の生き方が、終わりを告げたことを知った。






 はあ。


 カルビノ公爵家と縁を結ぼうとしておいて、靴を作るなんて、私って呑気だったわ。


 ああ、でも。


 それこそ、ベルトラン様との婚約が破棄された時のための手立てだった。




「・・・お父様。でも未だ、カルビノ公爵家と婚姻を結んだわけではないのですから、この先、また変化する可能性も高いのではありませんか?」


 確かに、国王の交代という、とんでもない秘匿事項は知ってしまったが、その先はまた分からないと言ったフィロメナはしかし、決意の籠った父の目を見て、そうはならないのだと理解する。


 港を出た船は、後戻りできない。


 これは、そういう旅路だと。


「フィロメナ。自分の幸せのことだけを、考えなさい。家のことは、父様に任せて」


「そうだぞ、フィロメナ。何か色々情報過多だけど、カルビノ公爵子息と第三王女殿下の縁組の話なんて、微塵も出なかったうえ、第三王女殿下の行き先は修道院だと、皆様揃って言い切っておられただろう?つまり、カルビノ公爵家は、我が家に先んじて計画をしっていたということだと思うから。カルビノ公爵子息の事情を、詳しく聞く必要があるだろうな」


「でも、身分が必要で、他の誰かと居ても、マリルー王女殿下のことを考えている、って」


 マリルー王女が、はっきりとそう言い、ベルトランも、照れながら肯定していたと、フィロメナは眉を寄せて考え込んだ。



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