二十一、夢路 ~ベルトラン視点~
「嫌な予感がする」
王城でフィロメナが、マリルー王女、ダフネ、アリタに襲われている頃、ベルトランは奇しくもそう呟いた。
「嫌な予感か。まあ、この状況で幸運の予感、って思う方が無理だろうな」
そして、ベルトランと背を合わせているフィデルは、自分達の周り、そして上空を見て、然もありなんと頷きを返す。
今ふたりが居るのは、猛獣や魔獣、毒虫などがうようよ生息している森の奥地。
その場所で、最低限の装備と食料だけを持たされ、十日間生き延びるというのが、現在の課題だった。
そして今、ふたりは数多の猛獣に周りを囲まれ、頭上を飛ぶ巨大な鳥、そしてその巨大な鳥に追従する多くの鳥たちにまで、餌として狙われている。
「いや。俺ではなく。もしや、フィロメナに何かあったのではないかという、嫌な予感だ」
「お前ね・・これだけの窮地に立たされていて、その余裕。まあ、俺も、アラセリスのことだったら、感知する自信があるが」
軽口のように言葉を交わしながらも、ふたりは自分達を囲む猛獣から意識を逸らすことはない。
「もしや、豊穣を祝う夜会で何かあったか」
言いつつベルトランが放った矢が、上空を飛ぶ小型の鳥のうち、群れを率いている一羽を射落とした。
「おお、やるな」
どさりと落ちて来たそれは、巨大な鳥と比べれば小型であるものの、鳥としてはかなりの大きさで、フィデルは揶揄うように手を叩き、自分も同じように猛獣の群れの頭を狙って、魔法を放つ。
「豊穣の夜会・・となると、王城か。二度とフィロメナに近づかないよう、釘は刺したのだが」
「はあ。有名だよな。第三王女殿下が、婚約者を愚弄する発言をしたのを知って、二度は無いって凄んだって話。怖いもの知らずめ」
桑原桑原と、フィデルは矢を番えながら呟いた。
「フィロメナに非など無いのだから、当然だ」
「まあね。あの王女様、馬鹿さ加減が規格外だから」
言いつつ、ふたりは魔法を放ち、矢を射って確実に獲物を仕留めて行く。
「今すぐ、傍に行きたい。フィロメナの」
「はい、はい。お前も、おかしな王女様に好かれちゃって大変だとは思うけどさ。危険って言っても、言葉で攻撃されるくらいでしょ。王城なんだし」
王城では、帯剣するにも規制があり、魔法も許可なく使用することが出来ないため、そう危ないことは無いだろうとフィデルは言って、また一羽、鳥を射落とした。
「規則はともかくとして。剣は扱えないが、魔法は使える」
「誰が?ああ、甘えんぼ王女殿下か。でも、まさか魔法を使うとかないでしょ。王城だよ?いくらなんでも、使ったらどうなるかくらい、分かるでしょ」
『謀反と取られかねないんだよ?王族なら、なおさら気を付けるでしょ』と、フィデルは肩を竦める。
「そういった常識も、考える頭も無いのが、あれだ」
「あれ、って・・・。でも、まあ。実際に使ったと想定して」
「あの国王のことだ。王女が泣いて訴えれば、不問としてしまうだろうな。くず親子め」
吐き捨てるように言ったベルトランの肩を、フィデルがばんばんと叩いた。
「不敬、不敬。不敬が過ぎるよ、ベルトラン君」
「なんだ、その呼び方」
「いやだって。俺、ベルトランの恋愛の師匠だから。ね?ベルトラン君」
冗談のように言うフィデルに一瞥をくれて、ベルトランは土壁を作ると、猛獣の攻撃を防ぐ。
「お、ありがと。でもさ。口は災いのもと。たとえ真実でもさ、王族に対してそんなこと言って、誰かに聞かれでもしてごらん?不敬罪で、中身最悪王女を娶れとか言われちゃうよ?ベルトラン君には、何よりの罰だよね」
ふむふむと言うフィデルに、ベルトランは思い切り眉を顰めた。
「悍ましい。想像でも口にするな」
「いや、いや。有り得るから。っていうか、高確率であるから。だからね、ベルトラン君。慣れない君が饒舌になるのは、婚約者に愛を語る時だけにしようか」
フィデルの言葉に、ベルトランが、ばばばっと首まで赤くなる。
「な、何をいきなり」
「いやいや。ずっと、婚約者へ捧ぐ愛のお話だったでしょうが。真面目な話さ。嫌な奴のことを考える暇があったら、愛しの婚約者に『愛しているよ』って言った時の、彼女の表情を思い出してさ、和みなさいよ・・っと。猛獣も鳥も、大分散らせたかな。後は、あの巨大な鳥さんか」
「いや・・・それは」
「ん?散らせていない?随分、数は減ったと思うけど?何か懸念があるのか?」
『矢は回収しないとだな。尽きちゃう、尽きちゃう』などと冗談のように言っていたフィデルが、ベルトランの呟きに振り返った。
「ああ、そちらではなく。その・・だな。俺には、和む要素が、無い」
「え。ロブレス侯爵令嬢って、厳しい感じなの?愛の囁きしても、無表情とか?・・いやでも、笑顔可愛いよね?表情、豊かだよね?ちらっとしか、見ていないけども」
そのちらっとでも、表情はやわらかかったとフィデルに言われ、ベルトランは思い切り弓を引く。
「愛の言葉を!まともに囁いたことが無い!」
「えええええ!!??」
びゅんっ、と勢いよく飛んだ矢が、巨大な鳥の頭を射抜き、その落下する巨大な体を絶妙なふたりの魔法で包みながら、フィデルは信じられないと叫びをあげた。
「ベルトラン君。さっきの話だけれどもね」
「・・・・・何だ」
窮地を切り抜け、今宵の宿を高い木の上の方にある太めの枝と決めたところで、フィデルは、決意を込めて切り出した。
「ベルトラン君が、ロブレス侯爵令嬢を溺愛していることは、近衛でも第二騎士団でも、知らない者はいないくらいなんだけど。もしかして、ロブレス侯爵令嬢は、そのことも知らないの?ベルトラン君が、俺達を牽制しまくっているって」
「言うわけない」
「はあ。そういや、手紙を書いたこともないんだったか・・・。じゃあ、会話は?ちゃんとしているか?愛の言葉はなくても、信頼してもらえるような会話」
ずい、と圧をかけるように言ったフィデルに、ベルトランはふっと笑みを零す。
「フィロメナは、聡いんだ。俺が言う前に、俺がフィロメナに相応しい地位を欲していることも、他の者と居るときに、フィロメナのことを考えてしまうことも、分かってくれていた」
「へえ・・・じゃあ、平気なのかな」
大きな木の枝に、幹を背にして腰かけ、フィデルは器用に寝支度を整えると、ふわっとあくびをした。
「フィデルは、婚約者に・・・その。どうやって気持ちを伝えているんだ?」
「そんなの、心のままに、に決まっているだろ」
「心のままに」
ふたりが呑気らしく話す遥か下では、猛獣や魔獣が、激しい生存競争を繰り広げている。
「そ。心のままに、愛を語れってな。沈黙は金なんてのは、時と場合による。言葉足らずは罪だって覚えとけ」
「分かった」
フィデルの言葉に素直に頷き、ベルトランは、フィロメナの残像を追うように瞼を閉じた。
おやすみ、フィロメナ。
せめて、夢で君に会えたら嬉しく思う。
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