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二、出会いは『順番お見合い』







 わあ・・・素敵なひと。


 それに凛々しい。




 それが、フィロメナがベルトランに対して最初に感じた印象だった。




「お初にお目にかかる。カルビノ公爵家三男、ベルトランだ。魔法騎士をしている」


「ロブレス侯爵家の長女、フィロメナでございます」


 初夏の風が爽やかな庭園で、フィロメナは初めてベルトランと会った。


 短く整えられた銀色の髪と、美しい紫の瞳。


 顔立ちも、とても綺麗なのに、決してなよなよしく見えないのは、引き締まった体躯と凛々しく引き結んだ口元のお蔭か、せいか、とフィロメナはひとり考える。




 ひとによっては、凛々し過ぎて貴族らしくない、と評価するでしょうね。


 でも私は、すぐ母親に泣き付くような男は嫌。




 何かというとすぐ母親に頼る、貴族男性にありがちな風景を思い出して、フィロメナはげんなりした。




 それでいうと、この方は合格よね。


 意思も強そうだし、信念をもっていそう。


 でも、だからこそ心に決めたひととか、いないのかしら?


 私と、順番お見合いなんてして、大丈夫なのかしら。




 順番お見合い。


 それは、フィロメナがこの見合いの前に、母との会話のなかで聞いた言葉だった。


『お母様。公爵家から、お見合いのお話って来るものなのね』


『我が家は侯爵家ですからね。貴女もデビュタントを終えたし、爵位の近しい順にお見合いをするものなのよ。わたくしも、そうだったわ』


『へえ。そうなのですね』


『そうよ。それに、カルビノ公爵家の領地は、うちの領地とも近いから、色々協力し合えるという利点もあるわね』




 順番お見合いでも最初の方。


 その理由は、爵位も近くて領地の利点もあるから。


 つまり私は、カルビノ公爵子息にとって、優良物件ということよね。


 ・・・・・完全なる、政略だけど。




「わあああ・・・素敵」


 このお見合いが、強く政略の意味を持つこと。


 それが残念だと考えつつ、俯きがちにベルトランの後ろを歩いていたフィロメナは、足を止めたベルトランに続いて足を止め、顔をあげたそこに、咲き乱れる薔薇を見て瞳を輝かせた。


「今日は、誰も来ない。ゆっくり、堪能するといい」


 そう言ってベルトランは、薔薇園にあるガゼボにフィロメナを連れて行ってくれ、きちんとエスコートしてテーブルに着かせてくれる。




 誰も来ない、ってことは貸し切りにしてくれたということ?


 ここ、王都でも人気の薔薇園だと聞くのに、凄いわ。




「ありがとうございます。カルビノ公爵子息」


「いや。このくらい・・と言いたいところだが、俺の力ではないのが恥ずかしいな」


「ふふ。ではいつか、カルビノ公爵子息のお力で、この薔薇園を貸し切ってくださいませ」


「分かった。楽しみにしていてくれ」


 自分ではなく、生家である公爵家の力だと正直に言ってしまう実直さを好ましく思ったフィロメナが、可愛いと思った本心を隠してそう言えば、ベルトランは、それにも真顔で真っすぐな答えをくれた。


 あまり話すのが得意でないのか、ベルトランは口数が少なく、会話は然程無かったが、何を言わずとも用意されたお茶もお菓子も美味しく、薔薇の香気とベルトランの秀麗な顔を堪能したフィロメナは、夢のような日だったとため息を吐いた。


「ロブレス侯爵令嬢。私と、婚姻していただきたい。そして私に、貴女の名を呼ぶ栄誉を授けて欲しい」


「はい。喜んで」


 そして帰り際、薔薇の花束と共に跪き言われた言葉に、フィロメナは一も二も無く頷いていた。






「・・・まさかあれが、偽装のための舞台だなんて、誰も思わないわよね」


 ベルトランが、特別訓練に入ると聞いた翌日。


 靴の図案を描いていた手を止めて、フィロメナは置いてあるカップに口を付けた。


「うん。美味しい。そういえば、この茶器も茶葉も、ベルトラン様がくださったものだわ」


 呟き、フィロメナはすっかり気に入りとなっている茶器を見つめる。


「ベルトラン様って、口数は物凄く少ないのに、私が好きだと言ったものはよく覚えていて、贈ってくれるのよね・・・ほんと、まめなんだから」


 つん、とカップをつついて、フィロメナは切ない気持ちになった。


「偽装で、隠れ蓑の婚約者なら、それなりの扱いでいいのに」


 あの日、あの薔薇園でフィロメナに求婚したベルトランは、その場で見事な指輪を贈ってくれた。


『これは、母が先代の公爵夫人から譲られた物のひとつで、カルビノ公爵家の縁に連なる者としての証にもなる・・・まずは、これを嵌めていてくれ』


 その時のフィロメナは、ベルトランから指輪を贈られたこと、そしてこの指輪があるということは、公爵家としても自分を認めてくれていると知れて嬉しく『まずは』の意味を深く考えることも無かった。


 しかし、それから少しして、ベルトランが自分で用意したというパープルダイヤモンドの指輪を贈ってくれた時にその言葉を思い出し、フィロメナは何とも言えず幸せな気持ちになった。


 ベルトランが自分との婚約を喜んでくれていると、強く感じることが出来たから。


『すまない。俺が所属しているのは、平民もいる第二騎士団で、近衛と比べると給金も安いんだ。それで、こんな小粒のものしか、用意できなかった』


『ありがとうございます。ベルトラン様が、苦労して得たお金で買ってくださった指輪ですもの。生涯、大切にいたします』


 小粒と言ってもパープルダイヤの価値は高い。


 それに、先祖伝来の指輪だけでなく、自分の力で得た金銭で贈ってくれた事実が嬉しくて、それからずっと・・この婚約が隠れ蓑だと知ってからも、フィロメナはその指輪を大切に身に着けている。


「お守りとも思う、大好きな指輪なんだけどな。これも、返さなくちゃいけないのかな」


 ベルトランの瞳の色によく似たその石に触れ、フィロメナはひとり寂しい笑みを浮かべた。


 ベルトランとの婚約が解消となれば、当然カルビノ公爵夫人から譲られた指輪は返さなければならないが、これだけは手元に置いておきたいとフィロメナは思ってしまう。


「慰謝料代わりに貰うって手も、有りよね・・・未練がましいか・・・はあ。偽装じゃなければなあ」


 どれだけ幸せだったかと、自分がベルトランと居る時に、敢えて違うことを考えるようになった出来事を思い出した。



ブクマ、評価、ありがとうございます。

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