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十八、護りたいもの。







「もう秋か。王城の庭にも、秋の気配・・・なんてね」


 似非詩人っぽく呟いてみたフィロメナは、そう自嘲してから、夜会が開かれている会場へ戻ろうと歩き始める。




 ご不浄が、なかなかに遠くて不便と思ったけど。


 秋の庭を見ながら回廊を歩くなんて、気分転換にはもってこいだったわね。




 王家主催の豊穣を祝う場ということで、今日は、国中の貴族が王城へ招待されている。


 成人して初めての豊穣祭となるフィロメナは、夜会の最初から、かなり緊張していた。


 それは、自身が上手く立ち回れるかという緊張ではなく、身に着けた宝飾たちの凄さによるもの。


 まず、王家主催ということで、指にはいつもしているベルトランから贈られたパープルダイヤの指輪ではなく、カルビノ公爵家ゆかりの指輪をしている。


 そして更に、豊穣祭を前にカルビノ公爵夫人から贈られた首飾り。


『これはね。わたくしがイバンと婚約をしたときに、記念としてイバンが贈ってくれたものなの。わたくしには、もう作りが若くなってしまったけれど、ベルトランが婚約したら、そのお嫁さんにあげようと思って、大事に取っておいたのよ』と言って、カルビノ公爵夫人ベレンが、少女のように頬を染めて贈ってくれたそれは、確かに婚約したばかりの初々しいフィロメナにとても似合っていて、カルビノ公爵夫妻は、それは喜んでくれた。




 ほんとに、素敵よね。




 そして、自分の首元で輝くそれを鏡で見るたび、フィロメナはうっとりしてしまうほど、その首飾りが気に入っている。




 それに、お守りの首飾りもあるし。




 それでも、ベルトランがくれたパープルダイヤの指輪を身に着けないのは何か落ち着かない思いがしたフィロメナは、それをもう片方の指にしようとしたが、母であるアロンドラに、それはやめた方がいいと言われ、今日は鎖を付けて首から下げている。




 その鎖が完全に隠れる首飾り。


 凄いわ。




「まあ、いやあね。カルビノ公爵家の威光を笠に着るなんて」


 ベルトランとの婚約が破棄となったら、この首飾りともお別れか、などと思いつつフィロメナが歩いていると、わざとらしい声が聞こえて来た。




 無視よ、無視。


 カルビノ公爵家って聞こえた気がするけど、それは気のせい、花の精。




「ちょっと。いい気になるのも、いい加減にしなさいよね」 


<自分より下位の者の嫌味は、無視するに限る>


 カルビノ公爵家、そして生家のロブレス侯爵家共通の教えに則り、その場をやり過ごそうとしたフィロメナの前に立ちはだかったのは、ダフネ・アポンテ伯爵令嬢。




 いい気に、って。


 私、侯爵家の人間なのだけれど。




「そうよ!カルビノ公爵令息との婚約だって、貴女が無理矢理ごり押しして結んだって、あたくしたち、知っているんですからね!」


 そして、そんなダフネの隣できゃんきゃん騒ぐのは、アリタ・オロスコ子爵令嬢。




 はあ。 


 面倒な。




 ため息と共に周囲を見渡したフィロメナは、視界の先に、案の定の人の姿を認めて肩を竦めたくなった。


 近衛騎士を従え、遠巻きにこちらを窺っているのは、第三王女マリルー。


「黙っていないで、何とか言ったらどうなのよ!」




 何とか、って。


 そうね。


 『威光を笠に着ているのは、そちらではありませんか』って、言えたら、楽よね。


 その瞬間、こちらが先にマリルー王女殿下を敵対視したってことになってしまうから、絶対に言わないけど。




「この性悪女!」


「いけ好かない顔しちゃって!」


 流石に王城で騒ぎを起こすわけにもいかないと、言いたいだけ言わせようと決めたフィロメナが、張り付けた笑みのまま、返事もせずに立っていると、苛立ちの頂点に達したらしいダフネとアリタが、同時に掴みかかって来た。


 上位貴族に対し、下位の者が一方的に話しかけたとしても、上位の者が返答しない限り会話として成立しない。


 そんな状況を打破しようとしたのだろうが、まさか手を出されると思っていなかったフィロメナは、思い切り襟元を掴まれ、驚愕に目を見開いた。




 嘘でしょう!?


 ここまでする!?




 ダフネがフィロメナの襟元を掴み、アリタが首飾りをむしり取ろうとする。


 その動きを封じるため、フィロメナは首飾りを掴むアリタの手を掴んだ。


「まあ。なんて野蛮なのかしら、ロブレス侯爵令嬢。あたくしのお友達の手を、離してくださる?」


 その時『野蛮はどっちよ!』とフィロメナが切れそうになる、勘に障る声が響き、マリルー王女が、緩やかに近づいて来た。


 真っ赤な紅を引いた口元には、嫌味な笑みを浮かべており、完全に傍まで来ると、ゆったりと、わざとらしく扇を開いて見せる。


 まるで、鷹揚な王女が、愚かな言い争いを収めるといった状況だというように。


「マリルー王女殿下!この女、乱暴なのです!」


「そうです!首飾りを見せびらかして、指輪を見せびらして!ならばと近くで見せてもらおうとしたら、急に手を掴んで・・・・・!」


「まあ、ひどいわね。侯爵令嬢ともあろう者が、王城で、騒ぎを起こすなんて」


 侮蔑を込めて言うマリルー王女の傍で、ダフネとアリタが、そうだそうだと囃し立てる。


「マリルー王女殿下に、ご挨拶申し上げます」


 そんな彼女たちを前に、フィロメナは美しい貴族令嬢の礼を取った。


「ふん。挨拶は、受けてあげるわ。あたくしは、慈悲深き王女だから」


「ありがとうございます」


 これで、会話は正式に成立したと、フィロメナは貴族としての権利を口にする。


「それでは。現状の説明をいたします。わたくしは、婚約関係にあるカルビノ公爵家から譲られた品を、護ろうとしただけにございます」


「まあ。護ろうとだなんて。見せてもらおうとしただけと、彼女たちは言っているではないの。大げさな」


 ふふん、と鼻を鳴らすマリルー王女の両隣では、ダフネとアリタが勝ち誇った目をフィロメナに向け、扇でわざとらしく扇ぐ。




 まあ。


 あれが本当の『煽る』というものかしら。




「そもそも、わたくしと、そちらのご令嬢ふたりとの間に、会話は成立しておりません」


「なっ」


「なんて、傲慢なのでしょう。侯爵令嬢だからって。マリルー様の前で」


 ダフネとアリタが蔑むように言うも、フィロメナは相手にしない。 


 何と言っても、このふたりとの会話は成立していないのだから。


「・・・・寄こしなさいよ、それ、ふたつとも」


 フィロメナが、微笑んだまま黙っていると、マリルー王女が低い声を上げた。


 どうやら、我慢が出来ないのは、取り巻きふたりと同様らしい。


「そうよ。カルビノ公爵家の品は、マリルー様にこそ相応しいわ!」


「さあ、早く寄こしなさいよ!」




 はあ。


 まるで追いはぎね。


 


 ぎゃんぎゃんと騒ぐ三人からそっと視線を外し、フィロメナは護衛の騎士を見た。


 


 こういった場合、諫めたりする役も担っているのではないの?


 ベルトラン様は、そうしていらしたけど?




 特別訓練に入る前、専任のようにマリルー王女の護衛をしていたベルトランは、王女が過ぎた行動をしようとすれば、諫めていたようだったがと、フィロメナは思う。




 遠くから見ていただけだけれど。


 マリルー王女殿下が、どなたかに食って掛かるような体勢になると、いつもすかさず間に入っていたわよね。


 そうすると、マリルー王女殿下が、遠目でもご機嫌斜めになって。


 でも、場は丸く収まっていたと思うんだけど。




「いいから、寄こせって言ってんのよ!ダフネ、アリタ、やっちゃいなさい!」


「「はい!」」


 マリルーの、攻撃開始の合図と共に、再びダフネとアリタ、ふたりがかりで襲い掛かられ、フィロメナは、首飾りと指輪を護るべく、しっかりと指を握り込み、身を逸らした。


「まあ。もうひとつ、首飾りをしているのね。そんな大事に隠し持って」


「っ!」


 その時、マリルー王女がにたりとした笑いを浮かべ、フィロメナの首を凝視したかと思えば、何を考える間もなく、それを掴もうと手を伸ばす。


「おやめください!」


 カルビノ公爵家代々の指輪も、ベレンから譲られた首飾りも大切だけれど、ベルトランから贈られたパープルダイヤは、何にも代えがたい。




 だってこれは、ベルトラン様が、私にくれた心そのもの。




『フィロメナ』


 この指輪をくれた時のベルトランの微笑みが、フィロメナを強くする。




 いや。


 三つとも、絶対に渡さない。




 その思いで、マリルー王女に背を向け攻撃を躱したフィロメナに、マリルー王女の怒りが炸裂した。


「いい加減にしなさい!」


 叫びと共に風が起こり、フィロメナの手を切り裂いた。


「くっ」


 瞬間、痛みと共に血が流れ、床にぽたりと滴り落ちる。




 まさか、魔法を使ったの!?


 王城で!?




 王城で、許可なく魔法を使うことは禁じられている。


 王城で、魔法使用の許可を出せる人間は限られており、その最上位に君臨するのは、言うまでもなく国王。


 


 でも、国王陛下は認めてしまいそうよね。


 使ったのが、マリルー王女殿下だ、ってだけで。




 秩序も顧みないほどに末娘に甘いと有名な国王の噂を思い出し、フィロメナは苦笑を浮かべる。




 でも絶対に、三つとも護るんだから。


 たとえ、後で罰せられたとしても。




「強情な女ね!流石、ベルトランの傍に居座るだけあるわ!でも、何処までもつかしらね・・・そうだわ、いいことを思いついた。あたくしの風で、その指を切り落としてあげましょうか。ああ、首が先がいいかしら?」


 マリルー王女の言葉と共に、風が巻き起こるのを感じたフィロメナは、禁止されているとしても、防御の魔法を使うことを決意する。




 たとえ、国王陛下からお咎めを受けることになっても。




 突然言いがかりをつけられ、攻撃されているのはフィロメナの方だが、国王にその論理は通じないだろうと覚悟を決め、フィロメナは、マリルー王女の攻撃と共に防御を展開しようと身構えた。


「今なら未だ、許してあげるけど?」


「そうよ!許しを請いなさいよ!」


「あたくし達にもね!」


 傲慢に言い切るマリルー王女と、きゃんきゃん騒ぐダフネとアリタ。


 そして、無言を貫く護衛騎士。


「いいわ。覚悟なさい!」




 っ。


 来る!




「随分と騒がしいこと。これは一体、何の騒ぎ?」


 体を切り裂くほどの攻撃が来る。


 三つの宝物を護るため、ベルトランからの気持ちを護るため、マリルー王女が、それを放つと同時に防御を展開しようと身構えていたフィロメナの耳に、凛とした第三者の声が響いた。



いいね、ブクマ、評価、ありがとうございます。

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