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君と手をつなぎたいけど

作者: 相内 充希

今作はカクヨムの公式企画KAC2024で、お題「はなさないで」用に書いたものを、少しだけ季節に合わせて改稿したものです(元の舞台は春だったので)。

あちらでのお題は「それは空耳?」です。

 どこを見ても人、人、人。

 駅前のショッピングモールはいつも人が多いと思っていたけれど、さすがに平日なら大丈夫だと思っていた。


「混んでるなぁ」

「夏休みだからねぇ」


 独り言のつもりが返事が返って来る。

 そののほほんとした声に大河(たいが)が振り向くと、いつのまにか待ち合わせ場所についていたらしい福田静良(せいら)が、「ごめん伊藤、待った?」と片手をあげた。


「いや。思ったより早かったなと思った」


 約束の時間は十五分前だったが、電車が遅延していると連絡を貰っていたから、それは本心だ。一時間くらい遅れるくらいの覚悟はしていた。別にデートってわけじゃないけど、静良を待つのは全然苦ではなかったから。


「じゃあ行くか」

「そだねー」


 ゆっくり歩きだすと、隣に静良が並ぶ。

 制服じゃない彼女を横目で観察し、ジーンズであることに少しがっかりした。カジュアルな格好は可愛いけれど、もう少し女の子らしいファッションで来てくれるのを期待していたのだ。


(まったく意識されてないなあ)


 心の中でため息をつく。

 一緒に出掛けることになったのは偶然だ。

 偶々くじ引きで、部活で使う道具の買い出し班になっただけ。

 せっかく駅前まで出かけるなら、ついでに見たい写真展にも行きたいという静良たちの雑談を聞き、なら一緒に行かないかと誘ったのだ。マイナーなイベントだったけど、大河も偶然見たいと思っていたからと。本心である。


(けっして、福田静良が持ってた写真集がきっかけだったなんてことはないからな。前からSNSで見てたし、母ちゃんがファンだっただけだし)


 母からは写真集を買ってくるようにとお使いも頼まれている。

 自分も先週行ったくせに、ポストカードと他のグッズに気を取られ、一番の目的だったはずの写真集を忘れたという、かなりうっかりな母だ。


「ふふっ、可愛いお母さん。私と好み合いそー」


 大河の話に、静良がふにゃんと笑う。


(やばい、可愛い)


 好きな子を母親に会わせるなんて御免だけど、彼女が喜ぶからつい色々話してしまう。


 ショッピングモールの混み具合から予想はしていたが、写真展もかなりの混雑ぶりだった。一応整然とした流れがあるから、そこそこゆっくり見られるけれど、うっかりすると人並みに飲まれそうな感じがする。


(手をつなぎたいけど……無理だよな)


 付き合ってるわけでもないのに突然そんなことをしたら、下手すりゃ痴漢扱いだ。できるわけがない。

 普段も無駄話できる仲ではあるし、こうして二人で出かけるのも嫌がられない程度には仲がいいと思うが、それでもまだ距離を測りかねている。


 意識してるのは自分だけなのか。

 時々目が合うのは偶然なのか。

 

(――偶然の可能性の方が高いんだけどな)


 大河の横には、たいてい川瀬順というモテ男がいる。幼稚園からの腐れ縁で親友でもあるが、女子の視線はほぼ間違いなく順に向けられていた。特別顔がいいとかではないが、目を引く男なのだ。

 普段なら嫌じゃない。俺の親友はかっこよかろ? と、自慢にさえ思っている。

 でも静良の視線が向けられているのだけは嫌で、そう思う自分が情けなくて嫌だった。


 でも今、順はいない。

 バチッと静良と目が合い、大河が曖昧に笑うと、彼女が少し困ったように眉を寄せた。


「ちょっと気を抜くとはぐれそうだね。合流場所決めておいた方がいいかな?」


 もしバラバラになって姿を見失っても、それを決めておけばすんなり用事に向かうことが出来るだろう。静良の言うことは理にかなってる。

 でも大河は逡巡した後、ぼそっと口を開いた。


「俺のシャツ、掴んどく?」

「え、いいの?」

「ん」


 緊張でぶっきらぼうになった大河に気にすることなく、静良がにっこり笑って大河のシャツの裾をつまんだ。


「へへっ。これで迷子にならずに済むね。大河お兄ちゃん」

「誰がお兄ちゃんですか。こんな大きな妹を持った覚えはありませんよ」


 彼女が素直に従ってくれたことにドギマギしつつ、軽口をたたく。


 手をつなぐ勇気はない。

 でもシャツをつまんだ彼女との距離がさっきよりずっと近くなる。


「そのまま放さないでね」

「うん!」


(だからさ、そんな嬉しそうにされると勘違いしそうになるんだよなあ)


「俺の顔はいいから写真を見なさい」

「はーい」


 いつか、この小さな手を握れる日がくるだろうか。シャツではなく「俺の手をはなさないでね」といえる日が。もしくは言ってもらえる日が来るといい。


 そんなことを考えつつ、目の前にあるパネルを見つめる。

 隣で同じようにパネルを見ていた静良が、もう数センチ身を寄せてきたのは、さらに混んできたせい。だから――


「私ね、くじ運がいいんだ」


 そんな小さな声が聞こえたのは、空耳――だよな?


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[良い点] はわ! 読後におもわず、によっちゃいました( *´艸`)
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