愛の裏返しは憎しみなのよ。辺境騎士団で幸せになって下さいな。わたくしは貴方を忘れる事に致します。
男×男の表現があります。ラブではありません。
そう、あの人は本当にどうしようもない人……
公爵である父は、男は愛人の一人や二人は当然だろうと、そう豪語する人だけれども、
ミレーヌ・マリディ公爵令嬢の婚約者である、ブラッド・クリス伯爵令息はそれはもう、色々な令嬢と浮名を流している男だった。
ミレーヌはブラッドを愛している。
彼はミレーヌに甘い言葉を囁き、事ある毎にプレゼントを贈り、
「いつも君は美しい。私は君の婚約者で幸せだ」
と、その手を取り、耳元で囁いてくる。
二人ともに、17歳。
王立学園に通っていて、二人の仲は良好である。
ミレーヌは幸せを感じていた。
自分はブラッドに愛されている。
学園に通い始めた当初はそう思っていた。
だが、イラつくことが増えてきた。
ブラッドは金髪碧眼の凄い美男子である。
学園の女生徒達にモテまくった。
彼は婚約者であるミレーヌを優先すれども、他の女性達に対しても優しかったのである。
とある伯爵令嬢がブラッドに愛を告白すれば、
「君の告白は凄く嬉しい。こんな可愛い君と結婚出来ればどれだけ幸せか。だが、私はミレーヌ・マリディ公爵令嬢と婚約関係にある。彼女の家に婿入りする身だ。だから、許しておくれ。だが、君のその美しい手の甲にキスする栄誉は頂けるだろう?」
その伯爵令嬢の手の甲にちゅっとキスをすれば、振られたにも関わらず令嬢は真っ赤になって。
「あああ、なんてわたくしは幸せなのでしょう。手を洗いませんわっ。絶対にっ」
「そんな事を言わずに手を洗っておくれ。その美しい白い手は、いつも美しくあって欲しい。それは私の願いなのだよ」
「お世辞でもとても嬉しいですわっ」
その伯爵令嬢は、ブラッドに惚れ直して、更に付きまとった。
万事そんな感じである。
だから、ミレーヌはイライラした。
「ブラッド。貴方はわたくしの家に婿に来る身なのよ。他の令嬢達にいい顔をしないでほしいわ」
「すまない。あまりにも他の令嬢達が華麗な花のようで。もちろん、ミレーヌが一番だよ。愛しいミレーヌ。あまりにも美しくて卒倒しそうだ」
そう、彼に抱き寄せられれば、胸がドキドキして、たまらなくなる。
彼は美しいだけではなく、男の色気も兼ね備えていた。
それだけでなく口も上手い。
だから、余計に令嬢達から異常にモテたのである。
婚約を解消したい。他の令嬢達とイチャイチャするのを見るのも嫌。
結婚したって、きっと彼はお父様みたいに、愛人を囲うかもしれない。
例え、婿に入る身だとしても。お父様は男の女関係に寛容だから、彼が愛人を持つのを許すわ。
ブラッドに愛を囁かれただけで、幸せになる。
ブラッドを独占したい。
自分だけを見て欲しい。
ミレーヌは苦しんだ。
悩みに悩んだ。
夜も眠れない程に。
そして、ミレーヌは思ったのだ。
彼がいるから自分はこんなに苦しんだと……
だから、彼を地獄に突き落とす事にした。
ブラッドは学業も優秀で、剣技も優れていて、何も弱点のない男性である。
だからこそ、マリディ公爵家のミレーヌの婿に選ばれたのだ。
そして、何よりも美しい。そこ、重要である。
ツテを伝って、とある騎士団の力を借りる事にした。
王宮で、夜会にデビューするのが、17歳である。
婚約者がいる令嬢は婚約者にエスコートされて、夜会に初めて出席する。
いない令嬢は身内にエスコートされてデビューを飾るのだ。
そこで、ブラッドにエスコートされてミレーヌは夜会デビューを果たした。
ブラッドに贈られたドレスで、夜会に出席する。
その美しい紫紺のドレスは、銀の髪のミレーヌにとても似合った。
「ああ、思った通りだ。なんて美しい。ミレーヌに似合っているよ」
耳元で囁いてくるブラッド。
彼に褒められてとても嬉しい。
でも、わたくし知っているのよ。
昨日は子爵令嬢の事を褒めていたわね。
「君の髪はとても美しい黒髪だ。その夜空のような黒髪に口づけてもいいかい?」と。
その前の日は男爵令嬢に。
「君の可憐な姿に胸がときめくよ。ああ、抱き締めてもいいかい?震えているだなんて。なんて可愛い恥じらう子猫ちゃん」
彼に耳元で囁かれた令嬢達は真っ赤になって。皆、彼に更に夢中になり付きまとう。
例え、公爵令嬢の婚約者だって関係ない。
皆、わたくしが、マリディ公爵家が怖くないのかしら……
いえ、彼に囁かれれば、理性が飛ぶのかもしれないわね。
ダンスを一曲終わった後に、ブラッドにカクテルを勧めた。
美しい桃色のカクテルを。
そのカクテルを飲み干したブラッドは、急に顔を赤らめて。
「何だか、気分が悪くなったようだ。休憩室で休んでくるよ」
「いってらっしゃい」
カクテルを運んで来た、ムキムキの給仕に目配せする。
給仕は後を追いかけていったようだ。
ミレーヌは、しばらくは同じクラスの令嬢に話しかけられたので、話をしていたが、
「わたくし、ブラッドの事が心配なので、見てきますわ」
ブラッドの様子を見に、休憩室へ向かった。
そして、扉を開けて、わざと悲鳴をあげる。
「きゃぁっーーーー。ブラッドっーーーー」
ブラッドがムキムキの給仕の男と、半裸でいちゃついていたのだ。
ミレーヌの悲鳴に、人々が駆けつけてくる。
「クリス伯爵令息は、やはりああいう趣味だったのかっ」
「あれだけの美しさだからな。男も惑わされるわ……」
「しかし、貴族としてまずいのでは?」
「確かに、公爵家の婿として入る身で、男に趣味があるのではな」
ムキムキの給仕は慌てたように、服を着て、見物人を押しのけ出て行った。
残されたブラッドはぼんやりして、皆を見ている。
何が起こったのか理解できていないようだ。
ミレーヌはブラッドに駆け寄って。
「貴方が男の人に趣味があるだなんて、わたくし、知りませんでしたわ。貴方の心を尊重致しますっ。貴方の事を愛しておりましたが、貴方の為に婚約を破棄して差し上げますわ。っもちろん、貴方、有責で。だって当然でしょう?貴方は男の方とイチャイチャしていたのですから」
「え?え?え?????」
半裸のブラッドは頭がぼんやりしているようだった。
ミレーヌはハンカチを手に泣き真似をしながら、
「あああっ。なんて事でしょう」
周りの人たちはミレーヌの事を慰めて、
「男に趣味があるんではな……」
「気の毒に、マリディ公爵令嬢」
「マリディ公爵令嬢なら、引く手あまたでは?」
「なんだったら、我が子息を紹介しますが……」
ミレーヌは立ち上がって、
「皆様のお話は父を通して下さいませ。それではわたくしは失礼致しますわ」
こうして、ブラッドは貴族社会で破滅した。
☆☆☆
ブラッドは、何がどうしてこうなったのか解らなかった。
頭がぼんやりする。
見知らぬ男性に身体を撫でまわされていたような気がするが、定かではない。
ただ、カクテルを飲んだ後、気分が悪くなって、休憩室で休んでいただけなのに。
ミレーヌ・マリディ公爵令嬢との婚約はブラッド有責で破棄された。
慰謝料も請求された末に、それを払う為に、ブラッドは馬車に乗せられた。
見覚えのあるムキムキの男が隣に座って、
「辺境騎士団へようこそ。さぁ、行きましょうか」
何がいけなかったんだろう?なんで自分はこんな目にあったんだろう?
まったくもって全然解らない。
ただ、解った事……
自分はもう、逃げられない。
ブラッドは観念した。
ミレーヌは一人、テラスで紅茶を飲む。
愛していたの……ただ、貴方はわたくしだけを見てくれなかった。
わたくしはお母様のように、我慢する生活は嫌……
わたくし以外の女性を愛する姿をこれ以上見るのは耐えられなかったの。
だから、わたくしは貴方を破滅させた。
ふいに、背後から声をかけられた。
「ミレーヌ。ここに居たの。貴方の新しい婚約者の事で、お話があるの」
「お母様、今、行きますわ」
今度の婚約者は、わたくしだけを見てくれる人がいい。
気の多い人は大嫌い。
愛の裏返しは憎しみなのよ。
辺境騎士団で幸せになって下さいな。
わたくしは貴方を忘れる事に致します。