8.カメレオン令嬢、求婚される
濃い空色から橙色のグラデーションの髪色をした若い男性が入ってきた。わたしに気付いた様子はない。
「マッケンジー、参上しました」
「ああ、ごくろう。呼んだのは呪具の件だ」
「また検証ですか?今度こそ僕の番でしょうか?!僕も蛙になってみたいです!」
待って、この子本当にエリートなの?魔法使いってみんな個性的なの?それともただの蛙好き?
「いや、今回もお前の知識を元に意見を聞きたい。呪具をよく見てくれ」
首をひねって考える仕草をする。やだちょっと、あざとかわいい系?
「魔力を練ってよく視てみろ」
あまり見つめられると恥ずかしい。少し気がそれたからか、あざとかわいい系の彼は視えたようだ。
「カメレオン?!」
「そうだ、ある人間がトードの腕輪でカメレオンになっている。お前には普通のカメレオンの特徴と比較してほしい」
「は…え?トードならぬカメレオン…??」
「それとこのことは極秘事項だ」
「は、はい」
あざとかわいいワンコ系は混乱しているようだ。
「それではまず見てのとおり、こいつは認識阻害ができるようだ。よほど魔力の高い人間が集中しないと視えてこない」
「本当すごいですよ!僕にはできません」
「それから体色の変化。自在に色を変えられるらしい」
「え、体色を?」
「ふつうのカメレオンはどうなんだ?」
「一般的にカメレオンというのは気分や気温湿度明るさの変化求愛行動によって体色を変えるんですまわりの色に擬態すると思われがちなんですけど。それでも何色にでも変われるわけじゃなくて元々もっている色素の色に変えられるんです雄と雌で色が」
「まてまてまて」
「はい」
急に元気になって早口でたくさん話し出したー!これオタクの特徴。
「それじゃ自由自在に変えられるってわけじゃないんだな?」
「そうですね、色もそうですけど完全に変色するのには数分はかかりますね」
「おい、ちょっと色を変えてみてくれ」
名前を明かせないとはいえ相変わらずの偉そうな物言いに少しいらっとしたが、赤からピンク色へのグラデーションカラーになってみた。
「はわわわわわわ、しゅ、しゅごい…一瞬で色が変わった。しかもグラデーションがきれいぃ」
気分をよくしたわたしは次に水色ベースに青色の水玉模様になってみた。
「ほあああああああ、色だけじゃなくパターンまで自由自在にぃ!」
きらきらとした目で拝まれるように見つめられて少し引く。ちょっとこ、こわいかも。思わず後ずさった。
「どうだ、普通のカメレオンとはだいぶ違うか?」
「はいっ、もうぜっんぜん違います!元々の色艶だってよくてすごく美人な子ですけど、こんなことが出来るなんてすばらしいです!」
「では動きはどうだ?」
目で動いてみろと指示されて尊大な長官の肩に飛び乗り、それから頭、反対側の肩へと移動し、最後は肩から机上へと着地してみせた。
「わー!すごいですっ!カメレオンがこんなに機敏に動けるなんて!ヤモリみたいだ興奮するなあ!
あの、僕の腕にも乗ってもらえませんか?」
「それは…さすがにどうか」
ちらっとこちらを見られても、もちろん嫌です。べたべたと触られたり頬ずりされたくはない。カメレオンの姿になろうともわたしは乙女なので。首を横にふる。
「そうですよね、女性ですものね、さすがにカメレオンとはいえ、触るのは」
未練がましく言われてもダメです。というか、この人カメレオンの雌雄が見分けられるのね。
「前回の二人とは全く違うな?そもそもあの二人は蛙にはなったが、意識まで蛙に引っ張られていたな」
「そうです、本物かと間違えるくらいでした」
「ヒューバード、パメラの時は本人の意識はあったのだろう?」
「ええ、蛙になっても落ち着いていましたね。彼女のように認識阻害ができたり、体色を変化させたりはできませんでしたが」
えっ、待って。パメラさんでも試したの?
「やはりこの呪具の対象は女性限定なのかもしれないな」
「まだサンプルが少ないので言い切れませんが。ただ彼女のように呪具の仕様を捻じ曲げて、自分の魔力のように使いこなせる理由はわかりませんね」
「どうだろうか、使えるだろうか?」
「そうですね…まずは説明のうえお願いをしてみましょうか」
あれ、嫌な予感。わたしもしかして何か面倒なこと頼まれる?
「あの~、そちらのカメレオンの女性はジュペテ家のご令嬢じゃないですか?」
「…なぜそう思う?」
「あの、僕も結婚相手の候補に入れて下さい!お願いします!」
えええええ!唐突!僕もってどういうこと?!まだ誰も候補なんて現れてませんけど?!
もしかして仕事って魔法使いとのお見合いだったの??
そしてこれってプロポーズに入る?前世と今世合わせて初めてプロポーズしてきた相手がカメレオン好きのワンコ系魔法使いで、本体すっ飛ばしてカメレオン姿のわたしに立候補してきたとか…
突然のことに大混乱に陥ってしまう。ひええぇ、ちっとも嬉しくない〜。
「落ち着けマッケンジー」
「お見合い相手として連れて来た訳ではありませんよ。それにいきなり過ぎます。彼女も吃驚してしまいますよ」
長官も副長官も嗜めている。これはホッとしていいのかな?わたし、魔法使いのお見合い相手として連れてこられたわけじゃないよね?ね?
「それよりも貴方はなぜ、この女性がジュペテ家のご令嬢だと推測したのでしょうか?そちらの理由が気になります。説明を」
そうしてワンコ系が話した内容に眩暈がした。
ワンコ系魔法使いマッケンジーはマーキュラー子爵家の次男。跡取りの長男はわたしの成人祝いパーティーに招待されていた。伯爵家の長女だし、社交界で刺繍の評判がよかったし、美人ぼくろがあって愛らしい容姿だと父が説明していたようで、子爵夫人にいいのではないかと期待していたらしい。そこに当日のパーティー取り止めと、駆け落ちの噂までめぐり落胆したとのこと。
ワンコ系もそれでわたしのことを知ったのだと。
そして昨日のこと、母であるマーキュラー夫人がワンコ系に訊ねてきたそうだ。今トードの腕輪は魔法省にあるのかと。
もちろん仕事内容を漏らすわけにはいかないから「わからない」と答えたそうだが、夫人が言うには、ジュペテ夫人つまり義母が義母の従姉にあてて手紙を送ったそうだ。そしてその従姉はマーキュラー夫人の親友だったために、早速本当なのかどうか魔法使いのワンコ系に聞いてきたらしい。
曰く、自分は妬ましさのあまり義娘に酷いことをしてしまった。本物かどうか疑心暗鬼だったけれど出来心でトードの腕輪をあげてしまい、その結果わたしが三週間もの間ヒキガエルとなって行方不明になってしまった。義母は心から反省して領地で蟄居するが、自分の娘まで巻き込んでしまい、結婚適齢期の二人の大事な時期をつぶしてしまった。申し訳なさでいっぱいだ。
そんな反省とは名ばかりのわたしをディスる手紙ではないだろうか。これは駆け落ちという醜聞をヒキガエルになったという新たな醜聞で塗り替えるための策略だろうな。本当に腹立たしい。
とにかく話を元に戻して、それでワンコ系はこの美人ぼくろのあるカメレオンこそジュペテ家の令嬢だろうと推測したらしい。
ここでふと声が消えた。魔法だ。何かわたしに聞かせたくない話をしてるのかも。
それにしてもなぜ「僕も結婚相手の候補に」のくだりになったのだろう?魔法使いは結婚相手に恵まれない職種なのかしら。爵位ももらえるのに。
それとも個性的すぎて相手が寄りつかないのか。長官は尊大すぎて、ワンコ系はカメレオン愛がいきすぎて。まあ、わたしには関係ないからどうでもいいか。
そうしてワンコ系こと魔法使いのマッケンジーは退室していった。疲れた。わたしももう家に帰ってもいいですかね?
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