6.魔法省副長官、カメレオン令嬢を気にいる
第一章はこのエピソードで終わりです。
第二章からは更新がゆっくりになります。この後も引き続き気長にお読みいただけると幸いです。
彼女との巡り合わせは運命と言うべきか。出会いからして強烈に印象に残った。
魔法省長官のアレックスに呼ばれて小演習室に入ってみれば、そこには報告どおり、トードの腕輪をつけたカメレオンがいた。あ、美人ぼくろがある。
その一瞬で制止が遅れてしまい、アレックスは私の鑑定結果を聞かずに解呪に踏み切ってしまった。あ、これはよろしくない。
案の定、そこには裸の少女があらわれた。
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
いそいで羽織っていた魔法使いのコートを彼女の肩に掛ける。
アレックスは……思ったとおり固まっている。この男は人の心の機微を悟れず、また口下手さと率直な物言いがまわりに尊大な態度という誤解を与えてしまう。そして初心だ。女性の裸体も見たことあるかどうか怪しいほどの。
しかもこの少女と言っていいほどの小柄で、美人ぼくろのある愛くるしい顔に、豊満な肉付き。美人という美人ではないけれど男が好むタイプの女性。私には愛する妻がいるので惹かれないけども。
とりあえず今は彼女を手助けしなければ。
令嬢に声を掛けてからコートにくるんだ彼女を抱えて魔法陣の上から動かし、魔法で長椅子と衝立を空間移動してきて座らせる。アレックスもここから連れ出さなければ。
アレックスと彼女に声を掛けて足早に部屋を出ることにする。同じく魔法省内ではたらく妻に伝達を送り、適当な衣類を用意させる。有能な妻に任せれば問題ない。それよりもこちらのポンコツを再起動させないと。
「アレックス、いくら君の魔力が強力だからといって私の解析結果を聞かずに事を進めるのは褒められません」
「…すまん」
「謝るべきなのはあのご令嬢でしょう?あとできちんと謝罪してください」
「…ああ」
「このトードの腕輪、ただのトードの魔法ではないようです。
まず解呪条件は『愛する者のキス』となっています。さらに衣類は取り払われ、上級の保護魔法までかかるようになっています」
「意味不明だな。まさに呪いでしかない」
「……」
私には何となく製作者の意図がみえる。まだ推測の域を出ないが、製作者があの人だとすると十年前に保管庫から忽然と消えたのもあの人の仕業かもしれない。
まあ目的がふざけすぎていてこの朴念仁には想像できないだろうから、今は心に留めるだけにしておこう。
その後有能な妻が用意した着替えを渡し、着替えのすんだ令嬢を聴取に招く。未婚のご令嬢らしく裸を見た相手と顔を合わせることに戸惑いが見えるが、ここは我慢してもらわなければならない。
簡単な自己紹介のあとに目でアレックスに謝罪を促す。少しの沈黙のあと口から出てきたのは、やはりというか逆効果な言葉だった。
「その……先ほどは、すまなかった。俺は女の裸になど興味ないから、どうってことはない。気にするな」
「…………いえ…お目汚し、大変失礼いたしました」
気まずいのだろう。アレックスは顔を逸らす。「気にするな」も及第点ぎりぎりだが「興味がないから」っていうのは「お前ごときの体など大したことないから」にとれてしまう。
本当に、こう、他に、何かなかったのだろうか。不快感を出さないように努めて冷静に返そうとしている彼女のほうがよっぽど大人らしいぞ。
もう盛大な溜め息しか出ない。これ以上この話題に触れて彼女に泣き出されても困るので、早速聴取へと移った。
彼女は素直に応答しているのが魔法で確認できる。頭も悪くない。魔法省長官に会い来る行動力もある。なぜカメレオンになったのかはわからないが。
引き続き、悪意をもって意図的に彼女に呪具を渡したジュペテ伯爵夫人と次女についての処罰について、彼女の意向を聞いておく。被害者である彼女が醜聞という二次被害を避けるためにも、やはり内々に処理することになるだろう。
そしてアレックスと向かったジュペテ家では予想通りの反応。まずは公爵嫡男であり魔法省長官である独身のアレックスに、次女が顔を赤く染める。喋らなければ見目のよい優秀な男。もしかして自分にも見初められるチャンスが…?などと考えていそうなのが丸わかりだった。
しかし本題に入り、トードの腕輪を出したところで夫人と次女の顔色がさっと変わった。それだけで自白しているようなものだ。
しらを切ろうとした夫人に鋭い目を向けて種明かし。キャロライン嬢を魔法省で保護していること、さらに魔法で嘘か真かが判定できると伝えたところ、蒼白になり口をぱくぱくとし始めた。
追い討ちで呪具の他者への使用は牢屋行きだと伝えれば、夫人と次女はお互いに罪を擦りつけ始めた。
醜い罵りあいに辟易したアレックスが二人を一喝したあと、私が救済案を告げると、牢屋行きになるよりかは王都追放のほうがまだ良いと判断したのだろう。二人とも大人しく供述を始めた。
結論から言うと大した情報は得られなかった。夫人によると、トードの腕輪を所持していた男は陰でこそこそとしているのを偶然見かけ、少し揺さぶってやったらトードの腕輪を闇取引の男から手に入れた、と口を割ったので頼んで借りてきただけだと。まるで自分は悪くないかのような口ぶりだった。
呪具を不法に所持するよりも使用する方がずっと罪が重いとわかっていないのだろうか?まあ、頭が悪いから悪びれなくキャロライン嬢に使用したのだろうが。
他にはどこの茶会や夜会に参加していたか、交友関係などを洗い出すに留まった。あとはトードの腕輪を所持していた男の方から情報を引き出そう。二人にはもう用はない。
アレックスも私も犯罪者には容赦がない。例え女性でも。憐憫を誘えば減刑してもらえるのではと、演技の涙を見せられることにうんざりした私たちは早々にジュペテ家を後にした。
反省の色も見せない二人の女性はともかくキャロライン嬢を心配していた伯爵を見て、彼女にもまだ居場所はありそうだったのが唯一の救いだろうか。
その後の一週間はキャロライン嬢の経過観察をしながら、楽しくお茶の時間を過ごせた。
彼女はなかなか面白い考えの持ち主だ。貴族女性にとって、いかに良き縁をつかんで優雅に暮らすかが重要視されるなかで、彼女は自立を目指していた。
女性が結婚をせずに生きていくのは平民でもあまりない。でも彼女には目算があるようだし、芯のしっかりした女性だから経営者として上手くいくだろう。
しかし彼女は今回の醜聞の影響を気にしている。
醜聞を面白おかしく話す連中も相手の足を引っ張ることばかり考えてる連中も、貴族はとにかく自分で努力することを厭い、何をどれだけ持っているか見栄の張り合いに精を出す連中が多い。くだらないことだ。
「キャロライン嬢、余計なお世話かもしれませんが、貴女は外見も内面も十分魅力的な令嬢ですよ。これは慰めでも社交辞令でもなく、私の本心からの言葉です。
貴女には貴方自身を見てくれる人も、正当に評価してくれる人も必ずいることを忘れないでください」
これは本当に私の本心だ。貴族という身分に驕ることなく、自分で目標を立てそれに邁進することのできる彼女はとても魅力的だ。もう顔もはっきり思い出せない程度の彼女の義母や異母妹などよりもよっぽど。
私の妻も彼女が気に入ったようだし、何かあれば助けになってあげたいと思う。ちなみに妻はこの魔法省で私の助手として働いている。お茶の用意をして同室内に待機しているのも妻だ。
「もし手助けが必要でしたら私に声をかけてくださいね。妻は喜んでキャロライン嬢に刺繍を依頼しますよ」
「お気遣いいただきありがとうございます。そう言っていただけて心強いですわ」
キャロライン嬢とトードの腕輪の事件はこうして幕を閉じた。
あ、そうそう。忘れるところでした。彼女がトードの腕輪でカメレオンになったことや、身体能力の向上、自在に体色を変化させられたこと、認識阻害の魔法を使えていたこと、これらは全てトードの腕輪の効果では起きないこと。
彼女には無意識ながらも魔力を使いこなす能力に長けているのかもしれない。もしかしたら魔道具使いになれる素質があるのかも。それならこの魔法省で一緒に仕事をするのも、面白いかもしれない。
さて、アレックスにはどう進言しようか?
ヒューバードもキャロラインの裸を見ていますがしれっと流しています。二人もその事実に気付いていません(笑)
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