3.カメレオン令嬢、慰謝料もらえないか考える
第四話は明日12時投稿予定です。
魔法の光る縄で拘束されたあと箱に入れられ、魔法省棟に連行された。止まったと思ったら箱を逆さまにして床の上に落とされる。ぎゃん、もう少し丁寧におろして!
床には魔法陣がある。拘束するためのものなのかもしれない。縫いつけられたかのように身動ぎできない。
公爵家の跡取りであり魔法省長官でもあって、この男尊大!クールなんかじゃなくて人を下に見る目線だ。やっぱり性格に難ありで婚約者がいないんだ。
長官をじっと睨みつける。悔しいけど腕輪をはずしてもらうまでは我慢よ、我慢。
すると誰かが部屋に入ってきた。
こちらの男性は眼鏡をかけていて穏やかそうな雰囲気。やはり群青色から薄金色へとグラデーションのかかった腰まで届くほどの長い髪を結っている。この男性もやはり魔法使いなのだろう。
「お待たせしました」
「ああ」
「こちらが例の呪具ですか?」
「ああ、カメレオンが腕にはめている」
「これは…すでに魔法が発動してますよね?腕輪も縮小して抜けなくなっている」
「ああ、なぜかトードではなくカメレオンになっているが、そうだろう」
「ではまずは腕輪を外しましょう。その前に、」
「ああ、さっさと解呪して話を聞くぞ」
尊大な長官は即断即決なのか、カメレオンのわたしの腕をつかむとスルッと容易く腕輪をはずした。
「あっ、待ってください!いきなり腕輪を外すと…」
ぽんっと人間の姿に戻った。と同時に、
「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
わたしは素っ裸だった。手で胸と局部を隠したいのに魔法陣のせいで身動ぎができない。涙目になると同時に肩からコートをかけられる。
み、見られた。至近距離で全部見られた。恥ずかしくて顔を上げられない。お嫁にいくつもりじゃなかったから誰にも見せるつもりじゃなかったのに。見られ損!
あれ?これって慰謝料案件?ああああ!
「……」
「大丈夫ですか?すみません、配慮が足りませんでした。今すぐに着る物を手配しますね。
まずは魔法陣の上から移動させましょう。不快かもしれませんが少し我慢してくださいね。では失礼します」
そう言うと眼鏡の男性はコートにくるまれたわたしをひょいとお姫様抱っこして、魔法陣の上から動かし、魔法で長椅子と衝立を出すと座らせてくれた。ま、魔法!人生初のお姫様抱っこ!はわわわわわ…
さっきから衝撃的すぎて意識が遠のきそう。
「では少々お待ちください。アレックス、行きますよ。貴方がここにいるとご令嬢が怖がってしまいますから」
「……ああ」
裸で魔法使いが着る立派なコートにくるまっているわたし、完全に痴女ではないだろうか。非常に落ち着かない。そわそわしているとノックのあとに先ほどの眼鏡の紳士様が入ってきて、衝立の前に着替え一式と姿見を置いていってくれた。
扉のしまる音のあと、おもむろに洋服を取り出して着替えた。上品なワンピースで、背が低いのに胸がそれなりに大きなわたしにもぴったりのサイズだ。あの紳士様できるな、この短時間で用意するとは。好感度があがる。
姿見の前でくるくると回っては一人悦に入っていると、またノックがした。応えを返すと紳士様が入ってきた。
「とてもよくお似合いですね。妻に頼んで大至急用意させたのですが」
おぉ若そうなのに既婚者。この世界、本当に結婚率が高い。
「よかったらこのあとお茶をしながらお話を伺いたいのですが、大丈夫ですか?」
「…はい」
どうせ拒否権はないだろう。
「先程の長官も立場上同席しますが、よろしいですか?」
「え…と」
「聴取は私が主に行います。貴女も落ち着かないかもしれないでしょうし。もしどうしても嫌でしたら衝立を用意して彼の姿が見えないようにしますが?」
公爵家の跡取りでもある長官にそこまでさせたらさすがに失礼にあたるだろう。本当は顔を合わせたくないけれど、心を奮い立たせて「大丈夫です」と返した。
向かった先は執務室のようだった。立派な応接セットに案内されてすわるとすぐに侍女がお茶と菓子を運んできた。向かいには紳士様、一人掛けにむすっとした顔の長官様が座る。存在がすでに尊大だ。
どうやら気恥ずかしいのはわたしだけのよう。ええ、ええ、自意識過剰ですみませんね。
紳士様から改めて自己紹介をされる。彼はマーゼス侯爵家三男のヒューバード様で、男爵の爵位を持っているそうだ。魔法省副長官と偉い人なのに物腰が柔らかい。長官も紹介されたが興味ありません。
わたしも営業スマイルをはりつけて自己紹介をする。そして少しの静寂のあと、不機嫌そうな長官様が口を開いた。
「その……先ほどは、すまなかった。俺は女の裸になど興味ないから、どうってことはない。気にするな」
長官はぷいっと顔を逸らす。先ほど裸を見られたばかりで、いちおう乙女心として多少傷ついている。それなのに見たくないものを見せられたかのような反応をされて、余計に悲しくてやり切れない気持ちになる。
しかし、悲しいかな貴族社会。令嬢として、格上の彼に対して失礼な態度はとれない。
「…………いえ…お目汚し、大変失礼いたしました」
精一杯、感情をおさえて返事をした。
向かいの席の副長官が盛大なため息をこぼす。やはりこれは、いくら公爵嫡男で長官だとしても、人としてダメな応対ですよね?やっぱり慰謝料お願いできますか?
「……それでは聴取を始めます。まず、ジュペテ伯爵令嬢。貴女はこの腕輪をどうやって手にしましたか?」
ヒューバード様はにこやかに微笑んでいるが、先程までとちがい眼鏡の奥の目が鋭くなったように感じた。ここは正直に話すべきだろう。
「……それは異母妹から成人祝いのプレゼントとしてもらいました」
「異母妹さんはそれが何か知っていましたか?」
「……はい。トードに変える呪いの腕輪だと知っているうえでわたしにくれました」
うう、これで異母妹は犯罪者になる。我が家は爵位剥奪されるかも…もし爵位剥奪は免れても、貴族社会では遠巻きにされるだろう。縁談話はこなくていいけど、顧客が来なくなるのは困る。
「貴女はトードの腕輪だと知っていた上で身に着けたのですか?」
「いいえ、全く知りませんでした」
「ではどうやって知ったのでしょうか?」
「腕輪をつけた翌朝、目覚めたらカメレオンになっていました。それで、元に戻りたくて、擬態しながら義母と異母妹の会話を盗み聞きしたのです。そのときに知りました」
「では、伯爵夫人も共犯者なのですね。腕輪はどのように入手したのかわかりますか?」
「ええと、義母が誰かから強引に借りてきたって言ってました。その人に返さないといけないから回収しないと、とも」
ヒューバード様はわたしを責めるではなく真実を追求しようとしているのが目に見えてわかった。よかった、わたしのことは被害者として認識してくれているようだ。
「わかりました。では次に、本日ガーデンパーティーにいらしたのはどうしてでしょう?」
「義母と異母妹の会話で、あの、そちらにいらっしゃる、長官様なら腕輪をはずすことが出来るだろうって知ったので、今日のパーティーならお目にかかれるかもしれない、と思って付いてきました…」
「確認したいのですが、あくまでこちらの長官に会うのが目的で、高位貴族もしくは王族を狙って呪具を持ち込んだわけではない、ということですね?」
「っ!ち、ち、違いますっ!あの、本当に解呪をしてもらいたくて、どうしたら魔法省長官様にお会いできるだろうかって、それだけで、やんごとなき御方を害そうなどと滅相なことは決して考えてなくて、ですね…」
一気に冷や汗がふき出した。やばい、まさかの危険人物視されてた!
「ふふふっ、貴女にはそんな大それたことは出来なさそうです。ははっ」
あーからかわれただけ?でも疑いも本当だったのだろうな。
「あの…お咎めはあるのでしょうか?」
「そうですね。貴女の話には矛盾もありませんし、きちんと真実を述べてましたし、呪具の持ち込みはすでに呪われている状態でしたので害意はなかったと判断できるでしょう」
「では、このまま家に帰れるのでしょうか?」
「いえ、残念ながら家に帰すことはできません」
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