12.魔法省長官、うろたえる
「あの、僕も結婚相手の候補に入れて下さい!お願いします!」
「落ち着けマッケンジー」
「お見合い相手として連れて来た訳ではありませんよ。それにいきなり過ぎます。彼女も吃驚してしまいますよ」
この若い魔法使い、マッケンジーは猪突猛進なところがある。この時もいきなり結婚相手の立候補をし始めた。
一通りマッケンジーからジュペテ夫人と令嬢についての話が終わったあと、再び結婚の話を蒸し返した。仕方ないので防音の魔法を張る。仕事の依頼をするために呼んだというのに。
「そちらのご令嬢は魔力の親和性が高いじゃないですか。だから僕と結婚しても子供が授かれそうだし、カメレオンにも変身できるし、身分も釣り合うし、ぴったりのお相手じゃないですか!
たしかに長官は魔力がすごく高いですし、公爵家の嫡子として後継を作るのにご令嬢が最適なのはわかります。けれど僕にも彼女に求婚するチャンスが欲しいです!」
「とにかく落ち着け、そして話を聞け」
「キャロライン嬢の魔力に対する親和性は高いでしょう。それは認めます。しかし、今回彼女を招致したのは仕事の協力依頼のためであって、魔法使いとお見合いをさせるためではありません。
貴方が性急に結婚の話をして怯えさせてどうするんですか」
「…すみません」
この爬虫類と両生類をこよなく愛する若者は、特殊なカメレオンに興奮しすぎてあらぬ方向に突っ走ってしまったようだ。ジュペテ家の令嬢だと見抜いた鋭い推察は侮れないが。
そしてジュペテ夫人が蟄居送りとなる前に手紙を出していたことも問題だ。もう一度ジュペテ伯に外部との接触の遮断を徹底させるように釘をさそう。
それにしても彼女に潜入捜査の協力依頼をしようと提案してきたのはヒューバードだが、もしかしたら俺の結婚相手として接触させる目的もあったのかもしれない。
あいつは三男として育ち爵位こそ男爵で一見物腰も柔らかいが、貴族らしい駆け引きや振舞いが俺よりも上手だ。その腹黒さを勘案すると、本当の目的は俺とご令嬢の仲を取り持つ線も有り得る。
魔法使いが子供を授かりにくいことは事実だ。魔力が強いほど懐妊を阻害すると考えられている。そして必ずしも魔法使いの子が生まれる訳ではない。
俺は公爵家の嫡子で弟妹もない。よって次代の子を成すことが求められる。しかし王国一の高魔力を誇るため子を授かることはかなり難しいだろう。
そのためにはマッケンジーの言った通り、魔力の親和性が高い女性が結婚相手として好ましい。ちょうどジュペテ家のご令嬢のような。
マッケンジーを追い払ったところでトードの腕輪を解除する段になり、今回は勿論目隠しをして彼女の体の一かけらも見ないように配慮した。
…のだが目隠しをした瞼の裏に彼女の裸体が浮かんできてしまい、慌てて振り払って部屋を後にした。
ヒューバードからもご令嬢は甘味が好きだと報告があったが、報酬に甘味を加えたのは正解だった。先程もそうだが何とも幸せそうな顔をして食べている。そういえば王城のガーデンパーティーでもカメレオン姿で器用に菓子を食べていた。
そして元来好奇心旺盛な性質だったのだろう。思ったよりも容易く協力を受けてくれた。
しかしながら感覚共有魔法を掛ける時には手間取った。確かに信頼関係もない他人と感覚を共有することに抵抗はあるだろうが、ご令嬢が何度も俺を弾いたことで拒絶されているようで心苦しかった。
俺の顔は威圧感があるとヒューバードが言っていたが、そんなに怖いのだろうか。カメレオンに変身してもらっていてよかった。もし彼女に泣きそうな顔をされたらもっと落ち込むところだった。
そうして迎えた仮面舞踏会の場で、繋がっていた感覚が強制的に切られた。
しまった、俺よりも魔力の強い存在を想定していなかった。しかも直前に聞こえた声は女性。これはもしかすると裏社会の組織以上の相手を掴まえてしまったかもしれない。
「ヒューバード、パメラにキャロライン嬢を探すよう指示を。彼女にかけた感覚共有魔法と追跡魔法が外された。連れ去られたかもしれない」
「了解」
残念だが今回闇取引の現場を押さえることは諦めよう。彼女の安全が第一だ。
パメラには落とした装身具を探すふりをしながら裏社会の人物と取引相手らしき二人に近づいてもらったが、案の定カメレオンも腕輪も見当たらなかった。
すぐに俺とヒューバードは会場に駆け付け、現場を捜査した。転移魔法を使ったはずなのに魔法陣すらなく、魔力の残滓はあっても転移先を辿ることは不可能だった。
「ヒューバード、トードの腕輪と俺よりも魔力の強い女性、この二つに関連した心当たりはあるか?」
「……魔女、でしょうか。恋の魔女」
「詳しく話せ」
「我が国では焚書となっていますが、『ヒキガエルのご令嬢』という実話を元にした絵本が隣国にあります。そこに出てくるのが恋の魔女です。おそらくトードの腕輪は恋の魔女が作ったものでしょう。愛する者からのキスで解呪される、という点で合致しています。
キャロライン嬢は彼女に連れ去られたのかもしれません」
「何のために?」
「話を聞くため、もしくは……より強力なトードの魔法をかけるため、でしょうか」
「ではお前は彼女が危険な目に遭っていないと思うか?無事でいることを信じるしかない。
今も怖い思いをしているだろう。なんとしてでも助け出さないと。長官として安易に巻き込んだ責任が俺にある」
ヒューバードには恋の魔女が住処としていそうな場所を見つけるために文献を調べさせている。俺は現場に残った魔力の残滓からダウジングと言われる手法で同じ魔力を探り始めた。
しかし夜通しかけて翌朝になっても進展はなかった。
「アレックス、そろそろ正午になりますので一度休憩しましょう。集中力も魔力も底をつきかけで効率が悪いです。一度水浴びをしてさっぱりしてきてください。それと仮眠を」
「…わかった」
このまま魔女から接触があるのを待つしかないのか、彼女は辛い目にあっていないだろうか、焦燥感に駆られながら水浴びをして頭を冷やしていると、目の前で魔力が揺らぐ。
突如、トードの腕輪をつけたカメレオン姿の令嬢が現れた。
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