10.カメレオン令嬢、魔女に遇う
ここは誰かの家っぽい。どうしよう!これってやっぱり拉致された?
尊大長官とは視覚と聴覚共有してるし、追跡魔法もかかってるし、すぐに長官様がたすけに来てくれるよね?たすけて!!
いきなりの出来事に心臓がバクバクしているし、恐怖で固まってしまって動けない。
わたしを抱えていた人はわたしをソファの上に置くと、向かい側に座った。そしてつけていた仮面を外すと現れたのは黒髪の二十代の女性だった。
「はあ疲れたー。人が多いところは疲れんね。
それにしてもあんた、ホント面白いね。あたしの作ったトードの腕輪でカメレオンになるなんて」
「…」
「あ、あたしはあんたの敵じゃないよ。いきなり拉致しといてなんだけど。ちょっと話がしたかったのよ」
「…」
「急には信じらんないか。まあお茶くらい出すから。その前にとりあえず元の姿に戻ろっか」
指が光ったと思ったらポンっと元の姿に戻った。あ、裸!と焦ったけれどちゃんと服を来ている。
「あの、ここはどこですかっ?」
「あたしンチ。国内の」
「あなたはどなたですかっ?」
「んー、世間では恋の魔女って呼ばれてるかな?」
「魔女…がいる…?!」
「ああ、この国だと魔女ってあまり知られてないね。そういえば。
さっきも言ったけどさ、その腕輪作ったのあたしなんだ。せっかく作ったっていうのに、本来の用途どおりに使ってくれないだもん。つまんないじゃんね」
「つまんない…」
つまらないどころか大迷惑だと思ったけど口に出せない。やばい、この人本物だ、と直感が告げる。
「そうだよ、あたしはハピエン至上主義なんだよ。リアル真実の愛を見たいんだよ。それなのに!
保管庫に長いことしまわれちゃうし、せっかく闇取引に持ち込んでやったのに収集家ばかりが手に入れるもんだから使ってくれないしさ。つまんないでしょ」
「ハピエン…?」
「あ、あんたはあまりラノベとか漫画読まなかった方?」
「!!!」
「そう、あたしは転生者だよ。あんたもでしょ?」
驚きすぎて見開いた目もあんぐり開いた口もふさがらない。
そうか、そうだよね。わたしという転生者がいるなら他にもいたっておかしくない。
「はい、どうぞ。コーヒーにしたけど大丈夫?ミルクと砂糖はこれね」
わたしが固まっている間にコーヒーを淹れてくれた。
「あんた、えーとキャロラインか。じゃキャロね。キャロは好きな人は?婚約者はいる?」
「あの、わたしの名前どうやってわかったんですか?」
「トードの腕輪つけていた時の状況はだいたい見ていたよ。だって見てなかったら真実の愛、見逃しちゃうじゃん。名前はそのとき見てて知った。
あとキャロの継母と異母妹もざまあされてよかったね。やっぱりざまあされるの見るとスッキリするよ」
「あの、魔女さんは最初から魔女だったんですか?」
女性の魔法使いなんて初めて見た。男性にだけ魔力が現れるんじゃないの?
頭の中は疑問だらけで何から聞いたらいいかわからなくなる。先程までは怖くて早く助けて欲しかったけど、同じ転生者なら色々と聞いてみたい。
「いいや、あたしも生まれた時は貴族令嬢だったよ。この国じゃなかったけど」
「どうやって魔女になったんですか?転生者なのは関係ありますか?わたしもいつか魔女になっちゃうんですか?」
「まあまあまあ、落ち着いて。あたしが魔女になったのは二百年近く前だよ。魔女は長生きなんだ。今はあたしのことはいいよ。
で、あたしは恋愛モノが大好きなんだけどさ、ここには前世の世界ほど娯楽がないじゃん。あっても本や演劇くらいで。当然漫画やネットなんてないし。恋愛物語といったら恋バナくらいしかないんだよ。もう退屈で退屈で」
「わたしをここに連れてきた理由はなんですか?」
魔女さんは自分が言いたいことばかりでなかなか欲しい情報を聞き出せない。同じ転生者の話し相手が欲しかったのはわかるけど。
「ああ理由?そりゃキャロが久しぶりに会う転生者だからってのもあるけど、やっぱり一番はそのトードの腕輪かな。キャロはカエルの王子の童話知ってる?」
「あのキスで元に戻る王子様のお話ですか?」
「そう、それ。あたしさ、それを百年くらい前にやったんだよね。隣の国で。知らない?絵本も作ったんだけど」
「いえ、知らないです」
そうして魔女さんが教えてくれた顛末はこうだった。
***
むかしある国にとても美しい公爵令嬢がいました。
公爵令嬢はその美しさに見初められ、隣国の王子様と婚約することになりました。
しかし公爵令嬢には互いに想いをよせる相手がいました。
それは公爵令嬢の従者の男でした。
従者は子爵家の三男でしかなく、公爵令嬢とは身分差で結ばれることは許されません。
思い悩んだ公爵令嬢は恋の魔女に相談しました。
魔女は言いました。
「ではあんたをヒキガエルに変えてやろう。愛する男のキスで元に戻れるよ」
ヒキガエルになってしまった娘の姿に焦り嘆いた公爵は宣言しました。
「娘を元の姿に戻せた者にほうびをやろう」
公爵はどうしても娘を隣国の王子に嫁がせたかったのです。
そうしなければ両国間の政治問題として戦争が起こりかねません。
公爵家を訪れる人はヒキガエルとなってしまった公爵令嬢を見て嘲笑います。
あの美しかった令嬢が醜いヒキガエルとなってしまったと。
従者の男は公爵令嬢を愛していたのでキスで元の姿に戻せる自信がありました。
けれどもヒキガエルから公爵令嬢の姿に戻ったら隣国に嫁がせられるとわかっていたので、元の姿に戻したくありませんでした。
そうとは知らない公爵令嬢はキスをしてくれない従者に失望しました。
愛してくれていると思っていたのは勘違いで、従者は醜いヒキガエルになんてキスをしたくないのだと。
公爵令嬢は家を出ることにしました。
向かったのは森の中の沼のほとり。これからは蛙として生きていくしかありません。
従者の男は後を追いました。
やっと沼に辿り着いたとき、ヒキガエルの公爵令嬢は大蛇に襲われていました。
従者の男はなんとか助けようと奮闘し大蛇を撃退しました。
しかし大蛇の毒牙が男をかすっていました。男はどんどん弱っていきます。
男は死ぬ前にもう一度公爵令嬢の姿が見たいとヒキガエルにキスをします。
美しい公爵令嬢の姿に戻ることができましたが、男は微笑んで亡くなってしまいました。
悲しんだ公爵令嬢は男のあとを追うことにしました。
こうして二人は沼のほとりで折り重なるように亡くなりました。
その後、怒った隣国は賠償請求をしてきました。
ヒキガエルに姿を変えるほど王子との結婚が嫌だったなど、王子はいい笑い者です。
戦争を回避するため王家は莫大な賠償金を払わねばなりません。公爵家は全財産を没収され没落しました。
人々は美しい公爵令嬢と従者の男の悲恋の結末に同情し、ヒキガエルを見ても邪険にはせず助けるようになりました。
一方隣国では、カエル憎しとカエルを見つけたら即刻殺すように新たな法令を作りました。
***
「悲恋モノって嫌いじゃなかったけど現実では後味が悪かったなあ。やっぱりハピエンが見たい。だからそのトードの腕輪を作ったの」
「……」
ハピエンが見たいって自分が原因で不幸な結末を迎えたのに反省もしてないの?やばすぎる。
そしてそんな理由で作られたトードの腕輪を身に着けてるわたしもやばいんじゃ……
「そしたらさ、ようやく可愛らしい女の子が着けてくれたじゃん。やったーと思って見守っていたのよ。本当は愛する相手からのキスで解呪されて欲しかったところなんだけど、アレックスだっけ?魔力が強い美形の男。あいつが魔力にものを言わせて外しちゃったじゃん。ちょっとつまんないよね」
「!」
もしかしたら長官がいなかったらわたし人間に戻れてなかった…?
「でも裸見られてちょっと意識してくれたかなー?
あ、あれね、そういう仕様にしてあるの。ヒキガエルから元の姿に戻った時って感極まるでしょ?だからさらに盛り上がるように裸になるようにしたんだよ。
あの夫婦はちゃんと正しい手順踏んでくれてよかったな。あのもう一人の魔力の強いフツメンの男。副長官のヒューバードとその妻。なんの躊躇なくキスして解呪したし、多分そのあと盛り上がってくれたっぽいし。さすがに出歯亀はしないよ、あたしだって」
確かにパメラさんでも試したって聞いた。確かに仲のいい夫婦ならキスで元に戻る。
それにしても、この手の人に魔法を使わせてはいけない。面白そうという理由でろくなことをしなさそうだ。わたしも面白いと目を付けられてしまったようだからすでに手遅れかもしれないが、変な気を起こす前に帰らせてもらいたい。
長官様はまだ場所を特定できてないのかな?転移魔法使えるのかな?彼がどんな魔法が使えるのかよく知らないことを少し後悔する。
「あの、それでわたしは家に帰してもらえるんですか?できればこの腕輪も外してもらいたいんですけど」
「キャロはさー、あたしが気付いてないと思ってた?追跡魔法も感覚同調魔法も転移するときに消しちゃったよ?」
「!」
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