59. 招かれざる
「御伽の隣人、召喚に応じ参上」
現れた魔法陣の数は三つ。そこから次々と男たちが姿を現し、最終的に九人程で落ち着いた。一度に執務室へ現れるにしては、些か数が多い。
(半成……?)
〔それも見たまんま、全員動物種だ〕
男たちは全員頭部を布や外套などで覆っているが、各々耳と思われる位置に大きな膨らみが出来ていた。中には隠す気もないのか尻尾が出ている者も居り、半成だと一目でわかる。
魔法陣から進み出ると彼らはすぐさま縦四列、横二列の形で整列し、代表らしき一人だけが前へ出る形になった。統率はしっかりと取られているようである。
「ワガヌ・ロッドへ宛てた要請だったのですがね。どうやら手違いがあったようですな」
「いいや間違いはない。転写機の資料を見る限り『行方不明』とされる半成はどれも『動物種』ではないか。よってこの一件は妖精種及び妖精の管轄には無い」
子爵位の貴族を相手に随分と尊大な態度だが、当のパドギリア子爵は気にも留めていない。男自身が高い身分にあるか、その出生に関わる人物……例えば、血縁関係にも秘密がありそうだ。
〔協力の要請で政敵現る、か。渾身の催し物だったな〕
(でも、パドギリア子爵は協会所属の貴族様だし、敵対なんてしないと思うけど)
〔案外こいつらが初動を遅らせた原因なんじゃねぇのか〕
(まさか。何が目的で?)
〔まぁ考えてもみろ。あの子爵とかいう野郎が仮にコイツらの『仲間』だったとして。直ちに半成誘拐を訴えなかった理由はなんだ?〕
(それは……うん、言われてみれば変かも。マリーナ誘拐を目撃したのは子爵夫人だったし、すぐに動いても良かった、そういうこと?)
〔『同じものを持たなければ道を開かない』だったか? つまり、所属組織の貴族だろうが『只人』である限り例外じゃねぇってことだろ〕
悪魔は少し肩を竦めてから「どうも数が寄り集まるとこういうことが起こるらしいな」と皮肉気に言い放った。
捜索にあたっていた集団とパドギリア子爵が協会宛てに即時協力を求められなかった理由は「同じ」であるとイヴァラディジは考えている。
(一応確認なんだけど、彼らに妖精と悪魔の気配は読める?)
〔無理だろうな。妖精種や天種、魔種辺りと違って動物種ってのはただの人族と人族の掛け合わせだ。只人とそう変わりゃしねぇよ〕
(そうなんだ)
〔ああ。魔力的要素の感知機能は無族と同等、せいぜいお前があの小妖精と契約する前のそれだ。目の前に居る俺がこうして行儀よくしてりゃ、悪魔かどうかなんざわかりゃしねぇのさ〕
現時点でわかるのは、やって来た半成たちに対応する「適正」がないこと。「魔力的干渉及び介入」について全く考慮されていないのだ。
〔奴らの組織形態はどうなってやがんだ。末端の人員をいくら寄越したってなんの足しにもなりゃしねぇ〕
「異常事態」の宣言をしたにも関わらず、指定した人物ではなく彼らが訪れた点からして不可解だ。
既にパドギリア子爵が応対しているものの、そこにもどことなく温度差を感じる。
どれだけ資料を並べたところで「半成が身を隠すなどよくあること」などと、取り付く島もない。
「旦那様、発言をお許しいただけますか」
「……子爵殿、この子供は?」
「親愛なる客人ですとも。無論、関係者ですがね。さて、何かありましたかな」
「このお屋敷内で既に魔力的干渉・介入が確認されています。協会協力の下、もっと詳しい調査は出来ないのでしょうか」
「は、では魔力的干渉とは何を根拠に言っているのか。是非聞きたいものだ」
「感知用の魔導具をお持ちなのだろうよ。見たところ、この部屋にはないようだが」
「わざわざ魔導具など用いずとも問題はありますまい。魔力を感知したのは協会所属の魔女、と申し上げれば納得いただけますかな」
「『魔女』だと?」
一人が眉を上げ、非難するように声を荒げる。するとその後は引っ張られるようにして他の半成たちもあれやこれやと口々に捲し立て始め、取り繕っていた体裁は早くも綻びを見せた。
〔魔女も協会所属って話じゃなかったか〕
(うん、半成と並んで保護対象だよ)
イヴァラディジは協会内部で立場上の対立、或いは分裂があると考えた。例えば妖精・魔女・半成・人間といった区分が大まかに分かれており、その中で更に半成は動物種・妖精種・天種・魔種と細分化されていく、といった具合に。
〔こんな奴らがどうなったところで構わねぇが、状況としてはどうだ? 『半成が消える町』にわざわざ九人もご登場とは〕
キサラはイヴァラディジの言葉に身を乗り出し、即座に訴えかけた。
「今すぐに引き返してください」
「我々を召喚したのはパドギリア子爵であって貴様ではない。指図をするな」
「先ほど申し上げた通り、今回は魔力による干渉が行われています! 対象となっているのは恐らく半成で」
「我らがそれに該当すると。はっ、何を言うかと思えば所詮は子供か、物事を何も知らない。おい、これが何だかわかるか」
男は袖を引き上げ、見せつけるように腕を掲げた。そこには魔石の埋め込まれた装飾品が輝いている。
「腕輪型の魔導具を見るのは初めてか? これは並の魔力であれば弾く効果がある。いわば結界の役割を果たす代物だ。そして、ここに居る者は全員同じものを装着している」
「たとえ術式の指定範囲内だったとしても我々には通用しまい」と鼻を鳴らし、すぐに顔を顰めた。
「このような浅知恵の子供が一体何の役に立つというのだ。場に相応しくない者は早々に追い出せ」
提出用の資料情報を集めるためにキサラは多大に貢献したとパドギリア子爵が述べても、彼の意思は変わらない。
体格の良い半成が勢いよくキサラの襟首を掴み、部屋の外にポンと投げ出した。素早くタスラがそれに続くと、扉は異常に大きな音を立てて閉められる。
「ま、何をしたからといって必ずしも事態が好転するとは限らねぇ。良い教訓になったじゃねぇか」
「これも授業?」
「馬鹿言え、生きてる限り全てが学びだろうが。おいタスラ、扉睨んだってもう開きゃしねぇよ諦めろ」
「それにしても指輪が通信用の魔導具で、腕輪が簡易結界の魔導具……あんなに小型化されたの、初めて見た」
「ん、キサラは他にも魔導具を見たことがあるの?」
「シュヒのお屋敷で何度か。でも見たことがあるのは大体大型のものだったよ。とても一人じゃ持ち運べないくらいの」
「アイツらが持ってたのは魔石から削り出して金具を取り付けたもんだからな。製法が違うってやつだ」
イヴァラディジはまず、パドギリア子爵の持つ「指輪型の魔導具には二種類の魔術が組み込まれていた」と言いながら肉球を見せつけた。
一つ目の魔術は「遠くへ音を飛ばす」。主に連絡を取り合う手段として用いられる。
続いて二つ目の魔術は「魔法陣の誘導、或いは発動」の効果があるというもの。
「いくら異常事態の宣言だつってもな、あれだけの人数を一瞬で引き寄せた。要請があった場合人員を派遣する制度でもあるんだろうぜ。ああ、ついでにさっきの魔導具だが、人間界での評価基準を踏まえりゃあの数を個人が所有出来るとは思えねぇ。大方協会とやらの支給品ってとこか」
「そんなこと出来るかな? 魔導具は貴族様にとっても高価な貴重品だよ」
「つまり組織としての資金は潤沢ってわけだ。わざわざ只人の貴族を所属させる理由はこれだな」
只人を受け入れないはずの御伽ノ隣人にパドギリア子爵が所属を許されたのは、対外的な後援、資金方面への援助などを期待してのことだろう。イヴァラディジは概ね予想を立て、それでも偉そうに振る舞う半成たちを思い返して鼻を鳴らした。
「で、さっきの場面を見てどう思った」
「集団と接触すべきじゃなかった」
「ま、今日のところはそれで良い」
協会から現れた半成を見たキサラは、誘拐という用途の他に転移陣を用いて「仲間を呼び寄せることも出来る」と気付いたのである。
「キチンと根回ししなくちゃいけない段階だったのを、僕が動いたことで状況が変わったんじゃないかと思う」
彼らがまともに対策を練るとは思えない。「噂の調査」が長引いていたのは、より確実性のある情報を渡す必要があったのだとキサラは気が付いた。適切な人員が派遣されるためには、相応の準備が要る。
「協会から来た連中はここの指揮系統に加わってねぇ。しばらく大荒れだな」
協会内部での立場や序列は不明だが、見た印象でいえば互いに対等もしくはそれ以上とは認めていない。完全な分断、対立状態だ。
「さてさて、協会に対する見識を魔女へ求めようじゃねぇか。今まさに暇になったとこだしな」
キサラとタスラは顔を見合わせ、シュヒアルのもとへと走り出した。
「──と、いうわけなんだけど」
「では先ほど行われた“転移”は協会の仕業だと」
「ああ。中々派手な催しだったが進展は特にねぇ」
「随分と面倒で厄介……こほん、失礼。大変なことになってしまったわね」
「僕が報告に出るんじゃなくて、シュヒに任せた方があの場で優位に立てたかも」
「それはどうかしら。その方々は動物種の半成なのでしょう? 魔力的干渉と述べているのに魔力の感知も出来ない方が来たということは、これ以上の増援はないでしょうね」
少なくとも現状、協会側からは「人員を派遣した」という回答になるだろう。より魔法や魔術に精通した人員はもはや望めない。
「協会って、内部で派閥に分かれてたりする?」
「ええ。例えばその方たち、同じ動物種の半成なら多少は耳を貸すでしょうけど、妖精種となると難しいかしら」
本来であれば大きな一歩となるはずだったが、恐ろしく当てが外れてしまった。どっと疲れを感じたキサラとタスラは肩を落としたが、それを横目にシュヒアルは机へ向かう。
「ワタクシたちで一度情報を整理しましょう。増援がないとわかったのなら尚更気を引き締めなければね」
どのように入手したのか、大机の上には屋敷の見取り図が広げられ、横には町の地図も置かれた。
「こういうのって、普通外部の人間は見られないんじゃ……」
「緊急事態なのだから目を瞑ってくださいまし。ラギス、印を」
シュヒアルの指示に合わせ、ふわりと浮いたペンがくるりと印をつけていく。屋敷の見取り図に書かれた円は二か所で、いずれも廊下だった。
対して町の地図は、縮尺様々なものが複数枚あり、その全てに次々と印がつけられていく。
「魔力的干渉が確認された位置の横に、日付も書き込んでいけ。貴重な足跡だ」
「確かにその日の動きが可視化出来るわね」
「この資料も協会へ送れないかな? 魔力的干渉の根拠として抗議しつつ提出したら、シュヒは魔女だし多少は聞いてくれるかも」
「敢えて奴らを野放しにしたままっつー手もありだぜ。明らかに挙動がおかしいからな、内部で何が起きてるか探らせりゃあ良いだろ」
「じゃあ協会所属の……魔女の人たちに変わったところがないか聞いてみるとか」
「直接話を聞け、ということであれば無理ね。協会所属の魔女たちは分類として一応は一括りにされているけれど、基本的に個人間での繋がりを持たないものよ」
「何のための組織所属なんだそりゃあ」
呆れた声を上げるイヴァラディジに同意するように、黒猫がゆらりと尻尾を振った。




