2ー5
「「は?」」
室内に2人分の声が響く。セシリアとジルフォードのものだ。
目の前の絶世の美女は自分たちの反応を見て面白いそうに笑っている。先程の凍りつきそうな雰囲気は微塵も感じられない。昨日から見てきた、不遜で不真面目で愉快犯なスカーレットそのものだ。彼女には笑い事じゃないと心の底から叫びたい。
「レティ?お前は何を言っているんだ?」
「シリウスの身内を放置しておく訳にはいかないだろう?下手にぽろっと口走られるよりも近くに置いて監視しておいた方が安全だろう。」
確かにその通りではあるが。もう色々ありすぎて、話してしまって大丈夫な事とそうでない事の区別がつけられない。
「加えてセシリア嬢はこの間、殺人犯に仕立て上げられてあわや投獄される所だったんだ。謂わば関係者だな。そんな人間が皇太子の婚約者にでもなってみろ。あちら側とて焦るだろう。」
「それは、そうかもしれないが。ーーだがセシリア嬢を囮にするのか?危ないだろう。」
(どうして納得しかけているんですか殿下?)
確かにスカーレットの言い分には納得できる。こうなった以上、セシリアも無関係ではいられない。シリウスの件などアルビオンにおける爆弾だ。それに、状況から考えて、囮として一考の価値はある。
そして、皇太子にはもっと他に否定するべきところがあるだろうと言いたい。諸々の件を抜きにすれば、変わった色の瞳を持ったちょっぴり美人で、とびっきりの不祥事を背負った令嬢と婚約することになるのだ。
「セシリア嬢、君は今朝婚約解消したばかりだろう?冤罪とはいえ豚箱行きにされかけたんだ。簡単に次の相手が見つかるとは思わない。」
「それは、その通り何ですが、、。」
「それに、君が今こうなっているのは私に惚れた婚約者の暴挙と、星将軍のいざこざに巻き込まれて冤罪を吹っかけられかけたことによるものだ。」
そして、スカーレットはジルフォードに向かって強気に言う。その顔にはしてやったり、という勝ち誇った笑みが浮かべられている。
「9割方我々の不手際だ。兄さん、責任とって潔く結婚しろ。」
*
「本当の本当に本当なんですか?これ殿下に全くメリット無いですよ?」
「こちらだって君との結婚がきっかけで犯人を炙り出せるかもしれない。勿論、危険な目に合わないよう全力で守るつもりだ。寧ろ、今朝婚約解消したばかりのセシリア嬢がどう思うかなんだが、、。」
どうして本当に結婚する方向で進んでいるのだろう。セシリアは一応伯爵令嬢であるし、ある程度のマナーは身につけている。ただ、背負っているものがとんでもないのだ。「それは我々に原因がある」と言われてしまえばそれまでだが。
「心配することはない。兄さんの好みはセシリア嬢の様なタイプだ。上手くやっていけるさ。」
「何を言っているんですか!?」
「こうでもしないとあの兄はいつまでたっても独身だ。くだらない気を遣ってな。」
「気をつかう、、?」
「ああ、忘れてくれ。ーーーセシリア嬢のような人間なら、権力に目が眩んで不祥事を起こすことも、兄さんの業務に差し障るようなことは無いだろう。」
それに、とスカーレットは呟いてセシリアの手を取る。
「私としても、身内が好みのタイプであるのは喜ばしい事だからな。」
そう、甘い笑顔で囁いた。耐性のないセシリアには毒である。ぶわっと頬が赤くなり、額に手を当てて見守っていたシャロン将軍の背中へと避難する。
「他の女の手を取るなんて、連れないじゃないか。」
スカーレットの顔は完全に面白がっている。そんな彼女の肩を掴み、ジルフォードは深刻な顔で忠告している。
「頼むから兄嫁に手を出すなどという不祥事はやめてくれ。」
「あいつならやりかねん。そう言われて終わりだろう。誰も驚かんから気にするな、兄さん。」
「頼むから自重してくれ!」
「取り敢えず、賭けは私の勝ちだな。54年ものの葡萄酒も回収だ。」
「お前もう本当にいい加減にしろよ。ーーどこで何を賭けたんだ?」
「ルードヴィヒとディアラの野郎だ。お題はは皇太子がいつになったら結婚するか。」
その言葉を聞いたジルフォードはがっくりと項垂れる。まじでとんでもねえ皇女である。賭けに興じる同僚も同僚だが。
「シャロン将軍、これ、もしかして私不味いですかね?というか、名前出てきた人たちって星将軍じゃ、、。」
「あいつらだけでありとあらゆる始末書の雛形は手に入るわよ。」
本気でこの国の行末が心配になってきた。
*
「随分と性急ね。ロマンも何も無いじゃない。」
「そんなことは知らん。こうでもしないと兄さんは結婚しようとしないだろう。」
「随分と彼女を気に入ったのね。」
「まあな。」
「欲がなくて、善人寄りの性格。彼女、ちょっとシリウスに似ていない?見た目もよく似ているわ。」
「ーールネ。」
「ごめんなさい、不躾だったかしら。」
その言葉にスカーレットは顔を顰める。美女2人の目の前ではしどろもどろなセシリアと、それを面白そうに見つめる皇太子の姿があった。
「ーーシリウスの件、兄さんに非はない。だから、私に変に気を遣う必要は無い。」
その光景を、スカーレットはどこか懐かしむように眺めていた。普段の彼女からは絶対に想像できない、慈しむかのような視線だ。
「でも、どうして彼女なの?貴方が説明した理由は珍しく理にかなっている。でも、それだけではないでしょう?」
その言葉にスカーレットが返事を返すことは無かった。