表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢と正邪の天秤  作者: 秋田こまち
8/68

2ー4

先程の凍りついた室内の空気も溶け、セシリアも幾分か落ち着いた。本当はもう数刻ほど泣き喚きたい気分であるが、この場でソレを実行することは出来ない。


「何故皆さんがシシィのことをご存知なんですか?」

 その問いに、ジルフォードとシャロン将軍が話しても良いものかとでも確認するように視線を交わす。

「セシリア嬢がシリウスの知り合いである以上、話さない訳には行かないだろう。彼女の自衛のためにも。」

 自分の自衛とはどういうことだ?シシィとセシリアに関わりがあることが露見すると、セシリアの身の安全が脅かされるとでも言いたいのだろうか。


「なら、私からお話ししましょう。」

 溜息をひとつついた後、そう言ってシャロン将軍は口を開いた。










「セシリアちゃんは、シリウスが何をしていたのか知っていた?」

「いいえ。手紙ではたわいもない話しかしなかったので、、。」

「、、シリウスはね、星将軍だったのよ。」

「嘘でしょう!?」

 どうしてそうなるのだろう。確かに、シシィは強かった。星将軍の基準がどんなものかは知らないが、実力的には申し分無いはずだ。ただし、自分の兄貴分がこの国の栄誉の終着点に辿り着いていたという事実に驚きを隠せない。


「だけどねーーー彼はその就任式で皇帝陛下の殺害を企てた。」

「え?」

「シリウスは陛下の御前に毒刃を持ち込んだのよ。勿論その短剣は申請外の武器よ。」


 夜会や公的な式のような行事ごとには本来、殺傷能力のある武器を持ち込むことは出来ない。ただ、自衛や護衛の必要から、申請書類を提出すれば持ち込みは可能となっている。

 申請書を受理した憲兵が違和感を指摘したことにより発覚したとのことだ。

 実際には未申請でこっそり持ち込む輩もいるが、星将軍の就任式で、皇帝の眼前に武器を持ち込むのは一発アウトだ。それが毒刃であれば言い訳の余地もない。



「シシィがそんなことするわけ、、到底信じられません。」

「だが、事実はルネの言う通りだ。」

 スカーレットが冷たく言い放つ。その碧眼の奥は冷え切っている。先程、その青が揺れ動いたように見えたのは気のせいだったのだろうか。


「続けるわね。彼はその場で一騒動起こした後に捕縛された。」

「、、騒動って?」

「皇帝の殺害が不可能だと悟ると、次は皇女殿下に斬り掛かった。幸いにも無傷で済んだのだけれども」

 つまり、シシィはスカーレット・アルビオンを殺しかけたのだ。シャロン将軍の言う通りならば、彼女の反応も理解できる。

 ならば、尚更にあの哀しげに見えた碧眼が理解出来ない。この皇女は、自分を殺しかけた相手に慈悲をかけるほど温厚な性格はしていない。


「その後の捜査で、彼の部屋から隣国アルセーヌとの手紙が見つかったの。ーー彼はアルセーヌの間者だと判断された。貧民街出身の彼には戸籍が無かった。だから、王宮の方で戸籍を用意したの。だけど、間者ならばアルビオンに戸籍が無かったのも納得いく。」

「貧民街や花街の人達も、戸籍がない人はいますよね?」

「その通りよ。だけど状況が状況だったの。秘密の手紙はあって戸籍はない。何より、人の目の前で皇帝殺害未遂という大罪を犯している。この上なく黒に近かった。ーーーその後、彼はひっそりと処刑された。」



「星将軍の就任式で当人が国家反逆罪なんて醜聞もいいところよ。国の象徴である星将軍にそんな醜聞を負わせることは出来なかった。だから、皇帝陛下は徹底して緘口令をしいたの。シリウスの経歴も徹底的に全て消した。、、シリウス、という人間はこの国に存在しなかったことになっているわね。」

 

 つまり、シシィはこのアルビオン帝国に存在していなかったことになる。セシリアは、5年前にこの様な事件が起こっていたなんて全く知らなかったし、聞いたこともなかった。





「、、本当にシシィがやったんですか?」

 その問いに、シャロン将軍の顔に後悔の念が浮かぶ。

「私たちは全力で捜査した。それでも、今言った以上の事実は出てこなかった。」

 まるで、シシィが無実である証拠を見つけられなかった事を悔やんでいるかのような言い草だ。

「今更何を言っているんだ。それに、陛下が処刑を命令なさったんだ。それが何よりの証拠だろう。」

 スカーレットが鼻で笑いながらシャロン将軍に言い放つ。そんなスカーレットに皇太子が意味あり気な視線を向ける。



 今の話を聞いても、セシリアには到底信じられない。あの優しかったシシィが皇帝殺害という大罪を犯すはずがない。

「それでも、シシィがそんなこと、、。」

「自分の旧知を信じるのは結構だが、現実を見ろ。悪人だけが人を殺すんじゃない。」

「レティ!」

 ジルフォードが咎める様に妹の名前を呼ぶが、スカーレットは気にする素振りは無い。彼女がじろりと兄を見返すと、彼は罰が悪そうに目を背ける。

 項垂れるセシリアの背をシャロン将軍がさすってくれる。


 そもそも、何故シリウスには戸籍が無かったのだろう?バイロイトの使用人夫婦に拾われ養子になったと聞いていたから、てっきりその時に戸籍な用意されたものだと思っていたのだが。





「それにしても、かなり不味いな。」

 兄との問答を終えたのか、スカーレットが呟く。その言葉にセシリアを除いた2人が苦々しい顔で頷いた。

「今までは何とか隠し仰せていたけれどーーもう無理ね。」

「ああ。次の星将軍が殺されたんだ。口さがない貴族どもは黙っていられないだろう。」


 つまり、緘口令によって揉み消されたシシィの事件が再び表舞台へと飛び出るわけだ。

 セシリアは未だシシィがやったという事は信じていないがそれは一旦脇へおく。星将軍が皇帝を殺しかけたなど、大惨事以外の何物でもない。



「セシリアちゃん、思う所はあるでしょうけれど絶対にシリウスの名前を出しちゃダメよ。状況が状況だから、シリウスの件はいつか露見する。ーー少なくとも貴族たちの中ではね。あなたとシリウスの関係が露見したら、バイロイトは終わりよ。」

 それは間違いない。国家反逆罪を企んだ者との関係が知られた先の結末は想像に易い。

 少なくとも、セシリアはもう一生結婚出来ないだろう。




「それにしても、今回の件は不自然だと思わないか?」

「俺も同意見だ。次代の星将軍が決まったと思ったら殺され、その実行犯も不審死。ルネ、犯人の目星は?」

「お恥ずかしい事に、全く。」

「誰か手引きした人がいるってことですか?」

「その通りよ。それに、恐らく子爵を唆したのもその犯人だと思う。」

「だろうな。あの子爵が単独で王宮であんな肝の座った殺人を独断で決断できるとは思わん。」



 (割と詰みなのでは、、?)

 セシリアは遠い目をする。シリウスの件で王宮は醜聞を追い、星将軍殺害事件の裏にいるのは名無しの権兵衛(ジョン・ドゥ)

 シシィの無実を信じるセシリアからすれば、何となくこの2つの事件が無関係である様には思えない。

 だって、星将軍の就任式でシシィは消え、今回星将軍に就任するはずだったクラウド・アーレンも消えたのだ。誰かが言った「星将軍が呪われた席」という言葉に納得が言った。

 この事件はまだまだ終わらない、セシリアはじわじわと嫌な感覚が胸を押しつぶすのを実感した。


 ならば、当然シシィの後に星将軍になった人物がいるはずだ。流石に星将軍の一角が5年も不在であれば噂になる。

 5年前に星将軍になった人物といえばーーそこまで考えて結論に至る。セシリアの目の前にいるではないか。5年前に星将軍の席についた美貌の天秤が。

 色々考えすぎると堂々巡りになるため、一旦思考をやめる。それよりも、今は目の前で唸っている星将軍達だ。


「このままだとセシリアちゃん、不味いわよ。」

「えっ?」

「ルネの言う通りだ。セシリア嬢、これからシリウスの話が蒸し返されて反応せずにいる自信はあるか?」

「正直ないです。」

「そうよねぇ。」 


 どん詰まりな己の状況に気が重くなる。余計なことを言ってしまわないためにはもうバイロイトの領地に引き篭もるしかないのだろうか。



 その時に、スカーレットが小気味良い音をたてて手を叩く。その音に室内の全員が彼女に視線を送る。


「あるじゃないか。上手い具合にやってのける方法が。」

「諸々問題だらけだぞ。そんなに良い方法があるのか?」


 至高の美貌の上に、無邪気にも見える笑みを浮かべてスカーレットが言い放つ。


「兄さん、セシリア嬢。お前ら結婚しろ。」





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ