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伯爵令嬢と正邪の天秤  作者: 秋田こまち
7/68

2ー3

セシリアは何気なく絨毯に描かれたダリアの刺繍に視線を落とす。その橙模様の絵柄に触発され、頭の中に先日の記憶が蘇る。そう、コータス侯爵夫人の言葉を思い出したのだ。事件と関係は無いがと思うがどうにも意味深な様子だった。


()()星将軍候補が、とか懐かしいとか何とか。、、何か今回の事件と関係があるんですか?」


 その言葉に、皇太子とルネ・シャロンは苦い顔をした。どうやら彼らには夫人の言葉に心当たりがあるようだ。

 倫理観が欠如気味と噂の星将軍達だ。候補者同士で蹴落としあったり不祥事祭りなどは何度か耳にしたことがあるが、公の殺人事件にまで発展したのはセシリアが知る限り初めてだ。

 2人が意味ありげな視線をスカーレットの方に向けるが、当の彼女は特に顔色を変えた様子はない。



「セシリア嬢は心当たりがあったりするの?」

「いいえ、全く。流石に次代の星将軍の殺人事件なんてあったら嫌でも耳に入ってきてしまいます。」

「普通はそうよね。」


 シャロン将軍が何処となくスカーレットを気にした様子で話す。その視線に気がついたのだろう、スカーレットは不快そうに鼻を鳴らした。


「なら、星将軍の席が呪われてるなどの物騒な話も何か関係が?」

「何処で聞いたの?」

「昨日の夜会で、クラウド様が亡くなられたときです。」

「人の口に戸は建てられないわね。」

 シャロン将軍が困ったように微笑んだ。彼らの様子を目にすればセシリアとて大体は察する。

「、、緘口令ですか?」

 恐る恐る尋ねたセシリアに、シャロン将軍は頷く。


 どうやらセシリアの預かり知らぬ所で、緘口令が敷かれる規模の大事件が起こっていたらしい。それでも今まで全く耳に入って来なかったのだから、その徹底ぶりが伺える。よっぽどの大事件なのだろう。


「気になるか?」

「いえ、私も命が惜しいので。」

 知ったら消されそう。

 勝手なイメージとともに皇太子の問いかけに否と答えるたところ「用心深いな」と笑われた。


「年頃のご令嬢たちは噂話が大好きだものね。」

「隠蔽されし大事件、いかにも暇を持て余したご令嬢たちが食い付きそうな話題だな。」

「彼女らが好きなのは恋愛話だろ。」


「お前は自分が噂の的になっていることを自覚してくれ。妹が彼方此方でご令嬢と噂になっているのを聞かされる俺の身にもなってみろ。」

「兄さんこそ人の事は言えないだろう。最近の賭博のお題は誰が兄さんの心を射止めるか、だぞ。当たれば一攫千金だな。さっさと結婚したらどうだ。」

「待ってくれそれは俺知らないぞ。」

 、、聞かなければよかったと心から思う。


 皇太子の結婚相手についての憶測が飛び交っているのは事実だ。容姿、権力、人格と全てを兼ね備えた皇太子の妃の座を勝ち取るのは誰か。現在24歳であられる殿下は、本来ならば子供がいたとて可笑しくない歳なのだ。テティスだって気になって仕方がないようだ。

 まぁ、セシリアには関係のない話だが。ただ、その完璧超人の心を射止めるのが誰か気になる所ではある。

 

「それに、俺はーーまだ結婚するつもりは無い。父上の治世だって盤石だ。急ぐ必要も無いだろう。」

「気を遣っているつもりか?くだらない気を回すくらいならさっさと身を固めろ。陛下だって兄さんには期待しているだろう。」


 その言葉にジルフォードが暗い顔になる。皇太子殿下の結婚問題には何か触れたら不味いものでもあるのだろうか。視線をこちらに向けただけで、シャロン将軍も何も言わない。




「取り敢えず、兄さんの結婚問題は後回しだ。」

 気まずい雰囲気などお構いなしにスカーレットが言う。

「回さなくとも忘れてもらって結構だ。」

「セシリア嬢もご苦労だったな。そういう訳だから一応気をつけておいてくれ。緘口令の件も、暇を持て余した侯爵夫人の戯言だと思って忘れろ。」

「わかりました。」

 

 その言葉を皮切りに、各々がソファから立ち上がる。どうやらセシリアへの聴取は無事終了したらしい。犯人は未だ不明である様だが、見つかるのも時間の問題だろう。今回ばかりはセシリアが犯人だと疑われる様子も無かったのでほっと胸を撫で下ろした。









 

 スカーレットがバイロイトに突撃してきたのが、丁度太陽が空の真上に浮かぶ頃だ。今はもう月が夜空に浮かび、一等星が夜空に輝いている。

 ただ、先程の黒々とした雲が近づいて来ているのだけが気掛かりだ。雨に降られる前に帰りたい。


 疲れが溜まっていたのか、小さく欠伸をして目を擦る。その様子を見ていたシャロン将軍が、物珍しそうにセシリアの瞳を覗き込む。


「セシリアちゃんの瞳は中々珍しい色をしているのね。よく見ないと気が付かないけれど。」

 橙色にも黄金色にも見えるが、セシリアの瞳の色は丁度それらが入り混じった様な琥珀色だ。遠目からは分かりづらいが。

「やっぱり変わった色ですよね。シャロン将軍でもあまり見かけない色なんですか?」

「あまり、と言うより殆ど無いわね。セシリアちゃんはどうなの?」

「私は今のところ2人だけです。」


 セシリアの母親であるアルキオネ・バイロイトとシシィの2人だけだ。

 数多の部下を抱えて沢山の修羅場を渡り歩いてきたシャロン将軍でさえ心当たりが殆ど無いと言うならば、本当に珍しい色なのだろう。


「あら、2人もいるのね。ご両親かしら?」

「私の母と、、旧知の青年です。」

 シシィのことを何と形容するべきか一瞬迷った。使用人だったのは過去のことだ。手紙友達というべきか使用人だったというべきか、セシリアは考えあぐねる。


「旧知の青年?」

 その言葉にシャロン将軍は怪訝な表情を浮かべる。何となく心当たりのありそうなその様子に、セシリアは質問を投げかける。

「はい。ーーもしかして、シャロン将軍は彼にお会いしたことがあるんですか?」


 シャロン将軍はシャロン侯爵家の人間。アルキオネは元は庶民だったと父から聞いている。隣国の貴族の私生児だの噂は聞くが眉唾ものだろう。加えて、セシリアの知るアルキオネは、日の殆どを屋敷の寝台の上で過ごしていた。あまり体が丈夫では無かったのだ。そんな彼女がシャロン将軍と面識があるとは思えない。

 だったら、シシィの方だろう。



 しかし、目の前のシャロン将軍の表情は浮かないものになっている。と言うより、何だか焦っている様にも見える。会話にこそ参加しないものの、後ろにいる2人もこちらに集中しているのがわかる。


 何か不味いこと言っちゃった?と心配するセシリアを他所に、シャロン将軍は言葉を続ける。


「その青年の名前を教えてもらえる?」

「シシィと私は呼んでいましたけどーーーシリウスという青年です。」


 そう言った瞬間、将軍の顔が部屋の空気もろとも凍りついた。

 恐る恐る将軍の後ろを覗き込むと、顔を引き攣らせる皇太子と、表情がごっそり抜け落ちた様な、普段の彼女からは想像できない顔をしたスカーレットが立っていた。思わず息を呑んで顔を背ける。

  

 (本当に何か不味いこと言った?、、何しちゃったのシリウス!)

 

 セシリアの内心を知ってか知らずか、ジルフォードがセシリアの横へと並び、目を合わせて尋ねる。

「君はシリウスとどの様な関係だ?知り合いだと言っていたが。」

「ええと、、。昔、バイロイトに使えてくれていた使用人です。訳あって家を去って以来は手紙のやり取りを。たまに顔を合わせていました。」

「今でも手紙のやり取りは続いているのか?」


 セシリアは不思議に思った。どういう訳か、シシィからの返事は5年前から返ってこない。

 この皇太子の質問だと、まるでシシィが手紙を返せない状況にあるのを知っているみたいだ。


「5年前から音沙汰が無いです。」

「そうか。ーーー間違いなさそうだな。セシリア嬢、シリウスの話を誰かにしたことはあるか?」

「いいえ。手紙もこっそりあっていた事も、絶対秘密にしてくれと言われていたので。」

「それは良かった。そのまま絶対に誰にもシリウスのことは話さないでくれ。」


 この言いようだと本当にシシィが何か不味いことに関わっている様に聞こえる。ーーそもそも、シシィは今何処にいるのだろうか。まるっきり顔に出ていたのだろう、さっきの様子は何処へやら、普段通りに戻ったスカーレットがセシリアに告げた。


「シリウスならもう死んだ。」





 その言葉に、周りの音が聞こえなくなる。まるで水の中にいるかのような感覚に陥る。

シシィが死んだなどと、セシリアは到底信じられなかった。だって、彼は凄く強かったのだ。こっそり一緒に出かけた領地の外れで暴漢に襲われた時、助けてくれた彼はセシリアの知る誰よりも強かった。


 

 窓の外からぽつぽつと雨の音が聞こえ始め、次第に音が大きくなる。先程の雲はやはり雨を運んできたらしい。夜空に見えていたはずの一等星は、雲に覆い隠されて見えなくなっている。


 酷な事実を突きつけた筈のスカーレットの表情は、いつも通りの何処かふてぶてしいものだ。ただ、セシリアにはその碧眼が、哀しげに揺らいだように思えた。



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