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「セシリア大丈夫だった?何も言えなくてごめんなさい、、。」
「大丈夫だよ。テティスがあんなおっかない場所に巻き込まれなくてよかった。」
疑いが晴れたことにより取り敢えず解放されたので、心配したと顔に出ているテティスの元へと戻る。
「私は皇女殿下の色仕掛けに助けられたってことだよね。」
「色仕掛けってセシリアあなた、、。間違ってはいないけど。」
一通り再会を喜びあって、セシリアとテティスは現場の中心を見つめる。セシリアには未だに好奇の視線が向けられているが、最早何も気にならなくなっていた。今日一日でセシリアのメンタルはダイヤモンドだ。
その時、大広間の大扉が開け放たれ、再び広間が騒がしくなる。
「今度は何だろう?さすがにもう沢山なんだけど、、。」
「疲れきってるわね、セシリア。」
彼らの視線の先には、1人の男性が立っていた。白銀色に輝く短髪に群青色の瞳を持つ、スカーレット・アルビオンにそっくりの男性だ。彼の纏う雰囲気は彼女よりだいぶ柔らかく、目元も優し気であるが。彼はジルフォード・アルビオン。この国の皇太子殿下である。彼も星将軍の座を冠する1人であり、我が国が誇る軍人の1人だ。
彼の登場に広間の皆が礼をしようとするのを手で制し、皇女と何やら話し込んでいる。
ザイラス子爵は憲兵に取り押さえられており、その顔には絶望の表情が浮かんでいる。次代の星将軍を殺害したのだから極刑は免れない、その事に思い至ったのだろう。
真犯人発覚により、閉鎖されていた小宮殿は皇太子によって開放され、順次帰宅が促された。当然ながら、このような大事件が起きたのだ。夜会など続けられない。音楽家たちによる物悲しい音色と共に、参加者たちは大扉から出ていく。
「面白いものを見せてもらったわ。」
そう言って帰り際にセシリアに話しかけたのは、先程のコータス侯爵夫人だ。口元こそダリアの描かれた扇で隠されてはいるが、その赤い唇は愉悦で歪められているのは容易に察せられる。
「まさか、皇女殿下があそこまで真面目に仕事するなんてね。」
「確かに殿下は憲兵じゃありませんけど、将軍ですから事件の捜査もするのでは?」
「将軍たちは戦争なら負け無しだけれど、推理小説のような捜査事は畑違いよ。だから、捜査なんてする必要は無いの。普段の彼女なら憲兵を呼んでそれでお終いね。夫の秘蔵の酒を賭けたっていいわ。」
売ったら金貨何枚になるのかしらね、と楽しげに呟くコータス侯爵夫人の様子を横目に、セシリアの頭の中を占めるのは皇女のことだ。
「それに、貴方の婚約者だけれども。」
そう言って夫人は扇子でロベリアの方を指す。彼は人目を避けるように顔を隠し、逃げるように会場を去っていった。
「皇女にうつつを抜かして、身の丈に合わない愛に溺れて婚約者を振った男として暫くは笑い物になるんじゃないかしら。
それに、その振った相手が次期星将軍殺害の容疑者として槍玉に挙げられたのだから、暫くは後ろ指を刺され続けるでしょうね。」
それは間違いないし、正直ざまをみろとも思ってしまう。しかし、容疑者の件に関して言えばセシリアに至っては当事者だ。コータス侯爵夫人が言う程面白がってはいられない。
「それにしても、また星将軍候補が、ねぇ。」
「また?」
「気にしないで、少し懐かしくなっただけよ。」
そう言って侯爵夫人は去っていった。
今日は疲れた。話し込んでいたせいか、広間に殆ど人が居なくなってしまっている。さあ帰ろう、そう思って扉の方に脚を向けた時、誰かがセシリアの肩を掴んだ。驚いて振り向くと、そこには2つの蒼眼があった。
「すまないが、君は少し残ってほしい。」
「わ、わかりました。」
理由があるのか気まぐれなのかはわからないが、取り敢えず目の前の美女は私を助けてくれたのだ。
「さっきは助けてくださってありがとうございました!」
礼を言うと、一瞬目を瞬かせた皇女は面白そうに笑った。
「なんで笑ってるんですか?」
「純粋に礼を言われたのは久しぶりだと思ってな。」
「え、、?」
普段、目の前の皇女はどのような生活を送っているのだろうか。
ただ、あまり良い噂は聞かない。花街の常連だとか、酒に賭博だとか、いつか刺されそうだの。
やっぱり知りたくない。気にしたら負けだ。
「普段から真面目にやらないからだろう。」
よく通る、爽やかな声が2人の会話に割って入ってきた。
「私ほど国の為に身を粉にして働いている人間はいないだろう?」
「そう自負するなら私生活を改めろ。女性関係でどれだけ周りが苦労していると思ってる。」
「悪いが心当たりがないな。」
「本当にいつか刺されるぞ。あと勤務中に飲酒するのはやめてくれ。苦情がきている。」
「苦情?ディアラの野郎だな。あいつも人のこと言えないだろう。」
とんでもない会話をセシリアの目の前で繰り広げるのはこの国の皇族である。
唖然とするセシリアに気がついたのか、声の持ち主がセシリアに向き直ったので、慌てて礼をする。
「この度は本当に申し訳なかった。」
何も関係ない筈の皇太子が本当に申し訳なさそうな顔で謝るので、セシリアの方もどうしたら良いかわからない。取り敢えず顔を上げてくれ、と言われたので顔を上げる。
セシリアの琥珀色の瞳と目が合った皇太子が、少し驚いたような、何かを懐かしむような表情になる。まるで出会った当初の皇女のような反応だ。
皇太子の反応を少し不思議に思っていたその時、セシリアの背後で誰かが呻いた。それと同時に憲兵の怒号が響き渡った。
今度はなんだとセシリアが振り返ると、まさにザイラス子爵が袖に仕込んでいたのであろう短剣をセシリアに向かって投げつけようとしていた瞬間であった。
セシリアが思わず目を瞑ると共に、何故かザイラス子爵の叫び声が耳に飛び込んでくる。恐る恐る目を開けると、ザイラス子爵の手が短剣で床に縫い付けられている。その短剣の柄の部分には、花柄の見事な琥珀の細工が施されていた。
「何をやっている!」
スカーレットの罵声が飛ぶ。憲兵がザイラス子爵の拘束を緩めた一瞬の隙をついたらしい。
「お前の、お前のせいだ!」
「子爵、それは貴方の逆恨みだ。彼女が巻き込まれる謂れは無い。追って沙汰を下す。牢で大人しくしていろ。」
セシリアを顔を真っ赤にして罵る子爵から庇いながら皇太子が告げたところ、痛みと怒りで吠えながら子爵は広間の外に連行されていった。
「セシリア嬢、重ね重ね申し訳なかった。」
「そんな、気にしないでください。」
また皇太子に申し訳なさそうな顔をさせてしまった。1日で2回も皇太子に深刻な顔で謝罪をさせる令嬢など聞いたことがない。
こんな前例も作りたくなかった。
*
「色々あったが事情は大体分かった。時間を取らせてすまなかったな。外に馬車を用意してあるから、今日は帰ってゆっくり休んでくれ。」
皇太子の申し出をありがたく受け取る。王宮の馬車に乗れる経験などそうそう無い為、ちょっと楽しみにしている自分がいるのは秘密だ。
子爵は、偶々クラウド・アーレンが死ぬ直前に彼がセシリアと会話しているのを見つけ、罪を擦りつけようとしたとの事だ。
本当に踏んだり蹴ったりである。
「1つだけお聞きしても良いですか?」
「どうした?俺に答えられることでよければ。」
「金髪で綺麗な青い髪飾りを着けていらっしゃったご令嬢は、どうして私のことを怪しいと?」
「あぁ、そのことなんだが、、。」
なんだか皇太子は非常に言い難そうな、困った顔をしている。何か不味いことを聞いてしまったのだろうか。
「セシリア嬢、君は俺の妹とダンスをしただろう?」
「はい。でも、それと何の関係が、、?」
「嫉妬したそうだ。」
「しっと。」
「不躾だが、その、君は婚約者とひと騒動あったのだろう?その件でレティに気に掛けられていた君が妬ましかったとの事で。」
「そんな理不尽なことあります?」
あんまりな理由にセシリアは脱力した。身に覚えのない嫉妬で自分は毒殺犯にされかけたのか。
「本当に、うちの妹がすまない。ーーー本当にいつかあいつは刺されると思う。」
2度あることは3度ある。3度も謝罪をさせてしまった事に最早何と言えば良いのかセシリアにはわからなかった。
スカーレットの方に目を向けると、暇そうに星空を眺めており申し訳なさそうな様子は全く見られない。寧ろどこかふてぶてしいまである。
夜空にはセシリアの内心とは真逆に、小さい星々が肉眼で視認できるほどに澄み渡っていた。
我が国が神聖視する星々は、今宵の人間たちの醜い狂想曲をどの様に思っているのだろう。
*
「お前がここまで真面目にやるなど、珍しいこともあるものだな。明日は雪か?」
「どいつもこいつも失礼だな。私だってたまには仕事くらいするさ。」
「やっぱり、彼女が似ているからか?」
「さあ、どうだか。ーー何たって、死んだ人間は生き返らない。」