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伯爵令嬢と正邪の天秤  作者: 秋田こまち
3/68

1ー3

「これはどういう事だ?」

 

 スカーレットが人混みを掻き分けてーーというより人混みの方が彼女の為に道を開けたのだがーーセシリア達の方へと近づいてきた。クラウドだった者とセシリアの姿を認識すると、スカーレットは眉を顰めて僅かに反応した。

 

「この女が、クラウド・アーレンを殺したのです!」

 先程1番にセシリアを糾弾した男性が顔を真っ赤にしてスカーレットに訴える。煌びやかな衣装に身を包み、指は輝く宝飾品によって彩られていた。

「次代の星将軍だぞ!こんな暴挙が許されるわけないだろう。誰か、憲兵を呼んでくれ!」

 喚く男性はセシリアの言い分を全く聞く気が無いようだ。



「黙れ。聞きもしないのによく喋る。」

 スカーレットはその男性を一瞥し、底冷えするような声でそう吐き捨てた。その男性の名前はバイエル・ザイラス子爵というらしい。顔を真っ赤にしてセシリアを吊ろうとしている彼も彼女の碧眼に見つめられ、これ以上は何も言えなかった。

 スカーレットが傍らの貴族に事情を確認するのを尻目に、セシリアは現実逃避する事しか出来なかった。 


「それで、セシリア嬢の言い分は?」

「私じゃありません!そのお方が青い顔をしてふらふらと歩いて来られたので、一声かけただけです!」






「嘘よ!」

 そう言って先程セシリアを吊ったご令嬢が叫ぶ。頬は紅潮し、声にも興奮の色が見られる。しかし、その視線の先にいるのはセシリアではなく美貌の第一皇女だ。

「すまないが、今は少し静かにしていてくれ。」

 薄桃色の口紅で彩られたご令嬢の唇にスカーレットの手袋に包まれた人差し指が当てられ、そのまま頬を染めてご令嬢は口を噤む。先程の男性に対するものより幾分か優しげな対応だ。

 なんか、もう、ここまで来ると流石である。


「セシリア嬢は何も心当たりが無い、と。」

「はい。」

「他に何か気がついたことは?」

「香水、、ですかね?今まで嗅いだ経験の無いような、アーモンドのような匂いがしました。」

「そうか。」

 

 そう言ってスカーレットは遺体の確認を始めた。勿論セシリアはその場から動けない。周囲の嫌な視線の中に、テティスの心配そうな視線を見つける。



 今日は何だか散々な日だ。婚約者に婚約破棄を突き付けられた挙句、殺人事件の犯人に仕立て上げられ掛けているのだ。自分だって、同じ状況の赤の他人がいたならば、同じ様に疑っていたはずだ。しかも、殺されたのは次代の星将軍。もし、本当に真犯人などになったら冤罪で処刑されかねない。

 

 今日は厄日に違いない。

 












 その後、王立憲兵による捜査が開始された。王宮主催の夜会で次代の星将軍が殺害されるという、前代未聞の大惨事だ。憲兵達の顔も普段より2割増しでおっかない。事件発覚直後にスカーレットが宮殿を閉鎖したため、真犯人は恐らくこの場に止まっている筈だ。

 憲兵に持ち物検査を申し出られたため、了承する。セシリアにやましい所は無いのだから。


「やはり毒殺かと。」

「毒の種類はわかるか?」

「いえ、そこまでは。しかし、即効性の毒が使われていたのでしょう。夜会が始まってから今の今までは普段と変わりない様子であったそうです。この会場で一服盛られた事は間違いないかと。」


 スカーレットと憲兵の会話を聞いて、セシリアの背中には嫌な汗が滲む。即効性の毒であれば、あの瞬間にセシリアが盛ったとしても、すぐに殺せる。

 実際はセシリアが会う前から体調不良であった様なのだが、それを証明できる人間は居ないようだ。本当に、セシリアと会った直前に盛られたのだろう。


 いいや、セシリアとクラウド・アーレンが話しているのを見たという人物は2人いる。最もその2人はセシリアを真っ先に糾弾しにかかった人間であるため期待できない。



「何も不審な物は持っていないようですね。」

 そう言って憲兵は結論づけた。目の前の憲兵も何となくセシリアを疑っている様に感じられたが、ひとまずは証拠など出なかったのだ。

 

「巫山戯るな!」

 その憲兵の結論に、ザイラス子爵が異を唱えた。この男はどうしてもセシリアを犯人にしたい様だ。子爵は全く見覚えの無い小ぶりの瓶を手に憲兵に詰め寄る。

「俺はさっき、この女のドレスからこの瓶が転がり落ちるのを見た!」

 そう言って、その瓶を憲兵の眼前に突き出す。瓶の中には毒薬らしき液体が入っていた。その物証に、憲兵達の視線は険しいものになる。


(これは、かなり不味いのでは、、。)


 困ったことに、全く心当たりがない。流石のセシリアだってもう恥も外聞もなく泣き出したい。



「本当にセシリア嬢のドレスから転がり落ちるのが見えたのか?」

「はい。憲兵の聴取を受ける前にドレスから。」

 スカーレットがこちらに歩いてきた。星将軍の臨場に、先程一瞥されたのを忘れたのか、ザイラス子爵が勝ち誇った笑みを浮かべた。


「その瓶はいつ頃拾った?」

「クラウド殿が倒れられる少し前です。そうそう、ちょうど陽気な未亡人が流れているあたりです。」

 己の言葉を疑うことなく自信たっぷりにザイラス子爵は告げる。皇女だって納得するだろうと言わんばかりの様子だ。

 しかしながら想像と異なる皇女の反応に、子爵は首を傾げる。



「それは不思議だな。私が陽気な未亡人に合わせてセシリア嬢と踊ったときに、そのようなな様子は無かった。そもそも、踊っている最中に瓶が転げ落ちたとして、私が気が付かない筈が無いだろう?」

 その言葉に一瞬で子爵の顔は凍りついた。

「、、そ、れは、貴方様が見逃したのでは?」

 口の端を戦慄かせながら弱々しくザイラス子爵は述べる。力の抜け切った口の端から涎のようなものが染みを作る。

 その様子に不快感を滲ませながら、スカーレットは子爵の訴えを一笑した。

「お前は私が毒瓶に気が付かない間抜けだと言いたいようだな。」

 その言葉に今度こそザイラス子爵の顔は色を失う。もはや青を通り越して蒼白である。皇女は己の敵側であると察知したのであろう。



「私とセシリア嬢が踊ったのを見ていなかったのか?ーーそれとも、一服盛るのに必死で気が付かなかったのか?」

 ザイラス子爵の顔が凍りついた場面を見た他の参加者達は、一様に男に視線を向ける。この状況から自分が怪しまれる側へと陥る事になるなど心構えしていなかったのであろう。男はあからさまに狼狽える。


「セシリア嬢は先程、クラウド・アーレンからアーモンドの様な匂いがしたと言った。今はもう匂いは消えているだろうが。それは青酸カリに特有の匂いだ。青酸カリは摂取した後、胃酸と混じり合う事で有毒ガスを発生することによって、、。まあ詳しい説明は省こう。ともかく、即効性の毒薬ではない。即効性に見せかけるには適した毒薬ではあるが。ーーーつまり、あの場で一瞬会話しただけのセシリア嬢にクラウド・アーレンを毒殺するのは不可能だ。後で胃袋を開いてみろ。すぐ分かる。」


 そう言うと、スカーレットは瓶を奪い取ってその匂いを嗅ぐ。

「この瓶からは、全くアーモンドの匂いはしない。別の即効性の毒薬でも入っているのだろう。」


「それは彼女が嘘をついているんです!ほら、そこのご令嬢だって最後に会話したのを見たと言っていたでしょう。その時にクラウド殿がお元気であれば、彼女の罪は立証されます!」

 そう言って、先程セシリアを吊ったご令嬢を指差した。金色の髪の毛に青い宝石の髪飾りをつけた彼女のーーーよくよく見れば、最初にスカーレットと戯れていた令嬢の1人だ。


「お前も見たよな?な?」

 物凄い剣幕で、子爵は令嬢に迫った。何故令嬢が虚偽の証言をしたのかは分からないが、彼女の顔は真っ青だ。ここまでの大事になるとは想像していなかったのだろうか。

「わ、たし、、」

 そう言ってたじろぐ令嬢に、子爵は更に追い討ちをかける。





「本当に見たのか?ご令嬢。」


 スカーレットが()()()()でその令嬢に問いかける。青い顔をしていた令嬢の頬が紅潮する。


「私が夜会に居ながら、星将軍が殺されて犯人不明などという羽目になれば私が陛下から怒られてしまう。別の人間を誤って犯人と検挙するなどもってのほかだ。」


 そう言って令嬢の手を取り、指先に口付けた。


「もし夜会への参加を咎められてしまったらーー今までのように君たちと会えなくなってしまう。それでは私が寂しいじゃないか。」


 令嬢はあっさり落ちた。というか、興奮極まってまるで薬でもキメたかのような恍惚とした表情である。


 そりゃあそうなるわな、とセシリアは思う。あんな美貌の皇女に甘い笑顔で迫られたら、個人的な秘密から金庫の鍵の在処まで暴露してしまいそうだ。



「私、見ました。最後にクラウド様と話していたのはセシリア様ですが、彼女は何もしていません。その頃にはクラウド様は既にかなり気分が悪そうでした。」

 その言葉に、ザイラス子爵は崩れ落ちる。何が何だかわからないし、何故あの令嬢が自分に不利な証言をしたのかはわからないが、お陰で疑いは晴れたようだ。


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