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伯爵令嬢と正邪の天秤  作者: 秋田こまち
2/68

1ー2

 セシリア・バイロイト、人生最大のピンチであった。先程己の婚約者が分不相応にも愛を囁きに行った相手が目の前にいるのだから。それも勝気な悪魔の如く笑みを浮かべて。


「先程のーー誰だったか?あの男は君の婚約者だったそうだな。婚約者のいる身の上でよくもまぁ分不相応なことだ。」


 セシリアの顔を見た第一皇女の表情が僅かに揺らいだように見えたのは気のせいだろうか。今は悪魔の如く笑みを浮かべてセシリアに向き合っている。


(お、怒っていらっしゃるのかな。)


 ロベリアは、彼女がご令嬢方とお楽しみになっていた所を邪魔した挙句に不敬極まりない行動に及んだのだ。


 ーーーあのやろう、本当にとんでもないことしてくれたな。


 セシリアは心の中でロベリアに恨み言を言うが、自分の顔の表面には汗が滲んでいるのが感じられる。心臓も痛いほどに脈うっている。


「とって喰ったりしないから安心してくれ。」

 そんな自分の様子に気がついたのか、スカーレットは笑いながらセシリアの肩を叩いた。そしてそのままセシリアの手を取り「一曲どうだ?」と伺いを立ててきた。

 セシリアは訳もわからず頷く事しかできなかった。とんでもない美貌が自分の眼前にあったら誰だって挙動不審になる、仕方ない、と言い訳しながらスカーレットに手を引かれてダンスを踊る貴族の輪へと歩いていく。勢いに押されたとも言う。エスコートが完璧すぎて最早何も言えない。


 ふとテティスの方を見ると、衝撃から早くも立ち直ったのか、いい笑顔でゴーサインを出している。頼もしいことこの上ないが、今この瞬間でそんないい笑顔を見せてくれなくとも良い。






 

 大理石の床に、色とりどりの靴で飾られた脚がステップを刻む音が響き渡る。美しい壁紙で彩られた壁際には、様々な楽器を奏でる演奏家たちが見事な音色を生み出す。広間の隅に置かれた宝石で装飾されたグランドピアノから流れる軽やかな音色が参加者たちの頬を撫でた。

 陽気な未亡人(メリー・ヴィドウ)、夜会でお馴染みの曲だ。莫大な遺産を持つ未亡人とその元恋人が織りなす協奏曲、このような日にはおあつらえ向きの曲だ。


 周囲の人々は面白そうに踊るセシリア達を見つめるが、セシリアにそんな事を気にする余裕は無い。


「脚ふんじゃったらすみません、、。」

「ここまできて言うことがそれか。」

 顔を青くして呟くセシリアに、スカーレットが面白そうに言葉を返す。

 スカーレットの方は流石というべきか、完璧なリードである。職業柄故か、体幹が全くぶれる気配がない。これもロベリアとは大違いである。


「ご令嬢、お名前を伺っても?」

「セシリア・バイロイトです。、、あの、どうして私をダンスに?」

「好みだったから。」

「嘘でしょ。」


 その言葉に驚いて脚がもつれる。ふらついたセシリアをスカーレットが支えてくれた。「それに」と悪戯っぽく笑って彼女は付け加えた。その表情も大層魅力的である。


「自分が迫った女と自分が振った女が踊っているのを眼前で見せつけられる。あの男はさぞかし良い気分だろうな。」


 移り気の強い彼にはセシリアも困っていた。それに加えて今回、とんでもない醜聞を背負わせてくれたのだ。呆然とこちらを見つめるロベリアに、自分の胸の内が空いた気がした。


 普段は色狂いだの悪魔だのと割ととんでもない呼ばれ方をしているが、悪魔だって案外捨てたものじゃない。










「ちょっとセシリア凄いじゃない!どうだったの?」

「どうって?」

「ダンスに決まってるじゃない!皇女殿下と踊る機会なんてそうそう無いわよ。」


 踊り終わって這々の体でテティスの所まで逃げ帰ってきたセシリアに、顔を合わせて早々に彼女が宣ったのである。

 

「とにかく顔が良かった。なんか良い匂いもした。」

「語彙力死んでるわよ。」


 何となく周りから見られているような気もするが、「皇女様はすぐに口説きにかかるから」と珍しくも無い光景のようで、思ったよりも注目されておらず安心した。



「皇女様を使って仕返しするなんて、貴方なかなかやるじゃない。」

 そう言って面白そうに声をかけてきたのはコータス侯爵夫人。ロベリアと揉めた時、近くで見物していたそうで事情もバッチリ知っているらしい。


「使ってだなんて恐れ多い、、!」

「気にすること無いわよ。あのお方はいつもああだもの。身の程知らずの婚約者殿のお相手が気になったんじゃないかしら。声をかける理由なんて気分よ気分。」

 そんな朗らかに言わないでほしい。コータス侯爵夫人は皇女様方が参加される夜会に呼ばれる機会も多いのだろう。特段驚くこともないのだろう。



 バイロイト家は伯爵家とはいえ、あまり裕福な方ではない。というか少し前までは家計は火の車だったのだ。祖父や叔父の代でバイロイトの財政は悪化し、5年前に父が領地を継いだ頃にはかなり酷い状態だった。父がバイロイトの立て直しを図り、やっとどん底から這い上がれたのだ。バーレイ伯爵家との事業提携もその一種である。


 セシリアのデビュタント以降は夜会に参加する機会もあまり無かったし、参加したとしても伯爵家以下が大部分を占めるものが殆どだった。だからこそ、こういった王宮主催の幅広い層が参加する夜会でなければ、侯爵家や公爵家、ましてや皇族の人間と相対する機会は殆どないのだ。


「でも、星将軍の皇女殿下と踊れるなんて夢のまた夢でしょう?」

「人生で1番きんちょうした。」

 心底羨ましいといった様子でテティスは離すが、セシリアは心底胃が痛い。







 取り敢えず、何か冷たいものを飲んでスッキリしたい。セシリアは少し離れた所に給仕の侍女を見つけ、テティスから離れて飲み物を貰いに近づいた。

 その時、1人の男性がふらふらとした足取りで歩いていた。足取りが覚束ないため酔っているのかとも思ったが、酔っ払いとは対象的に顔色は真っ青だ。


「大丈夫ですか?」


 あんまりな状態に思わず声をかけるが、頷いただけで何も言葉を返さずにその男性は立ち去った。その男性がセシリアとすれ違ったとき、仄かにアーモンドのような香りがした。


 その数瞬後、その男性は血を吐いて倒れたのだ。真っ赤な血が口から溢れ出し、倒れる時に引っ掛けたグラスの山が派手な音を立てて割れた。一瞬の静寂の後、小宮殿の大広間には悲鳴が響き渡った。

 彼の側にいたセシリアも思わず小さく悲鳴をあげた。



「クラウド・アーレンだ。」

「間違いないわ。」

「次の星将軍が殺された。」

「やっぱりあの日から星将軍の席は呪われてるんだ。」



 どうやら、セシリアの目の前で死んでいったのは星将軍の候補であったクラウド・アーレンであったそうだ。名前くらいは聞き覚えがあった。

 星将軍ーーーアルビオン帝国の誇る12人の将軍たちである。天球の黄道に輝く12星座になぞらえ、星座の名を冠する12つの席が用意されていた。彼らの強さはその他と一線を画し、近隣諸国からも畏れられている。あの日、という言葉に心当たりはないが。



 




「あの女が犯人だ!」

「わたし?」

 その時、1人の男性がセシリアを指差して叫ぶ。あんまりな言い掛かりにセシリアは思わず聞き返してしまう。心当たりが無いにも程がある。

「彼女と話した後にクラウド殿は亡くなられたのだ!」

 その彼の言葉に、何処ぞのご令嬢の声が続く。

「私も見たわ。彼女が最後にクラウド様と喋っていたの!」



 彼らの証言を皮切りに、小宮殿の視線がセシリアに集まる。その視線には疑いと、憤怒と、侮蔑の感情がありありと乗せられていた。

 実際に、クラウド・アーレンはセシリアと話したすぐ後に血を吐いて死んでしまったのだ。運の悪い事に、怪しい事この上ない。

 周りの雰囲気は、まるでセシリアが犯人だと言わんばかりのものへと変わる。心当たりのない罪状に、セシリアの心臓は痛いほどに悲鳴をあげている。ガラガラと足元が崩れ落ちるかのような錯覚に陥る。


(ーー助けてシシィ!)






「これはどういう事だ?」


 思わず祈るセシリアを他所に、現場を中心として人々が円を描くように集まっていた。その円が割れるようにはけ、1人の軍人が歩いてきた。天秤座の席に就く、星将軍スカーレット・アルビオンだ。

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