4ー1
(なんで、こんな状況に、、。)
白を基調とした調度品に、モンフォール製の硝子花瓶に活けられた花。灰色のカーテンの裾は金色の花柄刺繍で彩られている。何の変哲も無い、セシリアの部屋である。隣にいる美貌の第一皇女以外は。
「どうして殿下がバイロイトにいるんですか?」
「義姉の実家に私がいたところでなんら不自然は無いだろう。そもそも誰のせいだと思ってる。」
「えぇ、、。」
お忍びだから問題ない、と言っていたが問題しかない。
スカーレットにシシィの戸籍を調べたいと申し出たところ、条件付きで許可が出たのだ。その条件というのが要約すると「お前だけだと不安すぎるから同行する」との事だ。
使用人夫婦の養子であったシシィに戸籍が無かったのは不自然だと思い、バイロイトの屋敷で調べ物をするつもりだったのだ。自宅だから危険も何も無いと思うのだが。
「皇女殿下はこんな所にいて大丈夫なんですか?、、アルセーヌとも和解できてないと聞くので。」
「一旦は勝利しているからそちらはまだ余裕はある。それに、周りの奴らとも辛うじて開戦には至っていない。誰が最初にアルビオンに挑むかを様子見しているといった具合だな。」
ならば、大丈夫なのだろうか?
それにしても、自分はそんなに信用がないのだろうか。
(まさかサボる為の口実じゃ、、)
「何か言いたげだな。」
「滅相もございません!」
「バイロイトで戸籍と身元を確認するという話だったな。」
「はい。ーーシシィの戸籍は後ほど用意されたものなんですよね?」
「ああ。貧民街出身と本人は申告していたため後々こちらで用意したんだ。その養父母たちは?」
「数年前に無くなっています。だから、父に話を聞こうかと。」
「お前の父親は何も言わんのか?自分の家の使用人が国家反逆罪を起こしたなど穏やかではないが。」
「多分、私以外シシィが元気でやっていることを知らなかったんです。訳あって誰も彼の話をしていなかったので、事件と彼を結び付ける人はいないかと。名前を聞いても、同名の別人と考えるでしょう。」
「そうか。」
訳とはセシリアの叔父に関する事である。彼が当主としてバイロイトに君臨していた際、シシィの話をすると極端に機嫌が悪くなったので誰も彼の話をしなかったのだ。何故、あの叔父が一介の使用人にそこまで過剰に反応するのかはわからなかったが。
*
「お父さん、今ちょっと時間ある?」
「大丈夫だ。どうかしたのか?」
「ちょっと聞きたい事があるんだけど、、お客さんも一緒でいい?」
「構わないよ。テティス君かな?」
「ごめんねお父さん。」
まさか、セシリアの客が皇女であるとは想像もしていないだろう。案の定、室内へと入ってきた人物を見て父の顔が限界まで引き攣る。
「えっと、、私の付き添いで来てくれてるだけだからあんまり気にしないで。」
「無茶言わないでくれ。」
「流石に伯爵が酷だろう。」
しかし、スカーレットの顔は到底気の毒そうに思っているようには見えない。この様な反応には慣れきっているのだろう、気にすることなく執務室のソファへと腰掛けた。セシリアもそれに倣い、スカーレットの隣へと腰掛ける。
「お父さん、シシィのことって覚えてる?」
「覚えているよ。」
その言葉に、僅かながら驚いた様子の父であったが、特段変な反応を見せることもなく肯定する。
「今、何してるかわかる?」
「、、すまないが心当たりが無い。12年前に我が家を去って以来、彼の消息は不明だ。」
セシリアの質問に対し、僅かに父の目線がそらされた。一瞬のことだった為、気に留めることはしなかったが。
「なら、話を変えるけれど、最近噂になってる5年前の間諜の話って知ってる?」
「お前も知っていたのか。まぁ、今では知らない人間の方が少ないくらいだからな。それがどうかしたのか?」
やはり、父はこの2つに関連性を見いだしていないのだろう。寧ろ、父は5年前の緘口令が敷かれた事件については知らない側だ。
「5年前の件は、シリウスって名前の人が起こした事件なんでしょ?」
「私も初めは驚いたよ。まさか彼と同じ名前だなんて。ーーシリウスという名前は全く見かけない訳では無いが、物凄い偶然だな。どうしてこんな事を私に聞くんだい?」
どうやら、シシィについて何か知っている様子ではあるが「大罪人シリウス」の方については心当たりが無いようだ。
「セシリアが聞きたかったのは彼についてかい?」
「うん。シシィについて、何か知ってることはない?どうして叔父さんはあんなにシシィを嫌っていたの?」
「彼には申し訳ないが、兄が何を考えていたかなど私にはわからないな。」
「そっか。なら、どうしてシシィには戸籍がないの?」
「、、何故お前がそれを知っている?」
確かにその通りだ。普通、個人の戸籍を調べてどうこうするなど憲兵か犯罪者くらいのものである。一介の令嬢がとる行動ではない。
セシリアは「やっちまった」と思ったがもう遅い。父は訝しむ様な視線をセシリアに向けている。これだけ警戒されてしまえば、聞けるものも聞けなくなる。
「セシリア、お前は、何を知ったんだ?」
シシィの件について知らないであろう父が何について焦っているのかは分からないが、取り敢えず不味い状況だというのはわかる。
貴族として長い間、狸や狐と腹の探り合いをしてきた父から怪しまれずに情報を聞き出そうとしたのは無謀だったかもしれない。胃薬との付き合いも長かったようだが。
(どうしましょう皇女殿下、、)
思わず、隣に座っているスカーレットに縋る様な視線を向けてしまう。
そのセシリアの内心に気がついたのか、呆れたように彼女は溜め息をついた。その視線はまるで残念なものを見るようなものだ。
「バイロイト伯、彼について知っていることを話してもらおう。」
「、、バイロイト領内で孤児として拾われ、12年前に屋敷を去ったということ以外分かりかねます。何故、今になって彼のことを?」
「嘘だな。」
「私は嘘などついて、、」
「お前の顔を見ればそのくらい分かる。それとも、私が言い掛かりをつけているとーーそう言いたいのか?」
その言葉に父の顔が苦いものになる。普段から胃薬を愛用するくらいであり、父はセシリアほど図太くも肝が座っている訳ではない。その父が、皇族相手に一体何を隠そうと対峙しているのであろうか。
「そもそも、何故殿下が彼のことを?」
「お前のところの元使用人がアルセーヌの間諜だったからだ。」
父の目が見開かれた。信じられない、という感情がありありと表に出ている。乳幼児の頃からバイロイトにいた筈の使用人が他国の間諜などと知らされたのだ。セシリアが父の立場ならば全く同じ反応を返すだろう。それよりもーー
「何で言っちゃったんですか!?」
「押し問答は面倒だ。手荒な真似をするわけにもいかんからな。」
そのセシリアの反応に「お前も知っていたのか」と父が表情で語りかけてくる。
「私は話してくれ、と言ったんだ。言い訳しろとは言っとらん。だから、全て話せ。これは命令だ。」
とんだ暴君である。流石のセシリアもこんなふうに詰められたら要らんことまで暴露してしまいそうだ。まぁ、令嬢相手ならば色仕掛けで行くのであろうが。
父がふとセシリアの方に視線を向ける。そこに気遣わしげな色が見てとれた為困惑したものの、力強く頷いたセシリアに対して観念する様に項垂れた。
セシリアが皇女と共に乗り込んできた辺り、引くつもりが無いことを察したのだろう。