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伯爵令嬢と正邪の天秤  作者: 秋田こまち
18/68

3ー8

心ここに在らず、といった様子でバイロイトに帰ったセシリアは家の人間に大層心配された。比較的図太い部類に分類されるセシリアがこの様な状態に陥ることは殆ど無いので無理もない。


 メアリが湯気が立った暖かいホットミルクを持たせてくれた。蜂蜜入りでほんのり甘い。セシリアは昔からこれが大好きだった。亡くなった母がよく作ってくれたのだ。









 シシィが間諜だと疑われた理由は2つ。1つは元々戸籍が無かったから。もう1つ、こちらが大本命だが、シシィの部屋からアルセーヌとの手紙が発見されたこと。

 戸籍云々は置いておくとして、アルセーヌとの手紙だ。シシィが間諜で無いと仮定するならば、第三者が彼を嵌めた事になる。寧ろ、()()()()()()()()を持っていた第三者こそこの上なく怪しい。


(つまり、シシィを嵌めた第三者を見つけ出せば、状況は好転するってこと?)


 そんなのシャロン将軍辺りがとっくに調べている筈だ。セシリア如きにどうしようも無い。


 そもそも、シシィが本当にやっていないという確証はない。寧ろ、セシリアの願望めいた妄想である。実際に星将軍の就任式に毒の塗られた短剣を持ち込んだ挙句、皇女に斬りかかっているのだから。

 しかし、自分を妹のように可愛がってくれたシシィが、自分の目にはどう見ても善人にしか見えなかったシシィがその様な凶行に及ぶとはどうしても考えられない。「悪人だけが人を殺すんじゃない」と言ったスカーレットの姿が脳裏を過ぎる。





 セシリアは徐に、机の鍵付きの引き出しに仕舞われていた手紙の束を取り出す。ありし日に、シシィとやりとりしていた手紙だ。ちょっぴり歪んだ文字に懐かしさを覚えていると、1番上の最後にやりとりした手紙が目に入る。

 やっと恋人と一緒になれる、と言った様な内容が書かれていたのでよく覚えている。「いつか紹介させて欲しい」という言葉を楽しみに待っていたのだ。もう5年も経ってしまったが。

 何の証拠にもならないが、そのタイミングで彼がその様な行動に及ぶとは思えない。



 しかし、幾つか不可解な点もあるのだ。シャロン将軍の様子を見るに、彼女もまたシシィの件に不審感を覚えているのではないか。

 そしてまた、スカーレットの様子も何となく引っかかる。殺されかけたならば怒るのも当然だが、彼女の性格上その場で斬り捨てていても不思議じゃない。それに、殺されかけたくらいでは根に持たないだろう。大概の場合、彼女の手によって相手はとっくに地獄行きになっているのだから。死んだ人間の行動に思いを馳せるほど彼女は殊勝な性格はしていない。




 もし、自分の兄貴分の為にできる事があるとすれば、1つ目の証拠ーー戸籍について調べる事だ。シシィはバイロイトの高齢の使用人夫婦の養子だった筈だ。てっきりその時に戸籍も用意されたと思っていたのだが、どうやらそうでも無いらしい。

 

 しかし、セシリアが勝手に動いたら駄目だろうなということくらいは分かる。しかし、シシィの件は勿論、このまま袋叩きになどあったら最前線に送られるのは己の婚約者や、、義妹なのだ。


(いや、考えてばかりでも仕方ない。)


 考えすぎるのはセシリアには似合わないのだ。













「と、いう訳で許可をください!」

「待ってくれ。何がどうしてそうなった。」

「勝手に調べ回るのは不味いかと思いまして。」

「何故そこは熟考できるんだ。」


 相談した時点で追い返されても仕方ないと覚悟していたのだが、意外にも最後まで話を聞いてくれた。珍しくその碧眼に呆れの色が見て取れる。

 


「状況が変わったら儲け物、くらいの気持ちです。」

「あの男はあの場で現行犯逮捕されているんだぞ。よくそんな世迷いごとが思いつくな。」

「考えるのはタダですから。」

 そう言うと、スカーレットの表情が微妙なものになる。美人はどんな顔しても美人なんだな、と場違いにもセシリアは思った。



「そもそも、何故私にその話を持ち掛けた?まだ兄さんに話を持ちかけた方が望みはあっただろう。私が殺されかけた相手を冤罪だと言うお前に許可を出すと思っているのか?」

「なら、何でその場で斬らなかったんですか?」

 その言葉に、目の前の彼女の表情が怪訝なものに変わる。



「殿下ならできたでしょう?」

「お前、」

 スカーレットの瞳が怒りに染まり、その空が揺れる。

 しかし、セシリアは今ここで引く気にはなれなかった。その反応は何かあると言っている様なものだ。


 普段、やりたい放題やっている様に見えて、彼女が感情的になることは意外にも殆ど無い。だから、腹を立てて同僚に罵声を飛ばす時も、甘い笑顔を浮かべて令嬢を口説いている時も、その空が揺れるところをセシリアは見た事が無い。唯一あるのは初対面の時くらいだろうか。



「だから、貴方に聞いたんです。協力して欲しいとは言いません。ただ、許可が欲しいんです。勝手に調べるのが不味いことくらいは私にも分かるので。」

 一歩も引く様子の無いセシリアに、スカーレットは矛を収めた。


「無駄に危険な目に遭うだけだぞ。死人の秘密を暴いたところでお前に利は無いだろう。」

 スカーレットは冷たく、咎めるように言い放つ。


「構いません。無駄なことなんてありませんよ。やるだけやってダメなら諦めもつきますけれど、やらない事には何も始まりませんから!」


 その言葉に、スカーレットの表情はひどく懐かしいものを見るようなものになった。空を閉じ込めた様な碧眼は、どこか遠い過去を見ているかの様だ。


「そうか、勝手にしろ。」

「あ、ありがとうございます!」



「ただし、条件がある。」

「何ですか?」

「私も同行する。危なっかしくて見てられん。」

「、、、えっ」







**









「随分と無謀な挑戦だな。」



「おいおいひでぇな。やってみなきゃわかんねえだろ。」


「無駄足踏むだけだぞ。」



「無駄なことなんてねぇよ。やるだけやってダメなら諦めも着くが、やらないことには何も始まらねえからな!」


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