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伯爵令嬢と正邪の天秤  作者: 秋田こまち
15/68

3ー5

「随分と気前がいいな。」

 

 そう呟いたのはスカーレットだ。


 終戦後、アルビオンの王都内に位置するアルセーヌ大使館で講和が進められていた。アルセーヌ側の大使はラフィエル・ノアイユと言う年若い青年だった。彼は、アルビオンにとって破格の条件と共にアルセーヌからやって来た。


 莫大な賠償金に始まり、運河の優先権や関税問題に至るまで、怪しいくらいにアルビオンに有利な条件でしょうねる。


「貰えるものは有り難く頂いておきましょう。」

 そう返答したのは、ルードヴィヒ・ザルム。射手座を冠する星将軍である。今回アルセーヌ戦線へと赴いた2人の星将軍の片割れである。



「あっさり終わったのは結構だが、本当に色々と無駄足だな。」

「物足りないようですね。皇女殿下は血の気が多くていらっしゃる。」

「黙れ人妻趣味。ーーそれにしても、何故今回アルセーヌは攻めてきた?まぁ、5年もあれば国力もそれなりに回復するだろうが。」

「痴情の絡れで刺されそうな貴方には敵いませんよ。ただ、あちら側も間諜の2、3人は送り込んでいるはずです。勿論、戦争になれば貴方が星将軍として立ち塞がることも想像出来るはずです。」

「アルセーヌが頭の足りない馬鹿なら問題無いが。ーーー5年前の戦争を覚えているか?随分と絶妙なタイミングだっただろう。」



 5年前、天秤座を冠する先代将軍が死に、シリウスが例の事件を起こし王宮が混乱している、アルビオンにとっては致命的な瞬間にアルセーヌは進行してきたのだ。寧ろ、間諜であるとされるシリウスが致命的な状況を作り出したとも言える。


 東方国境において戦い慣れている将軍の不在時を狙って攻めてきたのは偶然でないと考える者は、僅かながら存在する。スカーレットの凶行とも言える反撃により、事なきを得たのだが。



「何も無いに越したことはないのですが、それが偶然でなければかなり面倒臭いことになりますね。今回だって、一応次代の星将軍が殺されたすぐ後です。」

「全くだ。あれ以来、間諜対策は厳重になったと思ったんだがな。」

「5年前のアレは兎も角、今回のは誰でも知っている事件ですから仕方ないですよ。」 


「今回は拍子抜けするくらいあっさり終わっている。だから余計に気味が悪いな。向こうの狙いがわからん。」

「私たちの考え過ぎかもしれませんし、もう少し様子見に徹するのはいかがですか?」



 肯定の言葉を返す代わりに軽く頷いたスカーレットは、話は終わりだと言わんばかりに席を立つ。それに続いてルードヴィヒも席を立った。


 その場には飲みかけのワイングラスが2つ残されている。モンフォール製の透き通った美しいガラスにはヒビが入り、そこから血の色の様な葡萄酒が流れ出しテーブルクロスに染みを描く。

 その場を去った2人の将軍は、その光景に気がつくことは無い。












 太陽の沈みかけている夕暮れ時、王都はひんやりとした涼しい空気に包まれていた。風に靡いてそよそよと音を立てる街路樹がなんとも涼しげである。

 家々や店の扉には、朝顔や百合といった花々と彩やかな貝殻を組み合わせた花細工が掛けられている。これはアルビオンの風物詩であり、至る所で見受けられる。



 そんなひんやりと落ち着いた雰囲気とは裏腹に、メクレンブルク広場沿いの大通りを抜けた先にある、王立憲兵局は茹だる様な熱気に包まれていた。

 その理由は、アルセーヌから来た大使であるラフィエル・ノアイユが殺害された事にある。死因は腹を複数箇所刺されたことによる他殺。寝室で霰もない姿であったことから、痴情の絡れで殺害されたとの見方もある。


 しかし、講和成立後に相手国の大使が死んだとあっては大惨事も良いところである。憲兵も血眼になって事件の捜査をしているが、犯人は見つかる気配は無い。


 アルセーヌ側は、「アルビオンは我が国と和解する気はない。我が国は既存の安寧を保つ為、可能な限り最大限の権利をそちらへ認めた。その結果がこれだ。」と怒りの声をあげている。








「かなり不味いことになったわね。」


 そう言って紅茶で喉を潤すのは憲兵局長と星将軍を兼ねる、ルネ・シャロンだ。

 局長の執務室は品の良い調度品で揃えられ、外の騒ぎを全く感じさせない落ち着いた空間である。


「悠長に構えすぎたな。」

「ですね。進行ではなくこちらが目的だったようです。」


 ルネ・シャロンの正面のソファに腰掛けて話すのは、アルセーヌと一戦交えた2人の星将軍である。片方は面倒臭そうな、もう片方はどこか冷たい人好きのする笑みを浮かべて。


「だったらもう少し焦ってくれないかしら。どうしてこの非常時に職務中飲酒ができるのよ。」

「飲まないとやってられるか。そもそも私は酔わん。」

「不愉快ですが、同意です。」

 諦めたのか、ルネ・シャロンが言葉を続ける。


「で、犯人は見つかりそうか?」

「いいえ。目撃者、不審者含めて虱潰しに探しているけれど、該当者はいないわね。そもそも、アルセーヌの大使館だからうちの憲兵は彼らの協力する範囲外で捜査できないの。」

「クッソ、やられたな。」

「犯人が我が国の人間にしろ、彼方の揉め事にしろ、犯人探しはほぼ不可能ですよ。」


 大使館にはその国の法律が適用される。そして、アルセーヌ大使館はアルセーヌの領土扱いだ。アルビオンの法律に則って捜査を行うことは出来ない。強引に踏み込めば、国際問題まった無しである。



「最悪の場合、今以上にクソみたいな事態になるぞ。」

「アルセーヌとはこれ以上無い緊張状態だけれど。」

「アルセーヌじゃない。その周りだ。誰が見てもひと目でわかる破格の講和条約、それすら反故にしたアルビオン。これをみて周りの国はどう思う?」


 その言葉に、ルネ・シャロンが苦い顔をする。ルードヴィヒ・ザルムの方は気が付いていたようだが。


「何を差し出しても、アルビオンとは和解出来ない。だから、どの国もアルビオンを何とかしようとする。」



「その通り。アルビオン対大陸諸国の世界大戦だ。」


 




 

 


 

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