公爵邸のお茶会
「……凄いな、これが天下のガルシア公爵家の邸宅か」
アデラに誘われるまま、ドーラは従兄のカイルに同伴してもらってお茶会に参加すべく公爵邸を訪れていた。ガルシア公爵邸は宮殿にほど近い王都の中心部に位置しており、それなりに立派な邸宅であるはずのクラーク邸ですら霞んでしまうほど荘厳な建物だった。
「あら、そちらは従兄のモリス侯爵令息……でいいのかしら。実際に会うのは初めてね。貴女たちが来るのを待っていたわ」
玄関に到着するやいなやすぐに軽やかなデイドレスを身に纏ったアデラが現れて、ドーラ達を案内してくれた。ドーラもカイルもこのような場に来るのは初めてで、服装などマナーに関しては事前に母に確認をしてから来たのだが、会場を見る限り高位の令嬢令息の中でも自分たちだけ浮いたりはしてないようだ。
「おい、あれ…… まさか、第二王子まで来てるのか!?」
カイルが耳打ちした方角に目を向けると、そこには確かに第二王子であるルークの姿があった。もちろんこれはアデラの作戦の内だと分かっているのだが、それでもドーラの心臓は緊張でバクバクと鳴っていた。
『わたしくが学園に入学してから初めてのお茶会ということで、親しくしている高位の貴族令嬢や令息たちはみんな来てくださる予定なの。婚約者のアルバートはその日公務で来られないから、代理としてルークがお茶会に参加するわ。そこで貴女を彼に紹介してあげるから、大々的に婚約者の立場でないことを表明してごらんなさいな』
あの日図書館でアデラに言われたことを、ドーラは心の中で必死に思い返す。この場できちんと噂を払拭できれば、少なくとも高位の貴族からいらぬ誤解をされる事態は回避される。そのことがいかに大きなメリットなのか知らないほどドーラは愚鈍ではない。ここで怖気付いて失敗する訳にはいかないのだ。
「カイル、あなたはどこか近くの椅子で休んでて。私はアデラ様に紹介してもらって、誤解を解いてくるから」
「側にいなくても大丈夫? 今日は割と調子いいんだけど」
「大丈夫よ、小さい子供じゃないんだから。 ……それじゃあ、行ってくるね」
カイルが無事椅子に腰掛けて松葉杖を置いたのを確認して、ドーラはアデラに連れられるまま第二王子の近くへと移動する。第二王子は入学式の挨拶の時に入れ替わりで姿を見かけたくらいだったのだが、アデラと共に近づくとすぐに気付いて姿勢を正してみせた。
「やあ、アデラ。それに君は、噂のクラーク令嬢だね」
「ええ、せっかくの機会だから彼女もここに招待したの。噂については、百聞は一見にしかずっていうでしょう?」
「それはそうだ。まさかムーア令嬢も招待してるの?」
「そんな訳ないでしょう! あんなお茶会の品格を落としかねない礼儀知らずな令嬢、手違いでも招いたりしませんわ」
どうやらアデラの中でヒルダの評価はかなり低いらしい。ドーラとしても彼女には煮湯を飲まされた覚えしかないので適当に相槌を打っておく。
「まあ、せっかく大衆の耳目が揃っていることだし、単刀直入に聞いてしまおうか。君が僕の婚約者に名乗りを上げてくれているって噂、本当だったりする?」
「そ、そんな、滅相もございません! 私如きのしがない者に、とても殿下の婚約者なんて務まりませんとも。あんなものは所詮悪質な噂に過ぎません!」
「あらあら、振られちゃったわねルーク」
「酷いなあアデラ。でもまあ、確かに僕が本命だっていうなら従兄にエスコートを頼んだりしないもんね」
この国では未婚の貴族令嬢が社交の場に参加する時は基本的にエスコートを伴うのだが、婚約者を探している時は母親や既婚の姉や親族女性、もしくは侍女を伴い、婚約者が決まっていたり探していない時は父親や兄弟、従兄弟などに同伴してもらう仕来りになっている。だからこそ社交慣れしている母親ではなく従兄のカイルに一緒に来てもらったのだ。
「それに、これは先日父上から伺った話なのだけれど…‥. モリス侯爵は近い内に娘のクラーク夫人に爵位を譲られるそうよ。もしそうなればドロシア令嬢は次期侯爵、成人後は次期王弟として公爵位を賜る殿下とはどうしたって婚約は成立しないわね」
まさか身内の間で進んでいるモリス家の爵位相続の話までアデラに把握されていたとは思わず、ドーラは思わず面食らいそうになってしまった。周りの令嬢令息たちも初耳だったようで、周囲は随分とざわついている。アデラの情報網に慄きながらも、なんとか笑顔を浮かべてルーク王子に向き合ってみせる。
「そういう訳ですので、殿下とは在学中良き友人でいられたらと思っております」
「確かに、君のような友人に恵まれたなら素晴らしい学園生活になるだろうね。アデラ共々よろしく頼むよ」
にっこりと微笑むルーク王子に深々と頭を下げて、ドーラはアデラと一緒にその場を離れた。アデラは道中他の令嬢に呼び止められたので、ドーラはうまいことくぐり抜けるようにしてカイルの元へも戻っていった。
「お疲れ様。見た感じ、上手くいったみたいだね」
「ええ。アデラ様が母さんの侯爵位の話まで出したものだから、もう誰も私を婚約者候補だとは思わないでしょうね」
「えっ、アデラ様が例の件を何で知ってるの? この前家のみんなに知らされた話だよね?」
「余計なことは考えない方がいいわ。用は済んだのだし、早く帰りましょう」
ドーラとしてはそのまま表に待たせてある馬車に乗って帰ってしまったのだが、玄関に向かおうとした矢先に誰かに裾を引いて止められる。恐る恐る振り返ると、そこにはお茶会の主催者であるアデラが笑顔で仁王立ちしていた。
「まさかわたくしのお茶会で、お茶菓子のひとつも摘まないうちにお帰りになるつもりかしら? ガルシア家の専属菓子職人が腕によりをかけて作ったというのに。それにまだまだ、積もる話はたくさんあるわよね?」
「あ、あはは、そうですね……」
アデラの側には、他にも話をしたそうな令嬢達がズラリと並んでいる。ドーラは隣に並んでいるカイルと目配せをしながら、これは当分帰らせてもらえなさそうだと思ったのだった。