学園への道中
翌朝、ドーラと従兄のカイルは真新しい制服に身を包み、父の用意した馬車に乗って王立学園へと向かった。これから3年間、2人一緒に学園に通うことになる。学園までは馬車で大体30分ほどで到着する。歩いても通える距離なのだが、誘拐のリスク等を考慮して大抵の貴族生徒はどれほど家が近くても馬車で通学するようになっている。同い年の従兄のカイルが足に障害を抱えていることもあり、通学用の馬車はとても乗り心地が良いものが手配されていた。カイルは母方のモリス侯爵家出身だが、現モリス侯爵でもあるお祖父様の頼みで父が学費を出しクラーク邸に居候しながら通うことが決まっていた。
「ようやくこの日が来たね、ドーラ。叔父様と叔母様には本当に感謝しているよ。特に叔母様なんて、僕の父に散々嫌がらせを受けたいたというのにこうして僕のことを気にかけてくださるんだもの」
「……それをいうなら、あなただって父親に酷い目に遭わされてるじゃない。間違っても母さんはあなたまで嫌ったりなんかしないわよ。一応侯爵家の嫡男であるあなたに対して、足が動かせなくなるまで暴力を振るうなんて正気じゃないでしょ」
カイルの父であり私の伯父であるグレン・モリスとは直接対面したことはないが、悪い噂だけは人づてに聞いていた。容姿は良いが傲慢な性格で、気に入らないものには酷く当たり散らして暴れ回り方々で問題を起こしているのだ。特に父の結婚して以降実家に資金援助を行っている母セシリアとは折り合いが悪く、カイルとは幼少期からの仲であるにもかかわらず危害を加えかねないからと一度も会わせてはもらえなかった。伯母様も常日頃暴力を振るわれており、とうとうカイルにまで被害が出たことで現在は侯爵家を追い出されて音信不通となっている。貴族として王立学園に入学するためには貴族籍に入っている父親の了承と学費の支払い保証が必要になるのだが、カイルの場合伯父様がそんな状況でモリス侯爵家の経済状況も良くないために父クラーク男爵が保護者代わりになっているのだ。
「それに、叔父様が後見人になってくれたおかげで僕もドーラと同じ下級クラスだ。もしモリス侯爵家の名前で入学していたら馴染めもしない上級クラスに押し込められるところだったよ。今年は第二王子も入学してくるし、粗相をしでかして退学なんてごめんだからね」
「……確かに私たち貴族としての教養教育はあまり受けてないけど、流石にそんな横暴なことはないと思う。そうよね?」
「どうだろう。新聞で世論を見る限りだと、第二王子の評判は悪くないみたいだけど。確か母君が側妃で、正妃の息子である第一王子とは異母兄弟だったよね」
「確かそのはず。まだ正式な表明はないけど、来年学園を卒業したら第一王子が立太子されるんでしょうね」
「そういえば、第一王子の婚約者で母君が王妹のガルシア公爵令嬢も今年入学されるんだっけ」
「まあ2人とも上級クラスだから、私たちにはきっと縁のない雲上人ね」
王立学園では入学者はその出自に応じて2つのクラスに分けられる。王族・公爵家・侯爵家・伯爵家出身の上級者クラスと、子爵家・男爵家・一般家庭出身の下級クラスだ。カイルは男爵の父が後見人のため例外的に下級クラスに組み分けられる。また入学試験が必要なのは原則一般家庭出身者で、貴族は基本的に書類審査によって合格し入学する。まあこれも例外的に、本人が希望すれば同じように試験を受けて入学できるのだが。
「あ、もう校舎が見えてきた。他にもたくさん馬車が泊まってる」
「何とか門の近くで降りれないかしら。松葉杖で歩くのは少しの方が楽でしょう?」
「まあね。でも歩けないこともないし、混んでそうなら適当なところで降りて向かっちゃおう。入学早々遅刻して悪目立ちなんてしたくないだろ?」
「それもそうね。私たち2人とも平穏に学園生活を迎えられますように!」
残念ながらドーラの願いはその後すぐにぶち壊されることになる。