入学式前夜・クラーク邸書斎にて
「ドロシア。明日から王立学園に入学することになる訳だが、その前に心して聞いてもらいたいことがある」
入学式前日の夜、珍しく帰国している父クラーク男爵に呼ばれて書斎に向かうとそこには両親が神妙な面持ちで並んでいた。ごくりと固唾を飲んで身構えていると、今度は母セシリアが口を開く。
「あなたも私の実家であるモリス侯爵家のことは知ってるでしょう? 本来であれば兄が侯爵位を継ぐところなんでしょうけど、先日私に継がないかって打診があったの。ほら、兄はあんなだから……」
モリス侯爵家とは母セシリアの実家であり、先代の独立騒乱時代にだいぶ没落してしまった家でもある。一代で成功した貿易商であり男爵位も購入できるほど裕福な父はその財力による資金援助を見込まれて母との結婚が認められていた。対して跡取りのはずの伯父は酒に溺れるばかりで仕事を一切しようとせず、挙句に妻子に暴力を振るって家にも寄りつかない始末だ。王国では数年前に女性の爵位相続が認められるようになった。今までしてきた多額の資金援助のことを考えたら、侯爵位を母が継ぐことは何もおかしくはないだろう。
「セシリアが侯爵位を継いだら、クラーク家は侯爵位と男爵位の2つを保有することになる。私としては、長女であるお前に母さんの侯爵位を、次女のアニタに私の男爵位を継いでもらいたいと考えている」
「私も同意見だわ。だからドロシア、あなたには学園でとにかく勉学に励んできてほしいの。次期侯爵に相応しい人物となれるよう努力するのよ」
「……分かりました、お父様、お母様。学園でも精一杯努力します」
「その意気だ。お前は容姿も学問の才能も母親譲りだ、決して遅れを取ることはないだろうが、くれぐれも油断しないように」
「はい、お父様」
「私は明日の夜の列車でまた帝国に向かう。家のことはいつも通り母さんに任せるから、何かあればすぐ知らせなさい」
それだけ伝えると父は書斎を後にしてしまった。明日に備えて早めに寝るのだろう。書斎には母と2人だけになった。
「あなたは男爵令嬢として入学するから、下級クラスに在籍することになるわね。まず無いとは思っているけど、もし上位クラスの連中に嫌がらせをされるようなことがあればモリスの名前をうまく使うのよ」
「ええ、そんなことが無いと良いのだけれど」
「大丈夫よ、ドーラならきっとうまくやれるわ。私に似て美人だし、頭も良いんだから。主席合格者として入学するんだから、堂々とするのよ」
「……でも、上位クラスにいるような家柄の人はそもそも無試験でしょう。今年は第二王子も入学してくるし、もっと頭の良い人もいると思う」
「全く、あなたの弱気なところは誰に似ちゃったのかしら。まあいいわ、明日はカイルと一緒に馬車で学園に向かうのだからあなたも早く寝なさい」
「はーい」
母に促されるまま、ドーラも書斎を出て自分の寝室へと向かう。妹のアニタも従兄のカイルもとっくに寝ている頃だろう。明日からいよいよ学園に入学する訳だが、どうにも胸騒ぎが収まらない。何度も教科書や制服が全部揃っているのを確認して、ドーラはようやく自室の照明を消したのだった。