エピローグ
桜が散ってしばらく経つ頃。
早くも夏が軽快な足取りでやってくる気配がする、とある昼下がり。
「先生っ またあのお話聞かせてほしいです」
「どうせフィクションっすよね」
「もう、男子はロマンがないなぁ。せんせ、前の続きお願いします!」
「魔女なんているわけないっしょ」
複数の高校生たちが、一つの机に集まって身を乗り出す。
女子生徒は目をきらきらと輝かせる一方、男子生徒は呆れつつ耳を傾けている。溌剌とした彼らの高い声が向けられる先、静かに座っていたのは。
「どこまで話したっけ。あぁ、悪魔に襲われたあたりかな」
少し伸びた黒髪を結び、大人びた笑みを浮かべる若い女性。
円で芯のある眼差しを若い彼らに巡らせて、彼女は机上に広げていたノートを閉じる。右手の赤ペンをしまって、穏やかな様子で教師は一人の生徒に問う。
質問に大きく頷かれ、彼女は語り出した。
「あの時はすぐに魔女が助けてくれたよ。刺されたところも回復させてくれたし、逃がしてもくれてね――」
脳裏に浮かぶのは、未だ鮮明に残る少年の姿。彼女は酷く懐かしむように目を細めた。
刺された、という言葉に合わせて首に触れる。それを見た男子生徒が声をあげた。しかし間髪入れずに隣の女子が返す。
「ねぇその話って、センセーが高一の時でしょ? 怖くなかったんですか」
「バカ言わないで、誰だって怖いに決まってるわよ! ね、泉先生」
同意を求められ、彼女は困った表情をして首肯する。だが同時に否定の言葉を口にした。
「言うほどじゃなかったよ。私は強い魔女に守られていたから」
どこか遠く、知らない場所にいる彼へ。
彼女は祈りながら心中で問いかけた。
私は元気だよ。貴方は元気かな。
視線の先。机の隅に置かれた、不思議と光る一輪の花が見つめ返していた。




