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少年魔女  作者: 朧
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第四十七話 少年の魔女(2)

 視界の縁が歪んで、差し込んできた日光を反射する。眩しさに目を細めながらも、彼の姿を追った。


 長いようで短い一年だったと、今更しみじみと感じる。


 出会ったばかりの頃は怖い人という認識が強くて、距離の置き方に頭を悩ませていた。でも彼の本当の心に触れて、優しいのだと知れた。


 赤の他人でいることを守ろうとしていたが、結局は友達になることができてすごく嬉しかったことを覚えている。

 隣に立って登下校できる喜びを、あの時の感情を、当時の私が理解するのには難しかった。しかし今ならその正体がわかる。


 あれは“愛おしい”の感情だったのだと。


 今まで分かりきれず不快に思っていたが、こんなにも単純なものだったのだ。

 彼や彼の友人と昼食を食べるのも、彼のことが好きだといっていた彼女たちに感じた優越感も、彼に寄せていた信頼の奥にあったのも、すべて“愛しい”だった。


 でも、これを本人に話すのは違う。自分だけの秘密だ。


 そう思った時、耐え難い感情の濁流に呑まれて、覚えず涙が頬を伝っていた。止め処なく溢れて止まらず、千田くんも慌てて一歩踏み出す。


「あーもう泣くな。俺だって我慢してんだぞ」

「ごめん、泣くつもりなかったのに」


 熱くて伝うたび痛む雫はこちらの事情や気持ちに構うことない。

 まだたくさん話したいのに、これじゃ。


 不意。

 柔らかく温かいなにかが触れてきた。鼓膜を撫でるのは、久しく聞いた呪文の声。


「――フラウラン」


 目を擦ると眼前にあったのは、魔女の両手から零れ落ちる光。合わせた手のうち片方を開き、両掌を私へ向ける。するとそこから、手品のように一本の花が咲いた。

 ふんわりとした光の花弁を悠然と広げ、優しくこちらを見上げている。


「これ、確か、私に初めて見せてくれた魔法」

「お前も覚えてたのか。餞別にやるよ」


 彼は壊れそうなガラス細工に似たそれを差し出す。恐る恐る受け取ると、普通の植物と同じ感触がして驚いた。

 心做しかあたたかく感じる。


「俺が生きてる限りソイツは咲き続けるらしい。まぁ、生存確認みてぇなもんだ」


 小さくても誇らしげに咲く花は、時折色を変えながら風と踊った。


「ありがとう。やっぱり千田くんは優しい魔女だね」


 なんだか魔女の半分を預けられた気がして、私も少しだけ誇らしく思った。


 水を差すように冷たい風が通り過ぎる。涙は引いたが目頭の熱さは去らずに残っていた。

 傍まで来てくれた彼の匂いが鼻先を掠める。落ち着いた呼吸に混じる溜息が近くで聞こえて、私は少し高い彼を見上げる。

 伏せられた睫毛の奥。瞳は迷ったかのように揺れていた。


 深く考えずに指を伸べる。

 もともと呪いの刻印があった箇所に触れ、そのまま頬まで指を滑らせた。

 魔女は一度、大袈裟にビクリと肩を震わせたがすぐ大人しくなる。いつもの彼なら嫌がって離れるのに、むしろ彼は添えられた手に顔を擦り寄せた。


 不思議に思っていると、千田くんは薄い唇を微かに震わせて問う。赤みがかった双眸が合わせられた。


「少し、いいか」


 小首を傾げつつ頷くと、彼は意を決した顔をして両手をこちらへ伸ばす。

 触れてきた先は私の両耳。わけが分からず耳を塞がれ、瞬きを繰り返している私に構わず千田くんが言った。


「   」


 確実に何かを言った。しかし聞こえなかったため、思わず「え?」と問い返してしまう。

 たった一言、音のない台詞を言われただけで彼の手は離れた。音が戻ってきて心に静寂が響く。

 私の聞き返しには答えてくれず、千田くんは紅潮した面のまま微笑んだ。


「悪い。時間だ」


 言葉の終わりと同時に魔女の足元が光り始めた。

 魔法陣を象ったそれは、彼を覆い隠すように煌々と照る。緩やかな旋風(つむじかぜ)が小さく起こって、私の髪を浮かせた。


「さっき、なんで聞こえないようにしたの。なんて言ったの」

「聞かれたくねーから塞いだんだ、言うわけねーだろ」


 変わらぬ調子で勝手なことを言い返す彼は、清々しい顔をしていた。でも解せない。何を言ったの?


 聞こうとしたが、自分の思いとは裏腹に違う言葉が口を衝く。

 別れに言いたいのは問いじゃない。前からずっと考えていた台詞。絶対に言わなくてはいけないこと。


「貴方と出逢えて良かった。千田くん、またね」


 光が視界を焼き潰す。それでも私は彼から目を離せずにいた。

 少年の魔女は、今まで見たことがないほど優しげな顔をして返す。まるでシンシャみたいな柔らかい笑顔だった。


「あぁ、またな。泉」


 最後に私を呼んで、彼の声は残響となっていつまでも心に谺した。


 光と風が止んで、静けさの中にたった一人。

 見覚えのある通学路。

 林立した桜の姿はない。


 庭は消え、魔女の魔法も消え、春の匂いだけが傍にある。


 高鳴って熱くなったままの心臓が痛い。

 手元にある一輪の花が、私の様子を伺うように頭を(もた)げる。


 うん。忘れてない。

 彼は男子高校生で、怖くて、優しい人。よく嘘を吐くのに顔がわかりやすくて、責任感が強くて、独りで背負い込みやすい人。

 そして。


「さようなら」


 私に一生とけない魔法をかけた、強い魔女。

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