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少年魔女  作者: 朧
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第四十六話 普通

 冬休みが終わる。数週間ぶりの登校日。


 クリスマスだの正月だの一通り過ごしたが、本のページをパラパラめくられるかのように読み飛ばされるみたいだった。特別な日といえど、今の俺にとっては毎日が特別で最後だから、胸にくる寂寥は拒めなかった。


「おはよう、千田くん」


 ダッフルコートに身を包んだ泉が、眠そうな目を擦りながら出てきた。玄関の鍵を閉め、彼女は足早に近くへ来る。


 冷たい風を受ける艶やかな黒のショートヘアに見惚れて、思わず手を伸ばした。

 寒さで指がかじかんでいたが、掠めた髪の感触は優しい。きょとんとした目をして彼女は問うた。


「寝癖ついてた?」

「いや、悪い。深い意味は()ぇ」


 時間差で自らの行動に羞恥を感じ、手を引っ込めた。最近は頭が働いてねーのか、思ってもいないことをしたり言ったりしていることが多い。平和ボケしてんじゃねーぞ、俺。


 魔女狩りがなくなってから、すっかり魔法を使う機会が減ったというのも理由の一つだろう。契約悪魔が消えて魔力の半永久的な供給もなくなったが、魔女の血に宿っている分は存在し続けるらしい。簡単な魔法程度なら普通に使える。

 戦わずに生きられることは、すぐに感覚を鈍らせてしまって危機感があった。でも、もう暫く戦場に立つこともねーし、鈍ってしまってもいいかと思う自分がいた。


 残りの日々は、ごく普通の男子高校生でいいかと。


 学校に着くと、久しぶりの喧騒が心地よく感じた。

 ずっと休みが良かったと喚く声や、課題を忘れて焦っている声が聞こえる。まぁ、後者はシンなんだがな。


「どーしよー、また狸先生に怒られるーっ」

「家に忘れてきちゃったの」


 冬季休暇が開けても調子は変わらない。彼は眼鏡の奥で目を潤ませつつ、泉の質問に大きく頷いた。

 三度目ともなる課題忘れは何が起こるかわからない。仕方なく思って俺は言った。


「今日の一限に提出か……今から取りに行け。転送してやる」

「ぅえぇっいいの!? ありがとっ!」

「三分経ったら戻すからな」


 目の色を変えて抱きつこうとする彼を躱す。人気のないタイミングを見計らって手を翳した。

 ふと目が合う。シンは目元のホクロを歪ませて笑った。


「なんか最近、咲薇が優しくて怖いわ」


 その一言に胸が軋む。咄嗟に否定して、彼を自宅へと転送させた。


 優しいと言われるのは滅多にないことだ。前にも泉に言われたが、自分がそのように評される人間ではないと自負しているから否定した。どちらにせよ、少なくとも優しくはない。

 その言葉が似合うのは、彼女が一番だとおもうのだが。


 泉は廊下にある時計を一瞥して言う。


「そろそろ時間だから教室入るね。また、昼休みに」


 片手を小さく振る彼女は、心做しか明るい顔をしていた。俺も軽く振り返すと、各々のクラスへと入っていく。


 俺がここから居なくなる前に、無表情の中にも感情があることを理解することができて良かったと思う。何を考えているのかまでは分かんねーけど、俺より感受性が豊かなことは間違いねーな。


 まだシンを呼び戻すのは早いか。

 そう思って、俺は席についた。


 ・

 ・

 ・


 千田くんが優しいのは知っていた。でも、ここ数日は特に優しくなっている気がする。なんというか、前より分かりやすくなったのだ。


 二校時目の古文。

 先生の教科書を読み上げる声だけが聞こえる教室。

 板書された内容を目で追って、ふと進の文字に反応する。


 林田くんは課題を無事に提出できただろうか。千田くんが力を貸してくれたから大丈夫だとは思うけれど。


 ページをめくる音が一斉に鳴る。

 次は咲の文字が目に留まった。


 桜は散ってしまうのが早い。それは昔から変わらなくて、古い俳人も嘆いていた。

 でも千田くんは死ぬわけじゃない。二度と会えなくなってしまうのは死んだも同然だろうが、再会できる可能性がゼロな訳でもない。


 桜だって次の年になれば、その蕾を綻ばせるだろう。また会えるなら、私はどんな冬でも耐え忍ぶつもりだ。その日がどれほど遠かろうと待ち続ける。

 咲いてくれると信じて、木の下からずっと見上げていよう。


 *


 雪が降らなくなってきた。

 そう思った時にはストーブがいらなくなるほどの陽気が続く。

 カレンダーの数字が大きく三を掲げていたと思えば既に四に増えていて、これほど時間というものは過ぎるのが速かっただろうかと、私は遠い目をした。


 一日いちにち、かけがえのないものだと分かっていて過ごしていたが、それでも足りない。

 千田くんが遠ざかっていく気配がするのは感じていた。拒みたかった。その手を引き留めたかった。でもできないことを知っていて、私は少しずつ、でも確実に去りゆく彼の背を見つめるばかりだった。


 どれほど写真を撮っても、話しても、傍にいても、彼がいなくなってしまえば、その時得られた感覚すべてが不透明な記憶になる。

 それが嫌で仕方なかった。


「泉」


 あと何回そう呼んでくれるのだろう。

 記憶ではなくて、実際の、貴方の声で。


 私は寂しさを顔に出さないように、小走りをして駆け寄った。

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