第四十四話 生まれ変わったら(2)
たった一本の眩い矢が少年の体を貫く。
ぐらり、と彼の瞳が大きく揺らいだ。
『え、』
射止められた本人も理解できていない。しかし彼は理解するより早く反撃の手を下していた。
背に放たれた矢筈の延長線上。
悪魔の伸べられた指先から血色の刃が飛ぶ。寸分の狂いもなく、射手の片手を抉った。
私は咄嗟に名を呼び、彼を支えようと腕を回す。思いの外、自身の力で立てるらしい。貫通しているが出血もしていなさそうだ。
しかし、彼は呆然と穿通された自分の胸を見下ろしている。
「ハルデ、これ、どうすれば」
『ごめん。ときのちゃん』
雄叫びと喊声が会話を掻き消そうとしていた。私に危害が加わりそうになったからか、周辺にいた狩人たちがやり返しに行こうと通り過ぎていく。
「なんで謝るの」
火の粉が頬を滑る。
彼の紅褐色の猫毛が風に煽られる。
私の問いに、悪魔は困った笑顔を浮かべた。
『ボク、ここまでみたい』
その台詞の真意を、その言葉の意味を、飲み込みたくなかった。
でも喉奥に押し込まれてえずく。やっとの思いで吐き出せたのは「なんで」の三文字。
頭に酸素が、回らない。
『これねー、対悪魔専用魔法なんだよ。痛くはないんだけど内側から崩れてくカンジ。わかるかな?』
目の前にいるのはハルデだ。何も変わらない。顔色一つ変えていない。うそ、睫毛が震えている。ルビーのような双眼を震わせている。
なのに、どうして平気そうな顔をしているの。
『大丈夫だよ、キミは帰す。絶対見つからない場所にね』
両手を握られる。見慣れた上目遣い。愛らしい鈴の声。
歪んだ視界が少年の面を見えなくする。
風の切る音が耳元を掠めた。人の傷つく嗚咽が聞こえた。
息が上手くできなくなった私は、必死に歯を食いしばって強く手を握り返す。
「ごめん、ごめんね」
『キミが謝ることじゃない、これはボクのヘマ』
脳への語りかけが弱まる。文字と文字の境界線が曖昧になっていた。
彼の胸が乾いた砂のように崩壊していく。矢が醸し出す光に浄化されていると錯覚するほど、不謹慎にもその光景は美しかった。
少年の握力が消えていく予感がする。離したくないと掴むが、彼の無いようであった体温が薄れていった。
『ボク、まだキミたちのともだちでいたかったな』
にこやかな表情に罅が入る。
『だから生まれ変わったら天使になって、きみたちのおむかえにいくの。ともだちだからね』
足元に展開される魔法陣。目下からの逆光で悪魔の顔はよく見えなかった。
吐息のようにハルデは言う。
『てんごくまでエスコートしてあげるから、もういちどボクのなまえをよんで』
彼の四肢が砕け散るのと同時に眼球を焼き尽くすほどの光に呑まれる。私は重力の感覚を失った。
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ふっと、一際冷たい風が吹く。
戦闘が終わった瞬間、胸の奥に風穴を開かされた気がした。
「……ハルデ?」
覚えず使い魔の名が、赤の垂れる口を衝く。
遠くで子猫の鳴き声がした。




