第四十三話 守護戦争
俺の眼前に、赤い影が舞い降りた。
「キミたちみたいな存在のせいで戦争って起きるんだね。主の願う世界には不必要だ」
悪魔は赤毛を揺らし、頭上の猫耳をぴんと立てた。ハルデの緋色の瞳が細められる。
戦闘開始の合図は、間もなく鳴り渡った。
大勢対悪魔一匹では決着など目に見えてしまうだろう。しかしココには悪魔を従える者が数え切れないほどいる。俺は独りではないという意識が、強く体を支えてくれた。
回復しきった魔女と敵であった狩人が共に戦場へと躍り出る。両者は自身の背を預け合い、互いを守るという信念を抱いているように見えた。泉の話に触発されたのか、短時間で相手を信じようと思ってくれたみたいだな。
同胞に裏切られるとは思っていなかったらしい、遅れてきた狩人たちは面食らいながら魔法を唱えている。数は逆転したが、慢心はいけない。
後退する中で、ふと腕の中で声が聞こえた。
「千田くん、? あれ、私、なんで」
目覚めと同時に聞こえた戦闘音に、泉の血の気が引く。俺は辺りに視線を遣って事の顛末を説明した。お前の声が届いたからこそ戦いが起こっていると。
聞き分けよく彼女はすぐに理解して、自分で走れると進言した。
「貴方も皆の力になって。ここから離れるくらいならできるよ」
彼女の濁りのない強かな眼差しに頷く。もうコイツも一人で大丈夫なんだな。
泉のことは後攻の奴らに任せて俺は戦線へと向かった。これは殺し合いじゃねぇ、命を守る戦いだ。
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私の声が、彼らの心に響いてくれたことは素直に嬉しかった。安心した。でも、やはり暴力に走ってしまう人もいるのだと思うと悲しかった。
後方へ駆ける私に皆は親切に手を貸してくれた。魔女も狩人も関係なく、飛び散ってくる火の粉を払ってくれる。
そんな中、こちらの方が安全だと手招きしてくれる人がいた。あの野営テントで監視役をしていた女性だ。
彼女は驚きを混じらせた明るい笑顔を浮かべて結界を張る。
「まさかあなたが止めてくれるとは思ってなかったよ。ありがとう」
思いがけず感謝されてしまった。爆音に身を屈めつつ慌てて首を振る。しかし彼女は戦野を見据えながら、素直に受け取ってほしいと言った。
バリアを解除し、彼女も膝立ちになる。同じ目線になってやっと正面から目を見ることができた。
「あなたが魔女と出会えて良かった。今は魔女にもお礼したいくらいだよ」
狩人の女性はそう言ってはにかむ。私の頬にある乾いた傷をそっと撫で、年相応の笑みになってみせた。
それを見て、何故だか涙が出そうになる。あぁ、嬉しくて泣きそうになっているんだ。
潤んだ双眸を擦って、私は争いの渦中へ目を向ける。また傷つく人が生まれてしまうのが痛いが、死よりもっと軽く済んでくれるだろう。
ここで結ばれた絆は、きっと二度と綻ぶことはない。
私は彼らを信じている。
時折流れ弾が来る程度だったが、私のいる方向の戦線が下がってきた。戦力に偏りができているらしい。
傍にいた女性が、片手を添えて言う。
「少し下がった方がいい、心配はいらないよ。……あなたとまた話せて良かった」
背中を押される。私はよろけつつ首肯し、私もですと言い残した。
始めより音は激しくない、直に終わりを迎えるだろう。だが、どうしてか理由のない胸騒ぎがする気がした。
後方の狩人や魔女らに道を開けてもらう。彼らは快く返事をしたり、口々に私への感謝の言葉を述べた。
通りすがりなのに、戦闘中だのに、皆笑いかけてくれた。苦しげな顔はなかった。
「ときのちゃん! よかった、ケガない?」
頭上からの声に顔を上げる。蝙蝠の翼を羽ばたかせたハルデが降りてきた。
「っ戦線は大丈夫なの」
「皆が協力してくれてるお陰で楽勝だよ。それより、早くキミを帰さないと!」
浮いたまま片手を差し出してくる。言葉を飲み込めずにいると、爆発音が後頭部を殴った。
体が吹き飛ばされる。思考が理解する前に、悪魔が私を抱きとめて倒れ込んだ。
「もうすぐ魔法省の奴らが来る。禁断魔法を使ったキミがいたらどうなるか分からないよ!」
痛みを堪える声音で言い、彼は私を無理やりにでも立たせる。え、禁断魔法ってなんだろう。
咄嗟に質問すると、少年は大きく目を見開いてこちらを瞠目する。爆風から身を守るために翼を広げ、彼は鈴の鳴る声で答えた。
「キミ、死んだ人を生き返らせたでしょ!? それだよ!?」
……そんなことある?




