第四十一話 糸を引く者(2)
「え。ただガキ魔女のツラそうなカオが見たかっただけだけど」
使い魔の告白に、俺は形容しがたい感情になって俯くばかりだった。
最初から知っていた、彼は人の心など持っていないと。子どもの姿をしているからといって弱いわけではないと。
彼は正真正銘、悪魔であると。
泉と一緒にいる期間のせいで彼を人だと錯覚していたのだろうか。否、そんなはずがない。俺はコイツを信用なんかしていなかった。
でも、少し、心を許したいと思ってしまっていたのかもしれない。
ハルデにとって俺は最高に利用価値のある人間でしかない。それは契約者である俺も同じだ。
わかっていた筈だ。わかっていた、のに。
さっきの戦闘で痛めた片腹が疼く。母親の面影が行く。あの時も俺は期待してしまった、お母さんが帰ってきてくれるんじゃないかと。
でも結局は。
「謝って、ハルデ」
沈んだ脳内が弾かれる。視線を揺らすと、先、泉がぐっと使い魔を注視していた。
「貴方は千田くんの体も心も傷つけた。その自覚はあるの」
「なんか温〜いこと言ってる。悪いけどボクは悪魔。願いを叶えてもらうには対価交換でしょ? 魂はその半分に過ぎなくて、」
「私、貴方にクレープ奢ったよね」
突然、場違いな単語が飛び出してくる。
拍子抜けしてハルデは間抜けな声を漏らし、俺も勢いよく顔を上げた。だが彼女は、変わらず無表情で過去の話を列挙する。
甘い物を奢る前に、まず泉の首を刺したこと。
クラスメイトを眠らせて授業を妨害したこと。
俺が秘密裏にしていた計画をバラしたこと。
文化祭で勝手にいなくなったこと。
そして、大昔にシュレイア家を裏切ったこと。
「千田くんには借りがないかもしれないけれど、私は色々迷惑かけられてる。これだけあれば対価になると思うんだけど」
饒舌に話す彼女に、悪魔も俺も唖然呆然とした。すごい記憶力だな……。
「で、でも! ボクときのちゃんを守ってあげたことだってたくさんあるよっ」
「スイーツ奢ってあげた日の一回、今日狩人たちから助けてくれたので一回。あとは皆、千田くんが守ってくれた」
感情のない声で淡々と言う。その様は一周回って堂々としていて、彼女にしては珍しい立ち振る舞いだった。人外を相手にしても臆することがない。
ハルデは観念したらしく、わーっと叫んで、謝ればいいだろうと言い始めた。
彼は主人の前に立つと勢いで謝罪しようとする。が、その矢先に泉に釘を刺された。失速して口を噤み、何度か言いかけてやっと声を出す。
「ヒドいことして、ご、ごめんなさい」
台詞の終わり際は萎んでいってしまう。猫耳をぺたんと伏せて、さながら怒られた子猫のようだった。
俺は一つ息をついて返す。
「ぜってぇ許さねー。だから最後まで主人の言うことを聞け、いいな」
使い魔は抗議しようと口を開きかけたが、泉の視線に気づいて押さえる。解せないといった顔つきになったが、恨みに近いものは感じなかった。
正直に言うと、俺はどうでも良くなったのだ。
コイツを悪魔として見られなくなっていたのはこっちにも責任がある。躾が行き届いていなかったのも主のせいだ。
あとは単純に、俺が過去に固執していたのも原因だろう。
泉は、彼がしっかり謝れたことを褒めて頭を撫でていた。少年の姿をした悪魔は、それを嫌がりつつも満更でない顔をする。追い打ちをかけるように彼女は「今度裏切ったら口を利かない」と言った。随分甘い罰だな。
脇腹に響いていた鈍痛は、いつの間にか引いていた。そういや、あんなに派手な戦闘だったのに、こちらには無駄な裂傷がない。少し考えて、思い至った答えに呆れた吐息が漏れる。
あの人も甘いな、こちらが苦しまないように息の根を止めようとしてただなんて。
俺はまだ死ねない。だからもう少し待ってて、お母さん。




