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少年魔女  作者: 朧
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第四話 魔女と悪魔(1)

 嘘だ、嘘だ嘘だ。こんな、あっさり殺られちゃうなんて。千田くんは? 何処にいるの? 助けて、痛いよ、息が吸えない、死んじゃう、たすけて。


「ガキ魔女なら今頃、君みたいに苦しんでいると思うよ♪ だって『繋の呪い』だからね!」


 赤い影――細身の少年は、私の喉に刺した刃から手を離す。私の喉には刃が突き刺さったままだ。彼はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべてこちらを覗き込む。


 赤黒い短髪、緋色の瞳、幼さの残る顔、光沢のある制服のような衣装、そして証である翼。


 例えるならば『悪魔』だった。


「ふふっやっとアイツから開放される♪ ぼくは自由だぁ」


 満面の笑みでそう言うと、自身の目前で苦しむ私を見て更に口角を吊り上げた。


「わぁ痛そー♪ 声を出そうとするともっと血が噴き出すよ!」


 既に相手の顔が見えない。視界すべてがぼやけて見え、意識も今にも飛んでしまう。出来ていない呼吸を無理に行い、ぜぇぜぇとつっかえた息を吐いている。

 そしてついに私は倒れ込んだ。マットに生温かい赤が広がっていく。


 朦朧とする意識の中、私はひたすら彼の名を呼び続けた。同時にたくさん謝罪した。


 ごめん、ごめん千田くん。私がすぐに呼ばなかったから君まで。本当にごめんなさい、ごめんなさい。


 瞼を閉じかけた瞬間――首が軽くなった。

 いや、呼吸が出来るようになっている。


「痛ってぇなぁハルデ。主の首を掻き切るなんぞ百年はえーわ」


 私が聴き求めていた声。


 ふっと焦点を合わせると、見覚えのある癖っ毛が視界に入ってきた。


「ち、だく、ゔ……ッ」

「まだ回復中だから喋んな」


 彼は、倒れている私の喉元に左手を当てて、目前の少年を睨めつけている。


 左手から優しい緑色の光が溢れていて、それがとても暖かかった。これがきっと回復の魔法なのだろう。


「むっガキ魔女! 誰が主だ、ぼくは独りで生きる!」

「悪魔が現実世界で、それも主無しで生きていけるとでも?」


 あぁ、やっぱり悪魔だったんだ。


 そう呑気に思っていると、相手は両腕を思い切り広げる。するとそこから、私の喉に刺さっていたような刃を六本も生み出した。

 確認する間もなく、千田くんは私を抱え込む。


 ……抱え込む、だと?


「え、ちょ」

「我慢して。今のハルデ(あいつ)は本気で殺しに掛かってるから」


 彼は冷静に、左手の光を弱めることなく回復させ続けた状態で言う。


 魔女の首には傷つけられたような跡はなく、薄く血が滲んでいるだけだった。恐らくすでに自分の怪我は治療し終わっているのだろう。


 安心していると悪魔が翼を広げ、宙に浮いた。


「もういい、仲良くくたばれ!」


 刃が放たれる。その半瞬後、彼が吐息のような声で呟いた。


「――チェンジュ」


 ぱっと体が浮いたような感覚になる。例えるなら水中に放り込まれたような。

 しかしすぐに重力を感じ、どんっと地面に落ちる。彼が覆い被さりつつ、こちらに安否を尋ねてきた。ほぼ反射的に首肯する。


 落ちたところは彼の庭だった。

 相変わらず美しい桜の花が咲いている。


「ハルデを躾けてくる。絶対に動くなよ」


 私の傷つけられた首は既に完治していた。痛みはなく、瘡蓋(かさぶた)らしきものもないようだ。やっぱり魔法ってすごい。


 彼が私から離れようとしたとき、数メートル先で落下音がした。砂埃を立てて現れるのは赤い影――ハルデと呼ばれた悪魔。


 彼は獲物を狙う獣の如く眼光を鋭くし、八重歯をちらりと覗かせる。


「姑息な手だね、こんなもの」


 悪魔の手には、桜の花が付いた木の枝が。どうして彼が持っているんだ?

 疑問に思っていると彼が軽く説明してくれた。


「チェンジュの効果。移動したいところにあるものと、自分の体の位置を交換する」


 つまりこの場合、千田くんはこの庭に移動したかったから、この庭にある桜が付いた木の枝と場所を交換……入れ替わった、ということだ。それによってあたかも瞬間移動したように感じたのだろう。


 となると、悪魔の前に現れたのは木の枝だけ。


 彼は歪な形をした棒切れを地面に打ち付けると、あからさまに怒りを露わにした。


「いつまでぼくで遊ぶつもりなんだ? いい加減、落魄れた古臭い魔女は滅べ」


 素人でもわかる、相手の気配が変わった。目視でもその変わりようが認識できる。


 辺りの空気の密度が一気に高まった。

 それによって空気が物理的に重くなる。

 重力が酷く強くなった。

 立つのもやっとな程なのに。

 左に立つ少年は凛と立っている。


「ここから離れろ」


 千田くんが低く呟く。


「正直、本気を出したハルデとは戦ったことが()ぇ。だから遠くに行け」


 目線はこちらに向けず真っ直ぐ悪魔に向けられている。普段以上に表情を歪め、警戒しているように見えた。


 私は首が完治したことを確認した後、コクリと頷いて後退りする。離れると言っても何処まで離れれば良いのかわからないが。


 ハルデが右手で指を鳴らすと、瞬間、彼の周りに槍のような形状の棒が無数に現れた。そして苛立った声音でこう脅す。


「ぼくを本気にしたこと、後悔させてあげるよ」

「結構だ」


 間髪入れずに返答されると、悪魔は薄気味悪い笑顔を浮かべつつ怒鳴る。


「じゃあ、死んで分からせてやるッ!」


 浮かんでいる槍の半分が魔女に降り注ぐ。

 彼はコールと呟いて手元に箒を呼び出した。箒は主の指示に従って真横に避ける。

 しかし、槍達は意思を持つ生き物のようにぐるりと向きを変えて、彼の跡を猛追した。

 後ろを一瞥しつつ千田くんは次の魔法を唱える。


「――スモークシャット」


 すると箒の後方から灰色の濃い煙が噴き出した。それで辺りは煙だらけ。私の視界もほぼゼロだ。

 これでは自分も見えなくなるんじゃ?


 不安に思っていると、後ろから肩を叩かれた。反射的に振り返るが視界には灰色ばかり。あまりの怖さに思わず刻印に触れた。


「掴まれ」


 声は聞き覚えのある、千田くんの声だった。目の前で手を差し出される。


 しかし何故か私は信じることが出来なかった。この手が、この声が、彼のものであることを。


 戸惑っていると、かなり近くで爆発音が聞こえた。半瞬後に強風が髪を揺さぶる。


「触んなッ!」


 声が鼓膜を揺らしたのと同時に、目の前に差し出された手が灰色へと勢いよく消えた。

 そして思い切り抱きつかれたような感覚に襲われる。

 いや、感覚ではない。実際に誰かが私に抱きついてきているのだ。

 私は頭を抱えられ、肩を強く抱かれている。


 誰? 千田くん? それとも悪魔(ハルデ)

 前者は良いが、後者は命を奪われる。今、首は無防備同然なのだ。


「大丈夫か聡乃っ?」


 これも聞き覚えのある声。

 あれ、これってもしかして――今、千田くんが二人いる?

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