第三十九話 答え合わせ
抱擁の後は案の定、気まずい空気になったが無理やり話題を変えた。これからどうするのかは話していなかったからな。
泉は真っ直ぐにこちらを見て言う。シンシャが貸してくれた力を使って、この争いを止めたいと。
濁りのない、はっきりとした声だった。力強さを感じる瞳は、彼女の芯の強さを表しているようだ。
俺は素直に勧められないと返す。しかし、それが彼女たちの願いならば、目覚めさせてもらった俺に止める権利はない。むしろ力になろう、そう言ってみせた。
泉は瞠目したがすぐに目を細める。あ、嬉しい時の顔だ。
「んじゃあ、まずはこっから出ねーとな」
立ち上がる俺を追って彼女も腰を上げる。こちらを上目遣いに見てくるのが、なんだか久しく感じた。
俺は片手を差し出す。彼女は何を聞くでもなく自身の手を重ねた。
「説明聞いてねーのに手ぇ出すのかよ」
「千田くんのこと信じてるから」
至極当然のことを言うような口調だ。羞恥も躊躇いもない返答にこっちが恥ずかしくなる。
同時に信じるという言葉が心に引っ掛かってしまった。
俺は、彼女を信じていないわけではない。逆だ、信じすぎているがために言わなくてはいけないことも言えていないのだ。
僅かに逡巡して、打ち明けることにした。
俺がこの争いに参加した本当の目的を。
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千田くんは私の手を握ったまま、一つ謝罪をしてから話し始めた。
「俺は、この動乱に紛れて魔女も狩人も全員殺すつもりだった」
思いがけない白状に動揺する。だが彼は止めずに話し続けた。
こちらとの連絡を断ったのは意図的で、魔法界に行ったら帰らないつもりでいたらしい。
世界から魔女と狩人の存在を亡き者にして、すべての火種を消し去る。そうすれば、これまでの不毛な狩りがなくなって私のような“巻き込まれる人間”がいなくなると踏んだそうだ。
この話なら以前ハルデから聞いていた。まさか本当に実行しようとしてたなんて。
そして、ハルデについても話してくれた。
主の願いを叶えたら魂をやるという契約を、追加で結んだのだと。
彼はバツが悪そうに顔を背けて言う。
「でも俺より先に願った奴がいたから、途中で放棄されたみてぇだが」
千田くんより先に悪魔に願った人。
思い当たる人の姿が浮かんで、足が竦む気がした。でも本当につらいのは彼だ、複雑であることに違いないだろう。
ここまでの話を聞いて、私は一つ疑問に思った。
「ハルデの目的って、何」
彼は魔女と狩人、どちらとも契約している。加えて双方の味方だと言っていた。両方の魂を得るのが目的なら、千田くんの願いを叶えた上で死なせてはいけなかったはずだ。
なのに彼は。
言葉に詰まって口を噤む。魔女は諦めた口調で、考えても無駄だと切り捨てた。所詮相手は人でない。悪魔に倫理などないし、利己的であるのは明白だ。
「一つ言えるのは、アイツはもう信用しない方がいいってことだ。自分のためなら誰だって裏切れるんだからな」
彼の含みのある台詞に、ある記憶が触発された。
そうか。魔女戦争の時、シュレイア家が窮地に追いやられていたのにハルデは助けに行かなかったんだ。それは契約主を裏切ったことに等しい。
あの子猫がそこまで薄情者だとは思いたくなかった。でも何だろう、まだ見落としがある気がする。
ふと握られていた手に力が籠もった。繋がった手の先、千田くんが強かな目つきで言う。
「そろそろ出るぞ。俺らが行く先は戦場に変わりねぇ、いくらシンシャが協力してくれたとはいえ油断は禁物だからな」
「うん、わかってる」
白魔女が貸してくれた魔力が如何ほどか、分からないことは多く残っている。しかし今は進もう。
千田くんは目を閉じて、チェンジュと呟いた。途端、足元の地面が消えて水に投げ込まれたような感覚に包まれる。間もなくすると、真っ黒だった景色が塗り替わった。
ここは最初、彼がいた場所だ。
無音だった世界から突然、戻ってきたせいで全てが雑音に聞こえる。本当に亜空間って気が狂いそうな場所だったんだな。
無事に外に出られた。次はより大規模な戦場へと向かわなくてはいけない。
私がやろうとしていることは大勢の前で停戦するように演説するのに近い。あの少女は、心の内を洗いざらい話してしまえばいいと言っていたが、それだけで実際に止まるとは思えないのが本音である。
やってみるしかないけれど。
太陽が傾き始めている。朱に染まり始めた辺りに、二つの影が伸びる。
「怖くないか、泉」
魔女が尋ねた。ちょっと間を開けて答える。
「怖い、けど貴方がいるから大丈夫」
私の戦いが始まる音がした。




