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少年魔女  作者: 朧
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第三十七話 本当の願いは

 私が、白魔女シンシャの、生まれ変わり?


 シンシャは戦争を終わらせ魔法界を作った少女だ。千田くんが憧れを抱いていた白魔女……。


 理解が上手く行かず返事ができないでいると、ハルデは大袈裟に溜息を吐いて見せた。


「今はカンケーないよ、キミは用済みだ。仲良く死体と一緒にいな」


 投げやりな台詞に背筋が凍る。相変わらず彼の言うことの意味が分からなかったが、確かに恐怖がそこにあった。

 悪魔はこちらへ向けて指を鳴らす。私の呼び掛けに応答することはなく、ただ無機質な視線だけを遣られた。


 瞬間、体が宙に浮く感覚がして、間もなく重力を感じる。

 私はまた、知らない場所に飛ばされてしまった。

 限りなく続く真っ黒な空間に、数え切れないほどの雑多な物が浮いていた。ぷかぷかという表現より、空中に静止しているみたいだ。暗くはない、しかし明かりもない。ここは一体どこなのだろう。


 立て続けに理解を超えた出来事が起こりすぎて、心が追いつけなくなっていた。無視できない疲労が芯に居座っている。


 立ち上がって振り返ると、向こうも漆黒の空間が続いているのが分かる。転々とあるガラクタたちが星のように見えて、目が霞んできていることに気づいた。

 ふと遠く。見覚えのある形が落ちているのを見つけた。


「千田くんッ」


 血を流したまま――ハルデが魔法をかけて移動させた時のまま、魔女は横たわっていた。ここに来るとどうやら時間が止まるらしい、彼の出血は途中で止まった状態でいる。

 薄く開いた目に光はなく、動き出す気配など更々なかった。凄惨な首の刺し傷は、あまりにも恐ろしくて直視できない。


 そっと脱力した彼の手を握る。温かさが残っていた。

 きっと、ずっとこのまま温かいのだろう。此処に放置される限り、彼の血は流れないし体温が失われていくこともない。


 あぁ、なんで今、私は安堵したんだ。


 彼が死んだことに違いはない。二度と起きない、話さない、私の名を呼んではくれない。

 だのに、もう私から離れないと思うと安心してしまう自分がいた。分からない、どうしてそんなふうに思うのか。全てが麻痺していく感覚。感じなくなっている。否、もう何も感じたくないんだ。


「もう一人にしないよ、傍にいる」


 枯れた声で話しかける。返答はなかった。

 隣に座り込んで目を閉じる。なんだか疲れてしまったな。


 ごめんね、私はこうすることしかできないんだ。

 なにもできなくて、ごめんね。































































 























『私の魂を継ぐ人』







































 声が、聞こえた。


 優しげな陽だまりのような。

 聞いたことはない、でも記憶の隅にある気がした。


 視線をあげるが何もいない。幻聴かと思った時、トントンと肩を叩かれた。

 振り返るとそこには、少し幼い私がいた。違う。顔はよく似ているけれど、髪は白いし長い。それにこんなにあたたかな微笑を浮かべている。


 あ。

 椿妃さんと魔導書を探している時に拾った肖像画の少女だ。


 思考が遅くなっている私を見下ろして、彼女は柔らかく笑んだまま言う。


『よく誘いを断りましたね』


 少女の口は動いていなかった。直接声が頭に響く感覚は、子猫の姿をしたハルデと同じだ。つまり、この子も人ではない。

 私は掠れた声で応えた。


「正解、だったの」


 今言えることはこれで精一杯だった。

 彼女が何者なのか、敵か味方かもわからないのに、それすらも考えられなくなっていて。ただ見上げて返すばかりだった。


 少女は自身の白い両手を胸の前で組む。


『正解にするのは貴方です。これから先、貴方は進まなくてはいけません』


 慈愛に満ちた眼差しは、すべてを包み込んでしまいそうなほど優しくあたたかかった。


「でも、私、なにもできない」

『どうしてです』

「力がないから。戦うことも、助けることもできない」


 少女は刹那、悲哀の色を滲ませたが再び微笑んだ。


『貴方は戦いたいのですか』

「それで全部終わるなら」

『狩人たちを恨んでいるのですか』


 答えが詰まる。

 思い出したのは、狩人の本拠地に迷い込んでしまった時。最初から彼らは丁寧に接してくれた。元いた世界に帰すとも言ってくれた。

 狩人の皆が絶対悪ではない。各々抱えた苦しみから逃れるために取った手段が、魔力を得ることだっただけで。


 しかし千田くんや他の魔女たちを殺したのは紛れもなく彼らだ。私を魔女狩りに巻き込んだのも、ただの人間の心を利用しているのも。


「この気持ちは、何なの」


 憎い、同情、恨めしい、憐憫。どれも違う。両者を知ってしまったから、私はどうすればいいのか分からない。


 仇は討ちたい。それで千田くんが喜ぶとは思えない、でも許せないんだ。でも自分のこの手で人を殺めるなんてできない。人をやめたくない。

 私は、魔女の気持ちも、狩人の気持ちも理解してしまったんだ。


『じゃあ、私の力を貸してあげましょう』


 少女はそう言って頬に触れてきた。


『今のその気持ちを、皆に話せばいいのです。そのためには手助けする人が必要ですね』


 合わせられた瞳は美しく、穏やかだった。


『――リヴァーヴ。貴方に最初に魔法をかけたのは誰?』


 かっと体の内側から熱が起きる。答えを噛み締めるように、一縷の望みに賭けるように言った。


「千田くん、千田咲薇くん」


 私にはまだ、貴方にかけられた魔法が残っているんだ。

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