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少年魔女  作者: 朧
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第三十三話 母なる悪夢の始まり(2)

「サクラ、一旦引こうって指示がきた。立て直そう」


 地面を大きく揺らす轟音の中、掻き消されそうな声が聞こえた。傍に立つ仲間の魔女が、片腕を押さえながら後退していくのを確認する。くそ、また勢いが塗り替えられてしまった。


 舌打ちを零して逃走系魔法を唱える。体が軽くなるのと同時に景色が変わった。

 重力を思い出したかのように四肢にぐっと負担が掛かる。追って周りにも、倒れ込みつつ仲間たちが瞬間移動してきた。各々怪我を庇っている。


 流石に疲れた、襲撃を目論んだのが間違いだったろう。だから俺は反対したっつーのに。


 今更とやかく言ったとして戦況は何も変わらないのに、愚痴と反省が舌の上をのたうち回った。仲間(アイツ)らは次どうするつもりなんだ。

 ハルデは泉を送ったっきり戻ってこねーし、何やってんだあの猫は。悪魔に忠誠もクソもねーのは分かってたが、心すらねーのかもしれない。


 互いに回復魔法を唱え合っていると、びりっと首に痛みが走った。思わず手をやる。そこは呪いの刻印がある場所だ。


 泉? でも彼女なら今頃、無事に人間界に帰っているはずだ。いや、()()()ではない?


 どうしてか、今までよりも大きな得体のしれない不安が覆い被さってきた。


「どうした、他に痛むところでも」

「悪い、少し外す。すぐ戻っから、お前たちは下手に動くなよ」


 そう言って再び転送魔法を口にする。体が浮かんで、真っ白な空間へと飛ばされた。


 向こうの世界とこっちの世界の間には、途轍もない距離がある。魔法を使っても多少の時間がかかるため、一時的にこのような無の世界に留まらなくてはいけないのだ。

 いつもはものの数秒で渡れるのに、今回は待ち時間が長い。


 おかしいなと眉をひそめた、が。


 地面が強く横に揺れ始めた。地震みてぇな状況、こんなの初めてだ。立つのもやっとな程。

 この空間が壊れてしまいそうな予感と不安に駆られる。何なんだよさっきから!


 地震は続く。その振動のせいらしく、足元の地面が割れた。唐突に現れた穴に吸い込まれそうになる。なんだこれ、信じられねーくらい強い魔力だ。

 耐えていたが、やがて足を引っ張られたかのように俺は穴の中へと引きずり込まれた。


 *


 気がつくとそこは、大理石の広がる仄暗い空間だった。

 微かに魔力の波を感じる。視界で人影を見つけるのは難しいが、誰かがいるのは確定だろう。恐らく複数体。


 鼓膜が痛くなるくらい静かだ。心音すら響いてしまいそうである。


 転送中に変なところへ放り投げられた、というよりかは無理やり連れてこられたという方が正しいな。狩人の差し金か?


 不意を突く、聴こえたのは。


「――タイデンアップ」


 複数人の呪文の声。逡巡する間もなく防御魔法を張る。甲高い音が鳴って、跳ね返しが肌に伝わった。

 しかしバリアに罅が入り始める。んだこれ、何十人分の魔力だよ。


 きつくなってきて思わず力を抜く。咄嗟に上空へと飛び上がった。


「ッ――コール!!」


 叫んだ魔法が名のように、伸ばした手へ箒の柄が現れる。掴んだ勢いのまま、ひたすら上へと浮かんだ。


 雰囲気からして屋内であることは間違いない。暗すぎて見えねーけど、これくらい上がれば大丈夫だろう。

 人差し指を突き出し即座に次の魔法を唱える。


「――ラフラッシュ」


 指先から眩い光が放たれた。普通は目眩ましに使うが今回は照明とさせてもらおう。

 一気に明るくなった室内、全貌が明らかとなった。

 石の床が展開する大広間を囲むように、白い円柱が何本も先まで続いている。その間を縫って、等間隔で狩人がこちらを見あげていた。


 彼らは俺の回避行動を予測していなかったのか、動揺したかように魔法を使い始めた。

 にしても数が多い、捌き切るのは難しそうだ。

 しかし怖気づくのはまだ早い。他に策がある筈だ。


 一先ず被弾しないようにしながら魔力を温存しておく。ただ、消耗戦に持ち込まれてはこっちが不利だから、なるべく早めに数を減らす必要があるな。


 瞬間。


「千田くん……ッ」


 聞き覚えのある声が、はっきりと耳朶を打った。

 すると攻撃の手がやんで静けさの帳が下りる。血の気の下がる感覚がして、恐る恐る振り返った。目下に集る有象無象の中、一人の少女が見上げている。


 泉だった。


 考えなしに名を呼び急降下する。だが彼女に触れようとした刹那、バチッと電気に似た痛みが走った。

 これ、結界魔法じゃ、


「やっぱり仲良しなのね、アナタたちは。命懸けでお友達を助けに行くだなんて」


 足が竦む。目が離せない。息すら吐けない。


 五年越しに耳にした声。

 ずっと聞きたくて仕方なかった声。

 思い出す度に恋しくなった声。


 その主が、遠くの深淵から姿を現した。口から情けなく漏れたのは。


「お母、さん……?」


 母親を呼ぶ声が落ちた。

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