第三十二話 やさしいひと
「緊急事態と判断、魔女狩り実行は明日に延期だ」
その台詞が何を示すのか、この人たちが誰なのか、悟ってしまった。
「たまにいますよね、ナゼか魔法界に迷い込んじゃう人間」
「大丈夫? びっくりしたわよねぇ」
騒然というよりか賑やかになった空間。緊張の糸が切れたみたいに、皆が各々に話し出す。そのうち何人かが私に近づき腰を下ろした。
目線を合わせられると余計に体が硬直するのを感じる。殺されるの四文字が脳を満たす。
彼らは、魔女狩りを行う狩人たちだ。
外見は魔法使いと同じく、どこにでもいるような普通の人々。老若男女にばらつきがあって共通点が見当たらない。
どうしよう。ここは敵の本拠地なのだろうか。なんでこんな所に放り投げられたんだろう。殺される。逃げなくちゃ。千田くんは助けに来れない。自分で何とかしなくちゃいけないのに。
足が、動かない。
「ありゃ怯えてるわ。怖いよな〜急に人だらけの所に来ちゃって」
細身の外国人男性が笑いかけてくる。こちらを安心させたいからか、他に寄って集る人たちを手で追い払っていた。
「ぱっと見、日本人かな。良かったら送るよ」
鼻の高い女性が言う。ふとその時、彼らはまだ私が繋の呪いにかかっていることを知らないのだと気づいた。
刻印を見られてはいけない。咄嗟に首を押さえて後退した。
時間が経ったお陰で少し冷静になれた気がする。見たところ、ここは野営テントに似た場所だ。外は見れないが近くに出入り口が一つある。
そして、その出入り口の向こうにもテントが続いていて、先には負傷した人たちが寝転がっていた。
戦線であることは想像がついた。
頑なに何も言おうとしない私に、彼らは困惑した表情を見合わせた。が、すぐに中年の男性が首を振る。
彼がアイコンタクトを取ると、狩人たちは立ち上がって踵を返した。命の危険が離れていくことに安堵したが、傍から去らない影が一人。
「私のことも怖い? ごめんね、一応あなたも部外者に該当するから監視は必要なの」
私より幾つか年上の若い女性だ。彼女は苦笑して、少し離れて私の隣へ腰を下ろす。不必要にこちらを見ることなく、前を眺めていた。
「ケガはなさそうだけど痛むところはある?」
「……いえ」
「そう、良かった。あとでココのリーダーさんが帰してくれるみたいだから安心してね」
ちらりと彼女に視線を遣る。変わらず真っ直ぐ前を見たまま体育座りをしていた。やがて女性はぽつぽつと話し出す。
自分たちは反乱者。魔女という存在に様々なものを奪われ、復讐を願う者たちであると。
微笑みながらも悲しげに言う横顔は、過去に与えられたであろう苦しみを垣間見ることができた。でも、その奥に燃える炎の熱さを感じる。
この人は、酷く魔女を恨んでいると。
途端、胸が詰まった。魔女も狩人も奪い奪われた存在なのだと、思い知った。互いを憎み合い、負の連鎖をひたすらに繋いでいってしまう。
過る呪いの相手の面影。
彼も家族と自分の未来を潰された。尋常でない憎悪を抱いて今まで生きてきたあの人が、この実情を知ったとしたらどう思うだろう。彼のことだ、冷たく切り捨ててしまう気がする。
その理由が分かってしまう自分に嫌気が差した。
「戦わない方法は、ないんですか」
知らぬ間にそんな言葉が口を衝いていた。隣の女性は、微かに目を見開いてこちらを一瞥したが、ふっと前に向き直る。
「それじゃ解決しないから戦っちゃうんだろうね」
解決しない。
本当に、そうなのだろうか。
血を流す前にできることだってある筈なのに。しかし打ち消すように心の内の彼が言う、綺麗事で済まない世界なのだと。
どうしたら良いのだろう。武器を下ろさせることは、相手を傷つける意味を知らせるには、命を奪う行為の果てを分からせるには、何をすれば良いのだろう。
無力な私にはできないかもしれないけれど、それでも抗わずにはいられなかった。
「優しいのね。ここじゃ血の気が多い人ばっかりだから、あなたみたいな人と話すのは久しぶりだよ」
若い彼女がこちらを見て笑った。疲労を滲ませつつも穏やかに、狩る側の目など端から持っていないかのような。街を歩く時すれ違っても、きっと狩人だとは気づかないだろう。
あぁ、この人は魔女のせいで狂わされてしまったんだ。
そう思わざるを得なかった。
「貴方も、戦うんですか」
「もちろん。悪魔と契約してるし、魔法は使えるから」
悪魔という単語に引っ張られる。
そういえばハルデは無事だろうか。あの時いなくなってしまったのは、今の私と同じように知らない場所に放り投げられたからなんじゃ。
募る不安に思わず口が衝いた。
「悪魔って死ぬんですか」
あ、と気づいて口を押さえる。しまったと思ったが、予想とは裏腹に彼女は平然と答えてくれた。
「うん、死ぬよ。でも天使に生まれ変わっちゃうから、私らとは違うかも」
死ぬ時、悪魔は生前の非行を悔いて天使となり贖罪を行う。反対に天使は、生前の善行に飽きて悪魔となるらしい。
しかし転生する際に記憶が失われるから、自身がループしていることを明確に覚えている者は少ないという。
ハルデは、天使だったかもしれないんだ。なんて事を考えたって解決策にはならない。
ただ不思議に思って。
不意。
遠くから叫び声が聞こえた。半瞬後、爆発音と風圧が轟く。テントが煽られ人々が悲鳴をあげる。
即座に隣にいた女性が私に覆い被さって呪文を唱えた。呼応して風上の方向へ、半透明な壁が現れる。それは飛来物を防ぐのと同時に風も抑えた。
強風が止むと、彼女は私を立たせ片腕を引っ張る。もう片方の手で出口を指差し、逃げてと指示した。だが逃げる先など分からない。
これは恐らく魔女が襲撃しに来たのだろう、外から戦闘音が聞こえる。逃げようにも足が上手く動いてくれなかった。
すると女性は、力強い眼光で私に言った。
「近くに魔法省がある、そこなら保護してくれるはずだよ。お願い、あなたは死んでほしくないんだ」
再び暴風。轟音が耳元で鳴り止まなかったが、彼女は私の手を引き、そして背中を押した。
振り返ると間髪入れずに行けと叫ばれ、私は口をきつく結ぶ。なりふり構わないで外へと駆け出した。




