第三話 魔女の実力(4)
魔女戦争伝説とは、この世界で実際にあった『魔女戦争』という何百年も前の戦争の話だ。
まずは基本的な話を。
魔女は主に西洋の国から生まれた。人間に嫌気が差した人――主に女性――が悪魔と契約をして、超自然的な能力を手にしたのが始まり。
彼らは災害を起こしたり、疫病を流行らせたりと、様々な方法で人間たちを苦しめてきた。やがて怒った政府は『魔女狩り』を始める。
怪しいと思われた人間は魔女裁判にかけられ、黒だと判断されたら処断。
そうやって魔女も、ただの人間も殺されていった。
しかし、これで魔女たちが黙っているわけがない。
数を減らした彼らは手を取り合い、人間に戦を申し込んだ。政府は魔女狩りを歴とした『仕事』として人々に魔力を授ける。
そして、約三年に及ぶ戦争が幕を上げた。
一般住民までもが巻き込まれ、魔法と魔法の大規模な争いが巻きおこる。家屋は破壊され、魔女たちの家である森は焼かれた。
ミサイルや爆弾よりも破壊力のある、人に非ざる力どうしがぶつかり合う。
多くの人々が犠牲になり、遂に政府が核兵器を取り出そうとした。
だがその時、彼女が現れたのだ。
「齢十つの白魔女、シンシャ」
彼女は誰よりも心優しい魔女で、十歳にも拘わらずたくさんの人や動物たちを避難させたのだ。
突如として姿を現したシンシャは戦場で独り立ち、大きな声で両者に向かって言う。
『こんな無駄なことをしている間にも他の生き物たちは死に、絶えていく』
彼女は足元の白い花を守るために、命を張って言葉を紡ぐ。
『戦争なんかしてなんの意味があるのですか』
人々はこの時、彼女の魔法――ク・ロックにかかっていた。意識以外の全ての時間を止める最高難度の魔法だ。
シンシャはたくさんの人たちに自分の話を聞いてもらうため、体が潰れるほどの負荷がかかる魔法を使った。
『もう、誰も死んでほしくない。
もう、誰かが苦しむ姿を見たくない。
だからもう、やめにしませんか』
彼女の言葉により、魔女と人間は武器を下ろした。そう、戦争は終わったのだ。
それからシンシャは魔女や魔法使いたちの居場所「魔法界」を創り出し、力を使い切って息を引き取った。
その時彼女は十五歳だった――
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「すごい、壮大なお話だね」
目を丸くして私は感想を述べた。
千田くんは何も言わずに体を進行方向へ向ける。倣って私も彼の隣へと足を進める。
「人間にとってはあまり有名な話じゃねぇ。事実、文献や証拠が存在してねーからな」
どこか悲しそうな表情に見えたのは夕日のせいだろうか。眩しそうに睫毛を伏せさせ、俯き気味になっている。
私は心の中でざらついた疑問を口にした。
「でも魔女狩りは終わってないんだよね」
すぐには返答が無かったが、彼は呟くように教えてくれた。
戦争以降、両者の関係は回復したと思われた。が、魔女に対して個人的な恨みを持つ輩が多くて一部では未だに戦争状態であると。
「てことは千田くんが狩人に追われているって、もしかして恨まれて?」
「先祖がそういう行為をしていたから、その報いだろ」
彼は淡々と答え、自分の感情を何一切表に出さなかった。まるで諦めたように、仕方ないことだと分かっているかのように。
それが、どうしようもなく胸を苦しくさせた。
*
翌日、土曜日。連休初日。
部活に入っていない私は今、読み耽るための本を探すのに棚を漁っていた。読書は私の唯一の趣味である。
今日は久しぶりにイヤミスでも読もうかな、と分厚い小説を手にした。すると。
『ときのちゃん、なにしてるの』
まただ。また誰かが私のことを呼んでいる。
『お外に出て、ぼくと遊ぼうよ』
ときの、なんて名前はここらでは珍しいから、なにかの聞き間違いということはないけれど。
この声は不定期で、時々聴こえるものだから幻聴だと判断していた。でも流石にこれは怖い。
耳を塞いでも聞こえる不思議なもので、直接脳に話しかけられているようなのだ。
困ったな、こんなふうになっちゃうなんて。早く千田くんに相談しなくちゃ。
『ぼくはずっと待っているんだよ、ときのちゃんのことをさ』
ごめん、ちょっとそれは気持ち悪い。
『ほらココ。こっちこっち』
うーん、黙ってほしい。千田くんも既読にならないし。
『もーいーいよー』
まるで隠れんぼをしているかのような声。少年なんだろうが、気味悪さが滲んでいる。
もしや、何かがもう近くにいるのでは?
『あれ、ぼくのこと見つけられないの』
ヒタヒタと足音を忍ばせて。
『じゃあさ』
一歩、また一歩。近づいてきて。
『ぼくから会いに行くよ、ときのちゃん』
「千田くんッ」
思わず私は自分の首を思い切り引っ掻いた。
ばんッと目の前の窓が勝手に開く。
そこから赤い影がこちらに飛び込んできた。
積み上げられた本が音を立てて崩れ落ちる。
喉がひゅっと鳴いた。
赤い影の目は恐ろしい程沈んでいて。
次の瞬間、私は――喉を刺された。
痛い痛い何が何だか理解が追いつかない痛い息ができないどうなっているの痛い視界に入っているこの大量の赤は、私の血?
「みぃつけたぁ♡」
あの声が脳に直接響くのではなく、私の耳でちゃんと聴こえた。