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少年魔女  作者: 朧
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第三十話 前兆(1)

 文化祭が無事に終わり、季節も冬支度を始める頃。不穏は前触れなく私に覆い被さった。


 突然、千田くんがいなくなってしまったのだ。


 それは紛れもなく唐突で、林田くんも困惑を隠せていなかった。連絡にも応答せず、家を訪ねても椿妃さんが出てくるだけ。姉である彼女も、不安と心配で体調を崩してしまっていた。


 ハルデも見当たらない。

 二人が揃っていなくなるなんて、魔女狩り関連であることに間違いないんだろうけれど、私にはどうすることもできなかった。


 まさか、狩られたんじゃ。


 もう一人の私が負の感情を煽る。咄嗟に首を振っても払いきれなかった。

 私と彼にある繋の呪いがあるのは首。そこを裂かれなければ同時に死ぬことはない。でも、だからこそ、私だけが生き残ったり彼だけが生き残る可能性はある。


 もし私の知らないところで彼が殺されてしまっていたら、どうしよう。


 そう考えては冷や汗が止まらなくなる。鼓動が速くなって、呼吸がままならない。胸が痛い。


「咲薇に限ってそんなことはないと思うよ。大丈夫、あいつ強いんだし」


 林田くんは励ましてくれたけど、彼だって心配な筈だ。小学生来の友達だから尚更だろう。


 何もわからないという恐怖を感じるのは久しかった。

 私が呪いにかかったばかりの当時と同じ気持ちだ。魔女だの魔法だの、フィクションでしか耳にしない言葉が日常に染み込んで、無知な私はひたすら千田くんに守ってもらうばかりだった。

 でも今は、彼がいない。


 私が狩人に襲われるという恐ろしさもある。守ってもらえない怖さもある。でも、それ以上に彼が居なくなってしまったことが怖くて仕方なかった。


 知らぬ間に刻印に触れる。

 何度か引っ掻いたのだが、魔女が飛んできてくれることはなかった。


「助けてよ、千田くん……」


 *


 魔女がいない下校の道も、今日で十二度目。

 既読にならない連絡を送るのは、三十七回目。


 週が明けてから急激に冷えた。冬服の上にカーディガンを羽織っても肌寒い。

 隣に誰かがいないのも、余計に冷たく感じる要因だろう。


 曇り空は今にも落ちてしまいそうで、泣かずに耐えている子みたいだ。心做しか同情されている気がする。日も短くなって、薄暗い帰路を辿った。

 その時。


「トキノ様っ 此処におられましたかっ」


 低くて聞き覚えのある声に、私はすぐ振り返った。

 現れたのは異質な霧。それは瞬く間に形となって、やがて一人の青年となった。


「っシュークさん、どうされたんですか」

「咲薇様はいらっしゃいませんかっ」


 切羽詰まった様子なのは一目で分かった。私は答えかけた口を噤む。俯いて、いないと返した。

 シュークさんは落胆に似た声音で、そうですかと言う。勢いがなくなって、彼もまた視線を足元へと落とした。

 が、すぐに顔をあげて言う。


「実は今、魔法界で大規模な魔女狩りが起こっています。魔法使いでも対応しきれないほど事態は深刻です」


 私は驚いて、思わず口元に手を当てた。彼は続ける。


 狩りは予兆なく始まり、向こうの世界で暮らす魔女は皆、人質に取られてしまったらしい。それを利用してこちらで生活を送っている魔女たちに戦いを挑んでいるそうだ。

 たとえ全員が揃ったとしても多勢に無勢。結末など目に見えるものだ。

 とはいえ今回は、魔法界を占領する勢い。魔法使いが仲介を試みているが聞く耳を持たない状況だという。


「咲薇様ならば迷わず助けに行くでしょう。ですが、あの地獄に行っては生きて帰るなど到底……」


 恐らくシュークさんは、千田くんが魔法界に行くのを止めに来たのだろう。今ここにいないということはつまり、彼は。


 私はきつく自分の手を握って問うた。


「戦闘はいつからですか」

「六日前の深夜です。咲薇様はいつから」

「二週間前です。もしかして、もう向こうに」


 やはり彼は狩りに対抗しようと魔法界に向かったのだろう。連絡も残さず、使い魔をつれて二人だけで。


 彼の面影が過る。胸が張り裂けそうで言わずにはいられなかった。


「シュークさん、私を魔法界につれて行ってくださいませんか。私が争いを止められないのは分かっています、でも、千田くんだけでも」


 吸血鬼の青年は苦しげな表情をする。瞳が揺れ、視線が彷徨った後、力なく首を左右に振った。

 彼自身も命からがらこちらの世界へと戻ってきたらしい。ただの人間である私が行くなど、消し炭になるだけだろう。


 どうしたら。


 まだ生きているのかもわからない。


 いや、きっと生きている。大丈夫。


 でも、そんな戦争状態で。無傷なわけ。


「……今は落ち着くのを待ちましょう。他の方にも知らせていただけますか」


 静かな声が私の肩に手を置く。貴方は何もできないのだと、叱られた気分だった。


 目の奥が熱くて仕方ない。悔しくて痛い。

 私が魔女だったなら、魔法使いだったなら、悪魔だったなら、何かできたんだろうに。彼に守られているばかりな存在じゃなかっただろうに。


 私は深々と頭を下げ、報せてくれたヴァンパイアに感謝の言葉を述べた。彼は疲れた面をして返す。


 シュークさんが去ってから、私の両の足は動かなかった。帰る気になれなかった。


 林田くんに教えようと思ったが、彼も魔法界に行くと言い出してはいけないと思い、様子を見計らってから知らせることにした。

 椿妃さんには、伝えなくてはいけないだろう。


 そのような考えに至って、やっと私は走り出した。電話では彼女を独りにする。少なくとも私だけでも傍にいて、気持ちを共有したい。

 否、私がこの胸一つで耐えられないという理由の方が強い。


 宵の空は曇っていて、雨の匂いがした。

 私はなりふり構わず魔女の家へと向かった。

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